第19話
真木隊(勝手に斎藤が呼んでるだけ)は、徹底して奇襲されないことを第一に動いた。回遊魚のように一定間隔で移動を続け、罠や狙撃を警戒する。
奇襲は強い。戦闘経験豊富な部隊なら、即応することも可能だろう。しかしこと学生の演習においては効果は抜群だ。突発的な戦闘に意識は追いつかず、一瞬で部隊は瓦解する。俺たちがやったように。
「つまり、こちらが先手を奪えばいいんですね」
「そういうこと」
二日目の夜に行った打ち合わせでの、雪村と真木の会話を思い出す。
「先手を取れる場合はこっちから奇襲するんですね」
「そうそう。まっ、ゲリラみたいなもんだよ」
「なんだか悪者みたいですね」
ゲリラ部隊は雪村の感想通り、昔からテロリスト扱いされることがほとんどだったらしい。
卑怯、卑劣と、戦場ではいいとこばかりに思えるだろう
しかしこのゲリラ戦法には、継戦能力というものが求められる。つまりどういうことかというとーー体力がないとついていけない、ということだ。
***
必死に目の前に食らいつき続け、気づけば一日が終わろうとしていた。
「もう夕方ですね。戦闘音も遠くなりました」
「他も体力尽きた頃かーー斎ちゃんも限界かな?」
「はぁっ、はぁっ……」
肩で息をしながら、返事もままならない様子に、真木も首を振った。
「今日はここまで。明日も早いから、ね?」
「だい、じょうぶです……」
背負ったバックパックが膝を押しつぶす。医療科もまるで鍛えてないわけではないが、戦闘科のそれとは一線を画す。魔術で補助をしようにも、肉体を強化する魔術は専門外だ。それに戦闘科の魔術は、常人では肉体が耐えられない。たとえ使えたとしても、怪我人が増えるだけだろう。
(これが戦闘科との差か……)
人を治すという点に関しては、医療科はスペシャリストだ。だが、戦場ではただのお荷物でしかない。
息を整え切ると、それを待っていた真木が手招きした。何か用事かと、何も考えず近づく。すると、ぎゅっ……といきなり抱き締められた。
「っ!?!?」
「ちょっとだけこうさせて……」
服越しに感じる柔らかさと温かさに翻弄される彼の耳に、真木の囁きが滑り込む。チラリと横目で覗くと、雪村がニコニコ顔で手を振っていた。
(止めてくれない!?)
視線で助けを求める身、彼女は淑やかに微笑むだけだ。
(こんな密着されたらバレちゃう……っ!)
一刻も早く引き剥がしたいが、疲れた身体は言うことを聞かない。諦めて力を抜くと、耳元で真木が呟いた。
「ごめんね」
ドクリと、心臓が鳴る。
気づいていた筈だった。でも、それだけだった。真木が生き残るためにどれほど神経を尖らせているか。
戦術の組み立て、周囲の索敵、後輩二人のケア。
いくつもの重要な役をこなしている彼女だって、たった二つしか違わない一人の少女。抱えてるストレスを、少しでも癒してあげたい。
(だけど、俺は……)
隠し、偽っていることの後ろめたさが、心に冷たい滴を垂らす。
彼女は内心で羨ましく思いながら、たった数日でここまでの好意を抱いていることに、自分で驚いていた。
(まぁ、色んな意味で癒しですからね〜)
斎藤本人は、あまり自分を評価していないが、この小隊の精神的支柱は、間違いなく彼女だ。
怪我をしても治してくれるという安心感は、戦闘においてかなり重要だ。咄嗟の判断が勝敗を分ける白兵戦において、それは特に大きい。
(それに先輩、可愛いもの大好きですし)
今抱きついてるのも、ぬいぐるみを抱きしめてるのと似た様なものだ。ごめんね斎ちゃん。今だけ、先輩を受け止めてあげてください。
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