第28話

「旨ぁぁい!!」

 真木が、索敵がてら獲っていた岩魚にかぶりつく。しっかり下処理もしたのか、川魚特有の臭みもない。淡白な身と、皮に焼き付いた塩が絶妙な旨味を引き出す。味気のないアルファ米にも、箸が進む。

「あははっ。そんなに喜ばれると、なんだかこそばゆいなぁ」

「焼き加減は大丈夫でした?」

「あっ、バッチリです」

 病み上がりの雪村に料理をさせたことは後ろめたいが、その分感謝の念は伝えようと、幾分か大袈裟にリアクションをとる。

(まるで道化だ)

 誰にも聞こえない内側で、自嘲の声が心を引っ掻く。

 そんな少年の内心を置いて、団欒は続く。好きな食べ物、なんて安直な話題で盛り上がりながら、いつしか目の前の料理は、胃の中に消えていた。

「真木さん。さっき話があるって言ってましたけど」

 耐熱マグに注がれた緑茶を啜り、湿らせた唇で切り出す。自分が寝ている間に話していたのだろう。真木も、居住まいを正す。

「うん。この演習のーー私達の、敵について」

「敵?」

 意識してなかった言葉に、マグを持つ手が揺れる。

 雪村と斎藤が、顔を見合わせる。奇しくも、脳内に過った言葉は同じだった。

 ーー生存がこの演習の課題だったのでは?

「真木さん。生き残るというなら、明確な敵はいないと思うんですが……」

 雪村が一歩早く、疑問を呈する。斎藤は黙って言葉を待った。

 ズズ……とお茶を一口啜り、溜息。その一呼吸が、容易に発せれる言葉ではないと物語っていた。

「…………斎ちゃんは聞いたこともないと思うけど。戦闘科には二つ、大きな派閥があるんだよ」

「派閥?民主と共和みたいな?」

 彼の持ち出した例は、アメリカの二大政党だ。戦闘科の派閥体系も、似た構図をとっている。二つの多数派が相争い、少数派はそこに干渉することなく、下から眺めるだけだ。

「変な例えだけど、まぁ似たようなもんだよ」

「私、聞いたことあります。確か、武術派と、……現実派?」

 同じ戦闘科でも認識の差があるのか、雪村の記憶は朧げだ。

「幻想派ね。攻撃魔術の多い戦闘科でも、特にファンタジー色の強い魔法を研究してる人たちだよ」

「なんか、まんまなネーミングだね」

「通称なんだから仕方ないよ。ちなみに、私も雪ちゃんも武術派だよ」

「直接殴る方が得意ですから」

 確かに、二人ともインファイターというか、拳や蹴りで闘っていた。武術派……こっちもまんまである。

「で、この二つの派閥なんだけど……仲悪くてね。私はそういう……派閥争い?ってのは興味ないんだけど」

「想像はできます」

 派閥間の抗争なんて、それこそいつの時代でもあるものだ。

 呆れたような苦笑いを浮かべていた真木が、スッと表情を引き締めた。自然、自分の口角も引き結ばれる。

「でも、他人事ではいられなくなった。今までもちょっかい出されることはあった。でも今回は違う。血が流れた」

 真木が雪村の手を握った。言葉に出さないが、そこにあるのは後悔と、そして怒り。

「今日私たちを奇襲したのは、幻想派ーーそれもかなりの過激派だよ」

 あの奇襲を思い出す。魔術の威力は元より、狙いやタイミングまで、致命傷になりうるものだった。あの躊躇いのなさ。殺意がなければ説明がつかない。

「先輩。その、名前は?」

 雪村が問う。この演習最大の敵の名を、胸に刻む。

「高槻桔梗。それがあのチームの、リーダーの名前だよ」

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