第33話
必要そうな物資を粗方詰め込み、来た道を迂回しつつ戻る。
夜襲は成功。得たものは消耗する物資と、撃破ポイント。充分な成果だ。
「あとはでかい音を立てて起こしてやるだけ、ですね」
予定では、この後岩でも投げて轟音を立て、夜襲があったという事実を知らしめる。それによって他チームに心理的負荷をかけるというものだった。
「流石にここまで夜更かししたのは初めてかも……」
漏れそうになる欠伸を無理矢理噛み殺す。
今はまだ深夜の十一時。夜型人間にとっては今からが本番という時間帯だが、規則正しく生活している医学生にとっては充分遅い時間だ。
「真木さんは眠くないんですか?」
「ん?私も眠いっちゃ眠いけど、動いてれば大丈夫よ?」
「三徹ぐらいなら支障ありませんよ?」
「いや、雪村さんは休まなきゃダメでしょ」
雪村は表面上、完治しているように見える。しかし細胞活性による無理矢理な治癒は、患部ではない内臓に、かなりのダメージを与えている。傷を塞ぐためのエネルギーは魔力で代替することが出来ず、患者の体力ーー主に脂肪や内臓からの供給に頼らざるを得ない。
「あくまで演習なんだから、今後も考えないと」
そう、これは実戦ではない。実戦形式であり、多くの大人達に守られた環境なのだ。
「じゃあ、そろそろみんなを起こしましょうか」
「そうですね」
斎藤と雪村が、発煙筒の準備をする。バックパックから数本取り出し、地面に等間隔で並べていく。風向きを計算し、より高く昇るように。
「待って」
雪村が四本目の発煙筒を地面に置いたところで、真木が声を上げた。顎に手を当て、鋭く虚空を睨む様は、いつになく覇気を感じた。
「やっぱり、このまま逃げるのは嫌」
「真木、さん?」
「………………」
「ちょっと待ってください。逃げ続けるのは嫌だから、この作戦を考えたんですよ?どういうことですか?」
斎藤は言葉の意味が分からず、きつめに問い詰める。だが、返ってくる視線は鋭い。
「言い方を変えるわ。私はもっと攻めたい。ーーあの高槻桔梗を、倒したい」
「それは……っ」
一方的にやられて、悔しくないわけがない。だが、ここで無理をすれば雪村だって危うい。斎藤も、それこそ真木自身も。
「私は認められません。今動いてることだって、本当は止めたいんです。これは演習ですよっ?リタイアしたっていいんです」
医療科の矜持として、過度な無理はさせられない。今この状況が、最大限の譲歩なのだ。
「ねぇ。それ、本気で言ってる?」
「はい。医者として、これ以上の無理はーー」
「違う!それは、あなた自身の想いかって聞いてんの!」
「っ!?」
何処にいたのか、烏がバタバタと羽音を立てて飛び立つ。その音が、余計に夜の静けさを際立たせる。
「無理を言ってるのは承知。でも私は、あんな負け方のまま終わりたくない。やり返したい。どんな手を使っても、どんなに体を痛めつけても」
拳を握り締めて俯く彼女に、何も言えなくなる。悔しさを、死んでしまいそうなほどの悔しさを抱えて笑っていた真木。だが疲労は理性を緩め、メッキを一枚一枚剥がしていった。そして今、この頑固な負けず嫌いが表出している。
「私は……俺だって、でもっ」
何かを言おうともがく斎藤を、じっと聞いていた雪村が抱きしめた。もう片方の腕には、真木まで巻き込んである。
「二人とも、根っこは同じなんです。底無しの負けず嫌い。かく言う私も、相当です」
すっと、キツく縛り上げていた何かが解けていく。雪村の言葉が、二人の胸にすっと入り込んでいく。
「やりたいこと、やりましょうよ。全力で殴って、全力で癒して。何かあれば、先生方がどうにかしてくれます」
「それは投げっぱなしな気が……」
「もう、茶々入れないのっ」
「茶々って……うわっ!」
正面にあった真木の顔が、胸元に埋められる。ぐっと胸骨に押し付けられた額が熱い。
「すっごいワガママなリーダーでごめん。でも、やりたい。いい?」
真っ直ぐな視線に貫かれる。少年に、これを跳ね除けるほどの気力はなかった。
「…………やるなら徹底的に、です。完全勝利です!」
「もちろん!」
斎藤も「勝つ」ただそれだけのために覚悟を決める。
発煙筒を拾い上げ、帰りのルートに背を向ける。
夜に忍ぶ彼らの足取りとは裏腹に、攻撃はさらに苛烈さを増す。
自棄になったのかバックパックを振り回して攻撃に参加する斎藤。
矢のような猛スピードで敵に突貫する雪村。
強力な打撃で防御ごとぶち破る真木。
戦闘音は山中に響き、遭遇した二チーム目は抵抗虚しくボコボコにされるのだった。
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