第36話
立案時の目論見では、夜襲による混乱で暫くは安息の時間が得られるという見立てだった。しかしそれが甘いものだったと思い知らされたのは、三人が休息に入ってたった一時間程だった。
カランカラーン
けたたましく鳴り出した空き缶に叩き起こされる。睡眠不足の脳は、痛みによって不満を訴えてくるが、それに応じている余裕は無かった。
「敵襲!備えて!」
真木の鋭い檄が飛ぶ。設置してあった罠に反応があった。つまり敵が近くまで接近しているということだ。
「にしてもいつの間に仕掛けたのよ!」
「普通に帰ってる最中ですけど」
「私気づかなかったんだけど!」
真木が軽口を叩きながら、魔術を幾重にも展開していく。
雪村が自己判断で仕掛けた罠のおかげで、幾分か初動が早くなった。だが報告に無い騒音は、時に味方に混乱を齎す。
「ああああああああぁぁぁー!」
積み重なる疲労と寝不足。そこに突如として襲いかかった騒音に、彼の脳が自分の死を幻視する。
「いや……いやぁぁぁぁぁぁぁぁー!」
斎藤は悪夢の中でもがくように、頭を抱えながら叫び出す。
「斎ちゃん!?」
「私が行きます!」
雪村が術式を解除し、彼に駆け寄る。
「落ち着いてください。大丈夫ですから!」
肩を掴み、強引に鎮めようとする。だがその行為はかえって逆効果。錯乱状態の味方はを落ち着けるのは容易でははない。
「どうすれば……」
「脱出するよ!急いで!」
焦る心とは裏腹に、解決策は浮かばない。三人とも、十全に知恵を巡らせる余裕など無い。このまま後手後手では確実にやられる。今の斎藤は、悪夢にうなされているのに似た状況。昔、母は自分に何をしてくれたか……。
「大丈夫。大丈夫だから」
記憶にある母の姿をトレースし、斎藤の頭をその胸ふくよかなに抱き寄せる。思ったよりも冷たい身体に、自分の体温を分け与えていく。
「大きな音にびっくりしたよね。ごめんね」
「あっ……ぅぅ」
赤子をあやすように、そっと頭を撫でながらゆらゆら揺れる。悲鳴を上げていた斎藤も、安心したのかゆっくりと寝息を立て始めた。
年齢よりも幼く感じるその寝顔に、つい笑みが溢れる。いつまでも見つめていたい。
だが、現実は待ってくれない。
「見つけた」
ヒュッ
風を切る音がしたーー途端、轟音と共に真木の身体が吹き飛んだ。
ドンッ
「ぐっ……っ!?」
踏み締めていた両足を軽々と地面から引き剥がされ、受け身も取れず背中を打ちつけた。呼吸が一瞬止まる。擦りむいたのか、背中が熱い。幸いだったのは、術式を攻撃ではなく防御用に切り替えていたことだ。お陰で串刺しになることはなかった。
「死者は出したくない。降参してくれるなら、ありがたいんだけど」
土煙の中から見えた二つのシルエットが、悠々と近づいてくる。息が詰まって立ち上がれない。防御してなかったら……命はなかった。
間一髪命拾いした事実に、背筋が凍る。
「ちょいちょい。殺す気マンマンでぶっ放しといてそりゃないでしょ」
「うるさい」
「あっ、今逃げたでしょ。図星つかれて逃げたでしょ〜このこの〜」
「死ね」
「がふっ」
聞こえる声は男女のもの。その緊張感のない掛け合いに毒気を抜かれそうになるが、先程の攻撃を思い出し、気を引き締める。
「え、返事ないけど生きてるわよね」
「見た感じちゃんと防御はしてたっぽいし、大丈夫っしょ」
「それならいいんだけど」
吹っ飛ばされた真木は、立ち上がりながら魔術を幾重にも展開していく。だが全てが防御魔術だ。ここで最も優先するのは後輩の命。自分に我儘で振り回したんだ。死なせるわけにはいかない。
「というか、あなた武闘派の真木さんじゃない。まだ生きてたのね」
「知ってて追いかけてきたのにその言い草はないっしょ〜めっちゃ意識してたくせに」
「黙れ」
「あびぇっ!」
砂煙が晴れ、襲撃者の顔が見える。
「やっぱりあんたかーー」
高槻桔梗。幻想派の才媛で、因縁の相手。雪村に重傷を負わせ、チームを壊滅寸前にまで追い込んだ仇敵。
それ目の前でコントを繰り広げながら、口先とは裏腹の殺気をぶつけてきている。目を逸らせばその瞬間ズタズタにされるだろう。
後ろにはようやく落ち着いた斎藤と、それを守るように抱き締める雪村。ここから三人とも五体満足で生き残る方法はーー
「もう一度言うわ。降伏しなさい」
「そろそろ他の追手も来そうだしねぇ。怪我する前に、さ」
桔梗のプレッシャーが増す。男の言うように、焦っているのは事実らしい。このまま従わずに時間稼ぎをするのは……いや、相手に躊躇はない。痺れを切らした彼女が、その強力無比な魔術を解き放つだけだ。
残された道は、もうーー。
「…………わかった。降参だよ」
両手を上げ、術式を解除する。
「真木さん……ごめんなさい」
「いいの。無事なら」
サバイバル演習六日目。あと三十時間を残して、真木隊のリタイアが決定した。
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