第16話

 翌朝。三人は身支度を済ませると、行軍を開始した。迅速かつ慎重に。不意の接敵にも備え、奇襲にも警戒。

 気が狂いそうな緊張感と集中で自己が削れていく感覚に、経験者の真木でさえ口を引き締め、その瞳は揺らいでいた。

 雪村は反面、初めてのゲリラ戦にも関わらず落ち着いた様子。しかしいつも以上に開かれた両目が、その本気度を窺わせる。

 一方、斎藤は前の二人についていくのがやっとという様子。唯一の男子にしてダントツのか弱さだった。


 最初の接敵は、幸運にもこちらが先に発見した。しかし大岩を挟んでるだけで距離が近い。こちらが死角にいるため気づかれてないが、斎藤の気配ですぐバレるだろう。

 彼方が気付くまでに武器を構える暇などないと、視界に敵が映り込むと同時に駆け出す雪村。

 遅れて遠距離術式を展開する真木と、それに気付き身を隠す斎藤。三人は事前に決めた役割通りに動く。

「っっつ!!」

 雪村は握り締めた拳に術式を展開。縮圧と加速の同時展開をもののコンマ数秒でこなしつつも、敵に向ける目は鋭く間合いを測る。

 敵の前衛が迎撃に出た。瞬間、交錯する視線。敵の目線は術式を展開した左拳に向いている。

「だぁ!」

 狙い通り左拳を警戒した相手へ、右拳のジャブを放つ。助走でスピードの乗った一撃だが、ただの突きじゃ決定打には弱すぎる。しかし、囮としては充分な成果を発揮した。

 突き出す勢いで腰を前に押し出し、踏み締めた足で本命に備える。

 不意の一撃に怯むその顔面に突き出した右拳をパッと開き視界を塞ぐと、迎撃に構えた敵の両腕がビクリと硬直する。ーー狙い通り胴が開く。

 そこへ本命ーー術式を展開した左で、右三枚を撃ち抜いた。

「っえぐ……!」

 苦悶の声を聞きながらも、拳を振り抜き、余った助走の勢いそのままを乗せて殴り飛ばす。そしてすぐさまUターン。その長い髪を翻しながら敵に背中を向け、一目散に走り出す。

 敵も黙っていない。中衛が飛び出し、振りかぶった勢いで何かが放たれる。

「うっ!」

 左肩にぶち当たったそれは石だ。魔術によって加速がつけられ、当たりどころが悪ければ命を奪える。

「先輩!」

「任せな!」

 木陰から身を出し、両腕を前に突き出したのは真木ーーではなく斎藤。医療科の筈の彼が前線に立ち、魔術を発動する。狙いはピタリと敵中央を捉えており、咄嗟に防御術式に切り替えるも、間に合うかは五分ーー。

「間に、合え!」

 渾身の術式展開に、脳が焼き切れそうな反動を舌を噛んで押し殺し、そしてーー

「残念。それブラフ」

 背後から聞こえた声を認識する間も無く、その意識は刈り取られた。



 三人の少年少女は拘束され、地面に無造作に転がされている。手には魔力の放出を阻害する包帯が巻かれており、一筋縄では抜け出せないようにしてある。

「手持ちはこれだけか……」

「拠点が別にあるかもしれないですね」

「ま、そこまで奪いにいくのはリスキーね。初手を取れたのもマグレだし」

「今回は綺麗にハマりいつっ!」

「ほら無理しないで。どう?斎ちゃん」

「骨には異常なしですが、打撲が酷いですね。しっかり内出血してます」

 雪村のはだけた肩を触りながら、斎藤が告げる。触れた指先から光を発し、患部へ活性をかけながら、反対の手では労わるように右腕を撫でている。それが戦闘で加熱した心をゆっくり冷ましてくれるようで、心地良かった。

「さて、雪ちゃんの治療が済んだら移動しよう。次は狩られる側かもしれない。細心の注意を払って、ね」

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