第10話
「これより移動のため、バスに乗り込む。座席表はPDFで配布したものをよく見るように。では解散!」
出発式を終え、続々とバスに乗り込む学生達。明石と斎藤は、軽く目を合わせると、声も交わさず分かれ、それぞれ違うバスに向かう。
斎藤がバスに乗り込む。その後ろ姿が見えなくなったところで、小さな呟きが追いかけた。
「頑張れ」
※※※
斎藤少年は現在、危機に立たされている。いや、側から見たら平和なバス内の風景でしかないのだが……。
「ぐっ……うぅ」
頬を羞恥でほんのり桃色にしたその姿は、誰がどう見ても可愛らしい女の子だ。スカートの裾を掴むその姿は、隣に座った戦闘科の女子生徒をにこやかにさせる。
が、彼の内心は、そんな周囲の温かさが恨めしいと感じるほどには追い詰められていた。
(バレちゃダメだ、バレちゃダメだ、バレちゃダメだ!!)
昔見たロボットアニメの主人公宛らに自らに暗示をかける斎藤、改め斎ちゃん。
今朝、明石の襲撃を受けた彼の顛末はこうだ。
寝ぼけ眼のところに突如襲撃を受けた彼は、男子制服を力づく(何故か魔術で筋力をブーストしてた)で奪われた挙句、女装写真をSNSに流すと脅された。そして、「これも斎ちゃんがお医者さんになるためだよ」と、まるで教師みたいなことを言いながら、女子制服と、いつの間に用意していたのかコンタクトレンズを渡された。
で、今に至る。
「ねぇ。あなたが斎藤さん……でいいんだよね」
「あっ、は、はい」
窓の淵を見つめて必至に現実から目を背けていた斎ちゃんだったが、無常にも隣の少女に話しかけられてしまった。上擦った返事に、更に頬を赤らめる。
「私、今回のチームメイトで雪村っていいます。もう一人は……まだみたいだね」
医療科では見たことがない、戦闘科の生徒。雀斑とポニーテールに結った髪が活発そうな見た目だが、おっとりした声と穏やかな表情は、不思議と似合っていた。
「斎藤です。よろしく……」
学年がまだわからないが、端末でこっそり確認したら、どうやら同学年のようだ。演習は初めて同士だが、もう一人は三年生とベテランだ。彼女に任せよう。
「おっ、ごめんごめん。ちょっと遅れちゃったか」
噂をすれば何とやら。短髪でボーイッシュな見た目の女性が手を上げていた。片目を瞑って笑うその姿がとても似合う。
手刀を切りながら、斎ちゃんの隣ーー窓際側の空いた席に座る。今も珍しい三人一列のシートに、チームメイトが揃う。斎ちゃんは席順を見た時から覚悟していたとはいえ、女性に挟まれて緊張が更に高まる。
「アタシは真木。戦闘科の三年生。そっちは?」
「戦闘科の雪村です」
「医療科の斎藤……です」
「緊張してんねぇ〜可愛い♪」
無遠慮にグシグシと頭を撫でられる。
(ぐっ、髪型が崩れる……はっ!)
無意識に出た思春期女子みたいな思考に、軽く絶望する斎ちゃん。そんな彼はしかし、表情がコロコロ変わってとても可愛い。
「斎藤さんを見てると、なんだか和みますね」
「うん。可愛い」
「ちょっ、あぇぐ……」
発進したバスの振動でおかしな鳴き声を漏らしつつ、彼らの楽しい楽しい演習が、幕を開けた。
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