意味

 とある旅先でのこと。私は宿を取っておらず、ネットカフェに向かって徘徊していたと思う。徘徊、という言葉を用いたのは、スマホのバッテリーが切れたせいでマップが使えなくなっていた気がするからだ。未知なる土地、しかも真夜中に、真の意味での徘徊をしていたような気がする。

 今は、それをしたら苦に感じるだろう。なぜなら、今の私は無思考に陥っているからだ。今日もアニメを見て、ゲームをしただけの日々だった。そこに何か意味を見出せば問題ないと思う。人間の中枢である脳が意味を持って動くからだ。しかし、今の私の脳は腐っていると表現しても妥当だと思えるほど、無思考なのだ。

 かつては違った。

 その旅先を訪れた、その日も。


 私は、意味の無いであろうものに対して、意味を見出すことに脳をフル稼働させていた。見出す、ということもあったが、作り出す、こじつける、物語を紡ぐ、という、今思えば恥ずかしいような、常軌を逸したとも言える、バカげた思考に魅了されていた。

 ついさっき、その旅で撮影した幾枚もの写真をスライドショーで眺めながら、それを思い出したのだ。あのときはとにかく、意味の存在を喜んでいた。

 例えば、同じ風景の写真を三枚も撮って、手ぶれによって生じるそれぞれの微々たる違いを過大解釈し、それぞれの写真(風景)に全く次元の異なる意味を付与・検出していた。

 また例えば、橋の欄干をあらゆる角度から撮影した数枚の写真を見比べて、闇空と鉄の棒しか映っていない写真に対して、意味を付与・検出していた(今はもう、その内容を忘れた。今はもう、できない)。


 写真の中に、公園のベンチを撮影したものがあった。こんなところ訪れたのかと思い、同時に、こんなところを訪れる意味はないだろうとも思った。覚えているのは、ネットカフェに向かっている途中に道草したことのみ。公園で道草したことなど全く覚えていない。

 だが、おそらく当時の私は、全く意味の無い公園に対して意味を見出していたのだと思う。というのも、公園の写真は四枚もあるのだ。普通旅先で、どこにでもあるような公園の写真を四枚も撮ることはない。アニメの聖地でもない限り。

 ほかにも、道端や川辺など、意味の無いとしか思えない写真が何枚も保存されていた。あの時の私は一体、何だったのだろう。と、思ってしまった。


 当時の私はいささか異常だったが、正しかった。物事に、並々ならぬ関心を抱き、また抱こうと尽力していたからだ。その時の私は生き生きとし、満足感の上に満足感を重ねる日々を送ることができていた。


 今の私は極めて異常なほど、正しくない。ありとあらゆることがどうでもよくなっているし、意味の無いものに関心を抱くという「意味のある心」がどこかへ行ってしまっている。今の私は石のようで、ネガティブな形容詞の上にネガティブな形容詞を塗り重ね、絶望し、死んだように寝ている。


 私は、今の自分が本当に嫌いだ。子供のころから自分を嫌っていたが、その比ではない。心の底から嫌いである。例えば料理が卓の上に並べられていたとすれば、私はいかなる料理でもない、椀のフチにずっとこびりついて取れない黒ずんだ汚れだ。当時の私がもし、今現在に同時に卓の上に存在できたとするならば、彼はメインディッシュだ。旨いかまずいかは問題ではない。主たる料理であることが問題である。

 意味の無いものに意味を見出す「意味のある心」は、私を「生き」させていたのだと思う。単に脳が動いていただけだが、そんなつまらない表現で済ませることはできない。脳が動いていない現在、私は「死んでいる」のだから。

 あのころの方がずっと楽しかった。ずっと活力があった。他人が笑うようなことを堂々と行っていた。本当にバカだと思えるものの、そう思ってしまう自分が悲しくてならない。なぜならば、今の自分は「死んでいる」からだ。


 この先、どんどん「死んでゆく」のだろうか。

 そう考えるのは、本当に容易い。

 七年後くらいには、もしかすると「見た目生き」ているのかもしれない。しかし、それは生きるために身体を動かしているだけだろうと思う。「生き」るための無意味な心を捨てて、生きるための必要な頭を持ち合わせて、身体を動かしているようなイメージが(ぼんやりと)浮かぶ。

 そんなものは、全く価値がないと思える。どこにも、美しさが無いと思える。

 もちろん今の自分にも、どこにも美しさを見出せはしない。


 これは懐古である。もう戻らない日々を見て悲しんでいる。


 ところで、どうして私がこれを書いているかというと、悲しみが怒りに変わったからだ。今の自分が意味の無いものだと思えたからだ。

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