第21話
演習四日目、早朝。
起こさぬよう、こっそりと寝袋から這い出た斎藤は、鞄の中からポーチを取り出した。
「ぐっ、これはあんまち使いたくなかったけど……」
中には女性らしく化粧道具やらが入っており、見た目は少女である彼が持っていても何ら不思議はないだろう。
だが、元々化粧が無くとも女顔なため、この演習では使わないつもりだった。だが……。
「こんな顔じゃ、心配させちゃうし……」
手鏡の中には、目元が荒れ、目の下を黒くした自分が写っている。明らかに寝不足とわかる顔だ。
洗顔代わりの浄化魔術で顔の表面を綺麗にすると、ローラーでマッサージし、血行を促進する。コロコロと転がして、手鏡で見てみる。目脂や目の赤みも多少は取れ、これでだいぶ見れるものになった。が、これだけだとクマが隠し切れてない。
「これと、あと……これでいいかな」
取り出したのは、オレンジリップとリキッドファンデーション。それを手の甲に乗せて、ブラシで混ぜていく。
「うん、いい色になった」
手鏡でよく確認しながら、目の下に塗っていく。それをスポンジでポンポンと馴染ませていき、境目を消していくと……。
「うん。いいんじゃないか?」
それが終われば、あとはベースメイクをしていくだけ。化粧水、リキッドファンデーションで顔色を整え、スポンジで同じく馴染ませていく。そしてリキッドコンシーラーでクマ部分を塗れば……。
「ほい、完璧」
健康的な美白肌の完成だ。これで今日も元気な斎ちゃんでいられる。
「迷惑かけたくはないし」
多少の寝不足は、これで押し通して見せよう。
さて。何故ここまでしてクマ隠しをすることになったのかだが、それは昨夜の就寝後に遡る。
昨晩、夕食前に真木のぬいぐるみと化した彼だったが、それは一度で終わるものではなかった。
夕食時には既に解放され、作戦会議も顔を突き合わせるだけで、抱き締められることもなく、ごく普通の女子同士の会話に花を咲かせていた。真木も元気を取り戻したようだったし、雪村も、そんな隊長に安心した様子だった。
真木の就寝の合図で全員が寝袋に包まり、自身も浅い眠りについていた斎藤。
「んぅぅぅ……」
微かに聞こえる悩ましい寝息にも気にならなくなってきた頃、不意に身体にのしかかるものがあった。
(敵襲!?)
咄嗟に覚醒し、敵の正体を見るため刻印に魔力を込める。光り出した右手に照らされた正体はーー
「真木、さん?」
「んぅぉ〜……」
彼女はどうも寝ぼけた様子で、彼の薄い胸にしなだれかかるように覆いかぶさっていた。ドキン!と心臓が鳴る。緊張で頭が冴え、眠気が吹っ飛んだ。
「あっ、あっ、あのぉ〜……」
小声で問いかけるも、それで起きれば訳がない。何より、その安心しきった顔を見れば、引き剥がすのは躊躇われる。何より、今のあどけない顔は、平時のキリッとしたものと比べて、ギャップが凄い。
なんというか、可愛いのだ。
「あっ……」
「んふっ」
思わず手を頭に置いて、撫でてしまうぐらいに。そしてそれを嬉しそうに微笑むその表情に、ムクムクと奥底から、父性のような母性のような、庇護欲求が起き上がってくる。
むにゅ……。
だがそれと同時に、押しつけられる身体は女性らしく柔らかさを秘めていて……こう、とても落ち着かない。性的興奮するかしないかの間を反復横飛びしているような、そんな不安定な心地。
(ど、どうしよう。可愛っ、どうしよう!)
なんて狼狽てる間に、気づけば夜が明けていた。
「よく眠れた?」
「はい!バッチリです!」
化粧で誤魔化した顔を見せることに、若干の後ろめたさを抱きながらも、バレてないことに安堵を抱く。
嘘、嘘、嘘。
誰のためなのかもわからなくなりそうな、嘘の羅列に、しかしそれ以上の手段を知らない斎藤は、偽り続けるしかない。
「今日も生き延びるわよ!」
「「はいっ!」」
返事をした声にも、力が入り切らない感じがした。
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