第31話
演習五日目の朝は、岩を持ち上げることから始まった。
「ほいよっと」
「えいっ」
とても力を込めてるとは思えない軽々しいかけ声で、身の丈ほどの岩を持ち上げる少女二人。それを諦めたような目で見つつも、細い自分の腕をぐにぐにとつまむ少年一人。
そんな仲良しトリオが一体何をしてるかというと……。
「斎ちゃんここでいい?」
「あーっ、もう二十センチ後ろで」
「こちらはもう充分でしょうか?」
「はいっ、オッケーです」
斎藤が情報端末を見ながら指示を出し、その通りに女子二人が岩や木を置いていく。
そうして出来上がるのは、簡易的な砦だ。光が最低限入るよう、隙間を調整して作られている。出入りは上部に置かれた岩を怪力で持ち上げるという魔術ありきのものだが、それだけに多少の衝撃では崩れない。
「にしてもよく考えたよ。土砂崩れに偽装した砦だなんて」
「見る人が見たらバレますけど、大抵の学生なら気づかないんじゃないですか?」
「その見る人が肝ですね」
立案、設計は斎藤だ。早朝会議の中で、夜戦に備えるためにも日の出ている間は少しでも休む必要があるという話になった。そこで、隠れつつある程度の守りを固めるために出たのがこの案だった。三人は即実行した。幸い、滝周囲は大きな岩がゴロゴロしており、削り出す作業が必要なかった。
「あとは日暮を待つだけだね。今のうちに休んどこっ」
寝袋に包まり、目を閉じる。およそ数年ぶりの昼寝に、誰もがむず痒い、妙な気持ちになった。
そして迎えた、演習五日目の午後六時。
「止みましたね……」
「うん。小競り合いはまだあるかもだけど、そろそろ動き出してもいいね」
「二人とも、体に異常は?」
外に耳をそばだてる戦闘科二人を眺め、医療科としてのやれることを探していく。
「元気ひゃくばい!」
「戦闘には支障ありませんよ」
強がり二人が、包帯で巻かれた腕を掲げる。我慢強いのも、医者泣かせなのだが。
「はいはい。何かあれば言ってくださいよ。出来るだけーーいえ。絶対、死なせません」
そんな斎藤の言葉に、二人揃って抱き着く。驚くものの自然と受け入れ、抱き返した。二十秒ほどぎゅっと抱き合い、そして気合一発、頭上の岩を持ち上げた。
「行くよ!」
「「はい!!」」
夕暮れの橙が照らす中。
不文律に守られた兎を狩るべく、三匹の狼が飛び出した。
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