第6話 ざまあ

「モデル?」


「読書モデル、そのページの下の方。募集してるってよ」


「あ、これ?いや、私じゃ無理だと思うよ?」


「なんで?」


「えっ?なんでって一般の子でもこういうことやる子ってかわいくないと」


「だからじゃん」


「それは……、彼氏のひいき目だと思うよ?」


「エレナ、今まで何人にコクられた?」


「えっ、と。……言わなきゃだめ?」


「別に。もう答えわかったからいい」


「ほらっ、機嫌悪くなった」


「なってね〜よ。ちなみに俺はないからな」


「そっちの方が怪しいよ」


お前が知ってる通り、高校での俺は怖がられる存在だったからな。膝上の香奈を覗き込むとう〜ん?と思案顔になっている。


「そうだったっけ?私の友達にも淳平かっこいいって言ってる子いたよ?」


「それってイケメンみたいなのじゃないだろ?」


香奈はまたもう〜んと唸る。


「俺の場合はマスコミを通して出来上がった偶像みたいなもんだろ?見てくれでも中身でもない。柔道をやってる俺とでも言えばいいのかな?」


「ああ、憧れみたいなもの?」


ま、そんなものだろう。


エレナはいまいち納得してなかったけど、俺が半ば強引に応募させた。なんだかんだ言っても興味ありそうだったからな。で、数日後に連絡があった。


「どうしよう。東京に来てくれって」


「ほらな、お前が落ちるわけないだろ」


「じゅんくん、着いてきてくれるよね?」


「あ〜、東京か〜」


リハビリ中でまだ外を出歩くときは松葉杖を使っていた俺にはちとハードルが高かった。


「あ、ごめんなさい。東京は厳しいよね」


結局、初めての撮影は母親と行ったらしく、運良く次の仕事ももらえたらしい。


「運良く?」


「ああ。読モって撮影一回限りってこともよくあるらしい。運がよければ次も呼んでもらえる。で、もっと運が良ければ事務所に所属できる」


「へ〜、であの子は運が良かったわけだ」


まあ、そうだな。雑誌の専属モデルなんて一握りの人間だけだろう


「じゅんくん!事務所にスカウトされたよ」


「お〜、やったなエレナ。で、事務所入るとでうなるんだ?」


「あのね、継続的にお仕事回してくれるんだって」


「プロモデルってことか?」


「卵じゃないかな?」


トントン拍子に話は進みエレナは読モからステップアップした。


「ひょっとして」


ベッドの上に座り直した香奈が俺を正面から見据えた。


「じゅんくん、他に好きな人ができました。ごめんなさい」


俺のリハビリにも目処がたったころ、エレナは別れ話をしてきた。正直、俺にも後ろめたいものがあったから受け入れるしかなかった。


「……好きにしろよ」


「うん。いろいろごめんね」


そこまでは良かったんだ。


「良かったの?」


「受け入れざるを得ないだろ?断れない状況で告白したんだから」


「でも……」


「香奈が言いたいこともわからなくはないけどな。俺もある意味納得してたんだ」


そう。

それだけならな。


俺は浪人中、リハビリも兼ねてカフェでバイトしてたんだ。


「いらっしゃいま……」


あいつは……、エレナはこれ見よがしに彼氏と一緒にきたよ。俺がバイトしてるのを知った上で。


「……ご注文をお伺いします」


「あ、ごめんね。お客じゃないんだ。俺のかわいい彼女を脅して付き合わせてた野郎のツラを拝みにきただけだから」


「はっ?」


訳がわからなかったよ。

確かに一理あると思ったけど、こいつには関係ないだろう。


「りょ、りょうくんに話をしたら見てみたいって。恨んでる訳じゃないって言ったんだけど」


俯きながら俺に説明するエレナの声に俺は怒りを覚えたよ。恨み?お前に恨まれるほどのことをしたのか?申し訳なさなんて霧散していた。エレナに対しては俺が恨みを覚えた。


「まあ、本人がこう言ってるから許してやるよ。そのかわり2度とエレナに近づくんじゃねぇぞ」


死体蹴りと言うのかな?わざわざ念押しにきたわけだ。


「淳平が誰とも付き合えない原因って」


「その時のトラウマってやつだな」


くだらない理由だろ?


「淳平」


「ん?」


「私のことも信用できない?」


まあ、今の話を聞けばそう思っちゃうよな。


「いや、誰よりも信用してるぞ」


俺のことを誰よりも心配してくれる香奈。そんなお前を信用しないわけないだろ?


「じゃあ、」


「待ってくれ」


「えっ?」


言葉を遮った俺に戸惑いの表情を見せる香奈。


「きゃっ!」


両手でしっかりと抱き寄せて温もりを確かめる。やっぱりこいつといるのが一番落ち着く。


「お前はいつもあったかいな」


突然抱きしめられ固まっていた香奈の身体からスッと力が抜けるのが分かった。


「柔らかいでしょ」


「胸か?」


「……ばか」


「おう」


腕の力を緩めて額をコツンとぶつける。


「なあ」


「なあに?」


「俺のそばにいてくれるか?」


少し恥ずかしいので視線は下に固定している。


「見せつけようよ」


「は?」


顔を上げると視線がぶつかった。

柔らかく微笑むと俺の胸に身体を預けてきた。


「淳平は幸せだよってあの子に見せつけよう。悔しがるくらいに。後悔するくらいに見せつけようよ。私はずっと淳平のそばにいるよ。鬱陶しいって言われるくらいそばにいるんだから!だから、だからね淳平。私と、付き合ってください」


「先に俺が告白したのになぁ」


「はっきり言ってくれなかったもん」


「……だな」


口を尖らせて不満そうな表情をされたので思わず苦笑いをしてしまった。


「ざまあ、か」


「ざまぁだね」


「見せつけるのか?」


「イチャイチャしようね?」


「それはハードル高いな」


「淳平ができなくても私が勝手にやるからね」


「どんな宣言だよ」


「いいでしょ!それよりも告白の返事を—」


言い終える前にベッドに押し倒してキスをした。


「これでいいか?」


キョトンとした表情が次第に赤くなっていく。


「う、うん」


「お前、覚悟してきたわりには照れるんだな」


「前言撤回というわけには……」


「ん〜?無理かな」


「で、すよ、ね」


真っ赤な顔でそっぽ向く彼女の隣に寝転がり抱き寄せる。


「とりあえず今日はこれで勘弁してやるよ」


その日はお互いを抱き枕にして眠りについた。

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