第2話 Rena

"Rena"


中学生の頃からティーン誌のモデルをはじめて、高校入学と同時期に現在の事務所にスカウトされ、活躍の場を広げると女性ファッション誌「Zi Zi」の専属モデルに抜擢され、今やテレビCMなどにもひっぱりだこの人気モデルだ。


「お前でも知ってるだろ?」


春樹に指摘された淳平だったが唖然として答えることができない。


「なんでこんなとこにいるんだ?」


大学に通う時間も必要もないだろう?

しかも実家から遠く離れたこの大学にくる必要が。


「引退後のことも考えて大学には行きたいってなんかの雑誌に書いてあったぞ」


それならば地元か東京の大学に通えばいいだろう。まあ、俺の知ったことじゃないか。


「春樹わるいっ!俺パスな、また膝が痛くなってきたから戻りながら勧誘してくな」


早くこの場から立ち去りたくて、適当な理由をつけた。


「おい、淳!」


当然、春樹は困惑している。

しかも大声で俺を呼ぶもんだからみんなの注目を集めてしまった。栗毛の髪も揺れている。


「……!」


人をかき分けるように移動したので顔を見られてはいないだろう。


「向こうが避けるか」


呟きながら立ち止まった。

振り向いた先に栗毛の少女は見当たらなかった。


「自意識過剰かっての」


自嘲ぎみに吐き捨て、再び歩きはじめた。


♢♢♢♢♢


「すごいね淳平」


勧誘の結果、男子5人女子8人が名簿に署名してくれた。


「まあ、人徳ってやつだな」


テーブル越しに香奈に自慢するとクスクスと笑いながら「さすがモテ男ね」と言ってきた。


「水野かよ」


わざとらしくで拗ねてやるとオドオドして「あ、違うの」と取り繕い出した。


「香奈さん、遊ばれてるだけだから気にしなくていいですって」


俺たちのやり取りを見ていた久美子が呆れ顔で香奈をフォローしてくれた。


「遊ばれてるって言葉よくないな。俺が香奈を騙してるみたいじゃないか?」


もちろんそんな事実はない。健全なお友達付き合いをさせていただいております。


「ちゃ、ちゃんと責任取ってね?」


上目遣いで訴えてくる香奈。

だからそんな事実はないだろうが。まあでもたまにはのってやるか。


「責任な。いいぞ、そのかわり既成事実作ってからだな」


既成事実。その言葉を聞いた香奈は真っ赤な顔になり固まってしまった。もちろん周りの人間は冗談だとわかっているので香奈の反応を生暖かい目で見ていた。


「おう、お疲れ様。どんな感じだ?」


「あ、お疲れ様。男子が16人、女子が20人ってとこかな?」


なんとか平常心を取り戻した香奈が名簿を手渡すと、水野は満足そうに笑った。


「おうおう、上出来じゃねぇか。みんなお疲れ様。でもよ、ドラフト1位候補は入ってねぇんだな。さすがのモテ男でも有名人は落とせなかったとみえるな」


俺に向けて名簿をひらひらさせながらヘラヘラ笑うこいつはいったい何人勧誘できたんだろうな?


「名簿の3分の1は淳平くんの勧誘ですよ。先輩は何人勧誘してきてくれましたか?」


不機嫌な感情を隠しもせずに問い詰めてくる久美子に、水野はたじろぎながらも先輩風を吹かした。


「ま、まあ勧誘は後輩の仕事だろ。最高学年の俺たちはサポート業務がメインだ」


なんとも苦しい言い訳だが、それ以上追及するようなことはしなかった。


「イテッ!」


動いたわけでもないのに突然膝が痛み出したので、香奈の隣の席に座り込んで膝をさすっていると、視界の端に栗毛の髪が写った。


「すみません。こちらに井戸淳平さんいらっしゃいませんか?」


みんなの視線を集めた少女……いや、女性は下を向いている俺に気づいてない。


「香奈」


俺は小さい声で話しかけた。


「えっ?」


「話合わせて」


理解ができずに狼狽している香奈をよそに俺は顔を上げた。


「何か用か?」


いつもと違う俺の声に周りが静まり返る。


「えっ?あっ!じゅんくん!やっと会えた。ずっと、ずっと探してたの」


"Rena"こと平井エレナはテーブルに身を乗り出す勢いで詰め寄ってきた。

隣にいる香奈をはじめ、周りの人間は戸惑っている。そりゃそうだよな。人気モデルがただの大学生の俺を探してたって。俺だって驚いてるくらいだ。「いまさら何の用だってな」


「じゅんくん、少しでいいの。時間もらえないかな?話したいことがあるの」


さっきまでの勢いが影を潜め、不安そうな表情を浮かべている。


「話?俺は特にないけど。それにが不安そうにしてるから話しかけないでくれないか」


チラッと香奈を見ながら告げると、エレナはグッと唇を噛みしめて悲しそうな表情を浮かべた。


演技も上手くなったもんだな。


「か、彼女?」


やれやれ。

合わせろって言ったのに香奈が狼狽え出したものだから嘘がバレて……、なさそうだな。幸いなことにエレナは足元を見ているらしくこちらは見ていなかった。


「どうしたどうした。って君!Renaじゃんか!ウチのサークルにきてくれたのか?」


席を外していた水野がタイミング悪く戻ってきてしまった。


「いや、ただ道を聞きに—」

「はい!入部希望です。どうすればいいですか?」


適当な理由で追い返そうとしたがエレナは水野の言葉に乗っかり名簿に名前を書いていた。


「平井エレナです。あまり参加はできないかもしれませんがよろしくお願いします」


「あ、よろしくお願いします。それではこれがサークル案内になるので読んでおいてね。一応活動予定も書いてあるので都合の合う日に顔を出してもらえるとうれしいかな」


俺の発言はなかったかのように香奈は丁寧な対応でエレナにプリントを渡した。

しまったな。久美子にしておくべきだったか。真面目な香奈に嘘をつけってのが無理な要求だったみたいだ。


「ありがとうございます先輩、それではまた」


プリントを鞄にしまいながら香奈にお礼を言うとエレナは俺の前に移動して「またね」と小さく囁きながら人波に消えて行った。

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