第34話

「野蛮な連中もいたものね」

 ハンモックに身体を預けながら、聴こえる音に耳を澄ます。いくら静かな山の中だとはいえ、常人の聴覚では真木達の戦闘音を拾うことは出来ない。だが、周囲一帯の空気を操れば、辛うじて戦闘音ぐらいは拾うことが出来る。

 当然距離にも限界があるため、いくつかの幸運が重なった結果だが。

「この鈍い音は打撃音ね……。もしかしなくても武術派かしら?野蛮な連中はこれだから……」

 魔術というからには自然を操ってこそ。殴る蹴るに使うなど、ただ魔術を戦いの道具としか見ていない。

 魔術には、繁栄の礎となるだけの底力がある。現代の文明レベルは、ここ一世紀ほとんど進歩していない。再生可能エネルギーはそれなりに普及したものの、現在もメインとなっているのは化石燃料だ。それもいずれ枯渇することを考えれば、新たなエネルギー源の確保は急務だ。

 ーー革命を起こすしかない。そのためには実力を示し、従わせる権力を得るしかない。

「こんなところで、足踏みしてるわけにはいかないのよ……」

 負けるわけにはいかないのだーーあの女には、特に。



 ***

 洞窟に戻った真木達は、岩で入口を塞いだ途端、示し合わせたかのように一斉に倒れ込んだ。

「ハァっ、ハァっハァっ……っ」

 日の出に間に合わせるために、足元も視界も悪い中を全力疾走で抜けてきたのだ。体力のない斎藤は元より、怪我の影響も抜けきれてない雪村と、その二人をフォローするために荷物や周囲の警戒、そして肝心のルート決めまでをこなした真木も、心身共に疲れ切っていた。

 ようやく一息吐けるこの瞬間を、どれほど待ち望んでいたか。

 しばらく誰も声が出ず、息遣いだけが洞窟の中を木霊する。

 そんな中。最も早く回復したのが、医療科の斎藤だった。

「二人とも、ちょっと……」

 聞き齧りの呼吸法で整えた息で立ち上がり、二人に近づく。汗の匂いがむわりと香るが、その果実のような匂いには動じず、右手の甲を光らせた。

「浄化だけでもします。疲労は……休むしかないですが」

 淡い光が二人の身体を包み込む。清涼感が全身の筋肉に染み渡り、ほっと息を吐いた。

「ありがと……。ちょっと涼しくなった」

「そうですか?不思議ですね」

 本来は『浄化』に冷やすような効果はない。だが皮脂や汚れと同時に、汗などの水分も強制的に発散させる。すると、気化熱によって一時的に表面温度が下がるのだ。あくまで表面のため、一時的な効果しかないが。

 彼は当然、そんなこと知っている。だがそれを長々と説明するほどの心の余裕はなかった。

 自分にも浄化をかけ、気力が続いてるうちに洞窟の奥に向かう。

 そこには畳まれたテントと保存食。そして水筒が置いてあった。戦闘の邪魔になる荷物はあらかた置いておいたのだ。水も手持ちできる分は持ち出していたが、予定より長く外にいたこともあり、すっかり飲み干していた。

 水筒を手に二人の元に戻る。

「あぁ、ありがと斎ちゃん」

 二人とも少しは回復したようで、上体を起こして、ふくらはぎをさすっていた。

「んく、んく……はぁ〜〜」

「ふぅ……なんだか生き返った気分です」

 笑顔を浮かべる二人にホッとしつつ、自分もクイっと一口煽る。

「俺ぁこの一杯のために生きてきたんだな……」

「嬢ちゃん。まだまだ人生長いんだ。そう決めつけちゃいけねぇ」

「わぁってるよ。ただ……この一瞬が最高だって、思っちまったのさ」

「ねぇ。いきなり小芝居始めるのビックリするからやめて?」

 置き去りにされた真木が若干寂しそうな声でツッコむ。いや、こっちもまさか乗ってくるとは思わなかったんだと雪村の方を見るも、彼女は楽しそうに微笑むだけ。

「雪ちゃんって結構おもしろ星人だよね」

「真木さんに関わると、みんなそうなってしまうんです」

「雪ちゃん!?」

 真木と雪村の戯れ合いに巻き込まれないよう、そそくさと背を向ける。が、それを逃してくれる二人ではなかった。

「元はといえば斎ちゃんのボケから始まったよね」

「だから私は悪くない」

「雪村さんそれはなんかおかしーーちょっ、抱きつかないで!痛い!肘が脇腹に刺さって痛い!」

「逃がすかぁ!」

「あぐへっ」

 回復した体力を再び空にする勢いで、戯れ始める三人であった。

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