第32話

 午後八時十二分。

 人工の明かりがない暗闇の中、当てもなく彷徨うのはとても恐ろしく、危険だ。足元に何があるかも見えず、かといって明かりを灯すわけにもいかない。敵の虚を突くためには、居場所がバレてはいけない。

「………………」

 雪村が無言で手を挙げる。何かを発見したようだ。三人近寄り、視線の先を追う。

 うっすらとだが、明かりが見える。あれは情報端末の明かりだろうか。光量が抑えられ、不自然に安定している。

「……っ」

 真木が正面に手刀を掲げ、振り下ろす。それが突撃の合図だった。

 真っ先に雪村が飛び出していく。速い!未だ本調子ではないとは嘘じゃないかと思うほどの加速。

「きゃっ!」

「うぐっ」

「あぁぁ!」

 闇夜を切り裂く悲鳴。続いて真木が飛び込むも、その時には既に事は終わっていた。

「張り切りすぎじゃない?雪ちゃん」

「そうですか?」

 無防備な相手にも容赦しないその拳は、あっさりと三人の意識を刈り取っていた。速さと瞬間的な判断力では、真木でも及ばない。

「大丈夫ですか?殺してないですよね?」

「真っ先に敵の心配って……ふふっ」

「はい。ちゃんと加減しました」

 後から追いついた斎藤が、敵だった彼らの容態を観察する。ぐったりしてるものの息がある。頭部への衝撃で脳震盪を起こしているがそれだけだ。骨も折れてなければ、出血もない。見事な手際だ。

「じゃあ色々もらってこっか。斎ちゃん!大変だけどお願いね」

「わかりました」

「選別手伝いますね」

「ありがとうございます」

 ここに留まれるのは長くてあと十分。急がないと。



「こりゃ思い切ったことするもんだ」

「なにニヤついてんのよ。さっさと行くわよ」

「あーはいはい。ったく……」

 同僚にせっつかれ、不機嫌そのものの表情で鼻を鳴らすのは、戦闘科教員の各務だ。ペアの医療科教員と連絡を取りつつも、湧き上がる思いを言葉に吐き出していく。

「夜襲なんて、ここ数年はなかった。リスクが大きいからな。その分リターンも大きいが、好き好んでやる戦法じゃない」

「でもこれはサバイバル演習よ。禁止されてないとはいえ、趣旨には合ってないわ」

 潰しあうことが目的じゃなく、あくまで生き残ることが目的。それぞれが敵同士ではあるものの、積極的に戦う場ではない。

「サバイバルの大原則を忘れてねぇか?ーー生きるためには、殺すしかないってことをよ」

「死者が出たら大問題よ」

「あくまで比喩だ。比喩」

 そんな軽口を叩きながらも、その目は鋭く山中に向けられていた。

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