第23話
小さいとはいえ、滝壺はしっかりと深さのある窪みになっていた。長い年月をかけて穿たれたのだろう。そのお陰で大怪我もなく、無事逃げ遂せることが出来たのだから、大自然の神秘に助けられたと言えるかもしれない。
追手を警戒しながら水面から顔を出す。滝壺へ落ちた時点で追跡を諦めたのか、周囲に気配はない。
「斎ちゃん」
「真木さん……ふっ」
差し伸べてくれた手を握り、濡れた岩肌を押しながら身体を持ち上げる。服が水を吸い、いつも以上に重たい。これを浄化するとなると、手間取りそうだ。
「はぁ、はぁ……っ、雪村さんは」
「向こうで寝てる。早速だけど見てあげて。大急ぎで」
そう言う真木自身も、かなり消耗した様子だ。上からタオルを羽織り、身体を覆っている。冷えは体力を奪い、抵抗力を下げる。山の水特有の冷たさは、自分でも体感したがかなりキツい。
「了解です」
自分の傷は後回しに、雪村の元へ向かう。真木はその場に留まった。
木陰に背を預けるように横たわる身体。投げ出された足は濡れたまま、小さな切り傷が幾つも見られた。
「大丈夫ですか?」
駆け寄る体力は無いため、前屈みに歩み寄りながら、魔力を回す。
「うん。全然元気」
台詞とは裏腹に、声には力が無い。
「我慢しないで。そのための医療科だから」
「ごめん……」
ようやく傍にたどり着き、すぐさま触診を始める。同時に浄化の術式を展開し、身体全体の雑菌を取り除いていく。浄化を続けながら、露出していた上腕を取り、血圧を測る。機器はないため感覚でしかないが、普段の彼女よりも低い。それに唇の血色も悪い。
「出血か……」
それとも単純に体温低下か。
手足の切り傷を見るも、数は多けれど血圧低下が下がる程には深くない。やはり体温の低下が主な原因だろうか?
「少し脱がすよ」
内出血の線も考え、お腹からずり上げていく。白い肌が少しずつ露わになるが、そこで赤面するほど素人じゃない。
「いっ……」
「痛い?どこが?」
見えたお腹には、目立った外傷はない。青痣もないため、あるとしたら骨折……?
「もしかして……」
身体を乗り出し、背中側にグッと手を回す。
「……っ!?」
「ごめん、なさい」
雪村が、薄く微笑みながら謝る。そのまま抱き抱え、ゴロリと身体を横に向ける。
露わになった背中は、血で真っ赤に染まっていた。
服を引き裂き、患部を露出させる。大きな傷だ。左肩から右脇腹にかけての裂傷。恐らく、逃げる際に敵の追撃を喰らったのだろう。インファイターである彼女は、敵とは正面から戦う。背中に傷を負うことなど、それこそ逃げる時しかあり得ない。
「すぐ治すから!!」
モタモタしてる暇はない。このままだと失血死もあり得る。
「止血なら縫合が一番だけど……」
生憎、縫合魔術はまだ使えない。ならばーー。
「細胞活性で塞ぐしかない」
縫合時の要領で切れた組織同士を中央に寄せ、細胞活性により塞いでいく。本来は縫合を同時にやらなきゃいけないような大怪我だ。単独では手に余るが、死なせるわけにはいかない。
「ありったけの魔力を……っ!」
傷口全体に活性をかける。範囲を広げると、減りが格段に上がった。
「ぐっ……ぅうう!」
「ハァ……ハァハァ……っ」
呼吸が乱れている。吐き気を堪えるような……貧血の症状だ。
「血も足りない!確か血液型は……っ!」
バックパックとは別に持ち運び用のポーチから、簡易輸血パックを取り出す。演習開始時に医療科全員へ渡されるもので、今まで使うことはなかった。
「集中しろ……集中しろ!」
真木さんを呼びたい。が、浄化をかけたばかりでこの空間に誰かが来るのは避けたい。せめて傷が塞がれば……。
「いや、やるんだ。泣き言ほざいてる場合かよ!」
術式を維持したまま、輸血パックをセットする。魔術に腕は必要ない。刻印と、目がそこを向いてれば充分だ。
「チクッとするよ」
腕をアルコール脱脂綿で消毒をし、肘の裏、浮き出た太い血管へ針を突き刺す。全血は保存期間が短いが、こうした出血時には非常に有効だ。
一瞬、活性が切れた。すぐさま再発動。やはりトリプルタスクは無理があったか。
「大丈夫だから。もう少しだからね」
治癒状況を見るに、あと少なくとも四十分はかかる。それまで魔力が持つか……。
「気合しかねぇだろ……」
励ましの声をかけながら、治療を続けた。
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