第5話 傷跡

「そんなことされたら好きになるに決まってるよ」


俯きながら愚痴る香奈をみて苦笑いをしてしまった。


「なんで笑うのよ」


口を尖らせて拗ねる香奈。


「そんなかっこいい話じゃねぇよ」


膝をさすりながら話す俺を見て察してくれたようだ。香奈とは同じ中学、高校に通っていたとはいえ同じクラスにもなったことがなく顔見知り程度の間柄だった。しゃべるようになったのも大学に入ってからだ。


それでも俺の膝の怪我のことは知っているだろう


"ナイフで刺された"


小さい頃は引っ込み思案で家でひとりで遊んでるようなタイプだった俺に、親は柔道を習わせた。なかば強制的に。

ラグビーをやっていた父親譲りの体格で中学1年の夏には180センチを越えていた。

2年の中総体で全国初優勝をすると、全国の強豪校から声をかけられた。しかし、将来のことを考えると柔道漬けの学生時代ってのもどうかと思い、自宅から通える中で強い高校を選んだ。一般入試だぞ?


高校に入ってからも強豪校に行った奴らには負けたくなくって効率のいい練習方法を模索しながら、警察や近くの大学などに出稽古に赴いた。


81キロ級では負けなし。

1年の時から公式戦無敗で迎えた高校総体。

その頃にはオリンピックの強化合宿にも呼ばれていた。


「あ、ありがとうございました」


派手な格好の割にはお礼もしっかりとしている。見た目で判断しちゃだめだよな。


「どういたしまして。まあこいつらが悪いってのは前提に、あんたもこんな時間にそんな格好で出歩かない方がいいよ」


男受けする身体で露出の高い格好じゃね。


「昼間から出かけてたんで格好は仕方ないです。でも本当に助かり、あっ!」


彼女が悲鳴をあげた瞬間、左足に激痛が走った。それも今までに経験したことのない痛み。顔をしかめながらも足を見るとサバイバルナイフが左膝に突き刺さっていた。


「ぐぁっ!」


思わず膝を抱えながら地面に転がった。


「て、てめぇ。調子こいてんじゃねえぞ」


はじめに倒したやつが知らない間に近づいてきていた。


「きゃ〜!」


少女が甲高い声で叫ぶと近所の家から人が出てきた。異様な空気に気づき警察に連絡をしながら近づいてきたみたいだ。


「どうし……、大丈夫か!いま救急車を呼ぶからな!」


近所の大人数人でナンパ野郎達を拘束し、俺は運良く近所に住んでいた看護師さんの緊急措置のおかげで最悪の事態を免れた。



「この傷はその時のものなんだ」


香奈は俺の膝にコテンと頭を乗せて、愛おしそうに左膝をさすっている。


「そうだな。で、最後の総体は出れなくなったってわけだ」


「総体だけじゃ済まなかったじゃない」


夏休み明けの全校集会。

うちの高校の運動部の成績はどこもパッとしないもので、明るい話題は俺の試合結果がほとんどだった。だから、みんなも「井戸の表彰がある」と思ってたみたいだ。


「私もよ」


俺の膝枕を使ったまま振り向いた香奈の頭を軽く撫でてやる。


「そりゃ悪かったなぁ」


手術は成功し、俺は入院することになった。

こなくてもいいのにな。

罪悪感を感じたのか、あいつは毎日お見舞いにきたよ。


「あ、あの、お加減どうですか?」


「こんにちは。わざわざきてくれたのか?君も受験生だろ?君が悪いわけでもないんだから忘れてくれていいよ」


中学3年生の夏休み。

夏を制する者は受験を制するだろ?

だから、なるべくこないように仕向けたんだけどな。


「井戸さんが気になって勉強どころじゃありません」


って言って俺の言うことなんて聞いてくれなかったよ。俺も必死に説得した結果は、


「じゃあ、ここで勉強させてもらいますね。わからないことがあったら教えてもらえますか?」


なかなか手強いやつだったよ


それでも時間が経つにつれて一緒にいるのが当たり前になってさ。退院してリハビリのために通院するようになってからも病院に付き添ってくれてた。


「歩けるようになってホッとしました。ひょっとして歩けなくなっちゃうんじゃないかって」


ひやひやしてたんだろうな。俺の人生変えたをじゃないかってさ。まあ、実際に変えてたわけで俺は最大のミスを犯していたんだ。


「ミス?」


身体ごと俺の方に向きを変えた香奈が不思議そうに見てきた。


「好きになっちまったんだよ。で、告白した」


断りにくいじゃんか。

自分のせいで怪我した相手を、

自分のせいでオリンピックを諦めた相手を、

自分のせいで人生変えてしまった相手の告白を。


「あ、えっ?えっと本当に?」


「エレナのこと、好きなんだ。付き合ってくれないか?」


どう断るか迷ってたんだろうな。

結局、いい言葉が見つからずに先送りしたんだろう。


「……はい」


俺は喜びのあまり彼女の表情を読み取る余裕すらなかったんだ。

彼女に断るという選択はなかったんだろう。

根は真面目なやつだから。俺に少しでも恩返ししたいと思ったんだろうな。


リハビリ中の俺ができるデートは限られていたから、もっぱらのどちらかの家で過ごすことが多かった。


彼女は女の子らしく、ファッションに興味を持っていてよく雑誌を読んでは目を輝かせてたよ。


「ねぇじゅんくん。これとこれだったらどっちが私に似合うと思う?」


「ん?似合うのはこっちのミニスカートのコーデだけど、俺はこっちのふんわりしたコーデのエレナが見たいかな?」


「露出は控えろってこと?」


「……他の男に見られたくない」


「ふふふ。じゅんくんかわいいところあるんだから」


「うっせいよ」


「ねぇ、私もこんな服着てみたいな」


「読モ」


「ん?」


「読モ募集してるだろ。やってみたいなら応募してみたら?」


「みんなかわいい子ばかりだよ?私なんて—」


「負けてない。エレナだってかわいいぞ。ダメ元でいいじゃんか。やってみろよ」


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