第20話

 同日、深夜十一時頃。

 演習監督の教師陣が各々の拠点で休んでいる時間帯。

「やっ」

「お前……」

 自分のテントで一時の休息をとっていた彼の元に、一人の少女が訪れた。

 戦闘科教員である各務は、もうおっさんと呼んで差し支えない年齢である。そんな彼の寝所にうら若き少女が訪れるという絵面は、なんとも背徳的である。

 が、そんな社会的窮地とは別の動揺で喉を揺らす彼に、彼女ーー明石はニコリと微笑んだ。

「こうして会うんはどうも久しぶりに感じるなぁ」

「何でお前がここにいるんだ……。別の会場だったろ?」

 額に手を当て、動揺を落ち着けつつ出た言葉に、彼女の笑みが増す。悪戯が成功して喜ぶ子供そのものな反応だ。

「ちょっと様子を見にきただけやん?そない邪険にせんでも」

「邪険とかそう言う問題じゃないだろ。演習を抜け出すなんて……」

 およそ三日前。手を振り別れてバスに乗り込んだ斎藤と明石。演習先は当然別々で、距離もそれなりにあり、お互い気軽に寄れるような場所にはない筈である。

「まぁ、そんなことはどうでもええやん?今更」

「チッ……余計なことすんなよ」

「心配せんでも、様子見たらすぐ帰るさ」

 だが各務は追及を諦めた。この魔女に何を言っても無駄だし、そもそも彼女を縛る権限は彼にない。

「で?そんな暇な魔女様は何を見に来たって?」

「そんなん言わんでもわかるやろ?」

 肩を竦めて笑って見せる明石だが、その目は話を進めろと催促している。場の主導権は握っておいて会話は相手に任せるとかどんだけ面倒くさい女なんだ。

「斎藤君……だったか?今のところ元気にやってるよ。チームメイトとの関係も良好。医療魔術も問題なく扱ってる」

「刻印はちゃぁんと機能してるんやね」

「あぁ。話には聞いてたが、実際見ると信じられん」

 魔術刻印は今も研究が進んでいるが、その成果は他の魔術研究に比べてかなり規模が小さい。人体に刻み、魔力の流れを司るという重要性から、実験もおいそれとできないという背景もある。だがこの魔女は……。

「せやろ?頑張ったもん」

「なにが『もん』だ。年甲斐もない」

「殴るよ?」

 女性に年齢の話は禁句だというのは、いつの時代でも同じようで。

「じゃ、そろそろ戻るわ。長居してもしゃぁない」

「顔見てくんじゃなかったか?」

「もう見た」

「いつの間に……」

 踵を返す彼女。その背中はうっすらと汗で濡れ、下着が透けていた。各務は傍に置いてあった缶飲料を指に引っ掛け、そのまま放る。

「おっと」

「餞別だ」

 しっかりノールックでキャッチして見せ、銘柄を見て笑う。

「まーだこんな甘ったるいもん飲んでるん?ま、ウチも好きやけど」

 悪戯っぽく笑うその笑顔は、昔とまるで変わらない。自分だけが老いた。そう感じて、そんな下らない感傷に笑えてしまう。

「じゃ、またね」

「フン」

 去っていく背中を横目に、ため息を吐く。こうして振り回されるのは疲れる。だが、こうして昔の旧友と語らう時間が潤いになるというのも事実だった。

「何だかんだ嬉しいんかね」

 らしくないと頭を振り、それもこれも酒のせいだと思うことにして、毛布に身体を横たえた。

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