ノイズ

T_K

ノイズ

これは、ある女性の話。



彼女はテレビでノイズキャンセリングイヤホンのCMを見て以来、

ずっと気になっていた。



偶々仕事帰りに家電量販店へ行く機会があり、イヤホンコーナーへ。


お目当てのCMで見たイヤホンだけでなく、

他にも沢山のノイズキャンセリングイヤホンが置かれていた。


あまりにも多かったので、店員におすすめの商品を聞いてみる。


が、そのオススメ内容があまりにもマニアック過ぎて、

聞いたところでよく判らなかった。


これはデジタル式だから音がキレイだの、

こっちはアナログ式だから電池持ちが良いだの、

店員はまくし立てる様に説明してきた。


色々試してみたものの、それぞれの違いがあまり良く判らず、

結局、店員のおすすめしたものではなく、一番デザインがオシャレなものを選んだ。


在庫を確認して貰ったところ、運良く最後の1つだったみたいで、

無事買う事が出来た。



家に帰ってきて、早速パッケージから商品を取り出す。


充電の仕方と操作方法が書かれた説明書を軽く流し読みして、

早速、スマホとペアリングをして、

明日の通勤時間に使える様にと、充電器を繋げた。



翌朝、駅に着いた彼女は、空いているベンチに座り、

カバンからイヤホンを取り出した。


充電ケースを開けると、イヤホンが起動を知らせる青いライトを発光させた。


耳に着けると、すぐさま周りの音が遮断された。


お店で試した時も凄いと思ったけれど、外で試すとやっぱりその凄さを実感した。


いつもなら、駅のホームは騒がしく、

特に通勤の時間帯は眠気も相まってイライラする事さえある程なのに、

まるで彼女しかいないかの様に静まり返っていた。


早速、スマホを操作して、彼女は好きな海外アーティストの曲を流し始めた。


物理的には混雑した満員電車に乗っているのだけれど、

気分的には、広い空間でアーティストの曲を独り占めしているかの様だった。


これは良い買い物をしたかもしれない。


当たり前に苦痛でしかなかった通勤が、幾分か楽しくなった気がした。



最初は行き帰りの通勤時間の時にしか使わなかったイヤホンだけれど、

段々と、休憩時間やカフェでコーヒーを飲んでいる時にも使う様になっていた。


ぼーっとスマホを弄っている時間でも、周りが騒がしいのと、

静かなのとでは、全然充実感が違う気がした。



ノイズキャンセリングイヤホンを使う時間は、日を追うごとに増えていった。


日常的に使う様になり始めてから、少しずつ変わってきた事がある。


お気に入りの音楽を聴く事は勿論多いけれど、

それ以外に、

ただ単純にノイズキャンセリング機能だけを使うことが増えてきた事だ。


耳に着けて、電源が入ると周りの音が遮断されるあの瞬間。


一瞬にして静寂が訪れるのが、たまらなく快感だった。


それは寝る時も同じで、雑音が周りから消えると、

いつも以上にスッキリ寝られる気がした。



最早、彼女はこのイヤホンが手放せなくなっていた。



通勤する時は勿論、歩いている時や人と話している時以外は、

常にこのイヤホンを着ける生活が当たり前になっていた。


また仮に着けていたとしても、

ロングヘアーで耳が隠れている彼女が

イヤホンを着けっぱなしだと判る人は殆どおらず、

更には、会社での評判も良く、割と顔立ちの良い綺麗な女性でもあったので、

誰かから文句を言われる事は少なかった。


文句を言われた所で、殆ど彼女には聞こえてこないから何も問題がなかった。



段々と、彼女はイヤホンを着けない時間の方が少なくなってきて、

今や、雑音がある事そのものが気になり始めていた。



イヤホンが手放せなくなった事で、

日常的に着け続けていると、バッテリーがもたなくなってきた。


予備のイヤホンを買おうと、お店に行ってみたが、

もう彼女が持っているノイズキャンセリングイヤホンは無くなってしまっていた。


他のもので代用しようと思って、色々試してみたけれど、

何故か他のイヤホンを着けた時にも、

サーっという雑音が聞こえる気がして仕方なかった。


結局、今持っているイヤホン1つで何とかするしかなくなってしまった。



やがて前までは、丸1日バッテリーがもったイヤホンも、

半日くらいしかもたなくなってしまった。


何とかそれで我慢しようと、着ける時間を減らそうとしたが、

もう今となっては、このイヤホン無しでは全てが煩く感じてしまう。



とうとうイヤホンのバッテリーがダメになり、

ノイズキャンセリング機能もなくなってしまった。



彼女の耳の中では、ずっと雑音が鳴り続けている。




彼女はその雑音に耐えられなくなって、ついには自分の耳を引き千切ってしまった。




それで雑音は鳴り止むと彼女は思っていた。



だが、それでも雑音は鳴り続けていた。



あのイヤホンが無いと・・・この雑音は鳴り止まない。



彼女はそう思ったのだろう。




それ以来、彼女は自分と同じイヤホンを求めて彷徨っている。




もし、自分好みの綺麗な女性に、




「素敵なイヤホンですね、ちょっと貸してくれませんか?」




と話しかけられても決して答えてはいけない。




答えてしまったら、




「ありがとう」



と、耳ごと千切られ、




「これじゃないわ」




と捨てられてしまうだけだから。

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