第9話
時間というものは残酷なもので、誰しも平等に過ぎていく。順風満帆なマダムも、バイトを掛け持ちする苦学生も、家から出ずにゲーム三昧の引きこもりも。立場や場所が変わっても、同じ時間の中を過ごしている。
つまりどういうことかというとーー
「はい。時間切れ」
「くっそぉ!」
自習室にドン!と机を殴りつける音が響く。衝撃で震えた施術台の上には、腹を切り開かれたまま、仰向けに眠るマウスがいた。
「やっぱ間に合わなかったか……。ま、私らも結構難儀したとこやしねぇ」
「でも、俺だって同じ授業は受けてたんだぞ……」
あれからさらに一週間が経った今も、斎藤は縫合魔術が習得できていなかった。
「あハハハ!やーやーっ、そんな簡単にやられちゃったら、授業で丁寧に、その場で教えてもらってる私らが形無しじゃん!」
「いや、そこまで言ってないが」
医療魔術は、戦闘系の魔術師とは扱う術式の数が違う。そもそも外科治療に適性の高い医療魔術において、主に扱う術式は、『浄化』『細胞活性』『縫合』の三種類だ。その中でも最難関なのが、彼が苦戦している縫合魔術。通常なら習得に半年はかかると言われている。
「でさー。明日どうするよ」
「ぐっ……まぁ、なんとかやり過ごすしか……」
「それやる意味ないじゃん」
「むぅ…………」
何故こうも彼が急いでいたかというと、明日にあるサバイバル演習のためだ。内容は簡単に言うと、ランダムに組まれた三人一組のチームで、北海道の自然豊かな山々に放り出され、そこで一週間生き抜くというもの。
戦闘科と医療科の合同で行われる恒例行事で、この演習が出会いとなり、成立するカップルもいるんだとかいないんだとか。
「大怪我でもしてれば休めるかもしれないけど、たかだか魔術が使えない、って理由で休めるほど甘くないしねぇ」
医療科で最も重きを置かれるのが、魔術師としてではなく、医者としての心得だ。
「特に竹山なんて、『魔術が使えないならメスを握れ』とか普通に言うでしょ」
「分かった。分かったからもうやめてくれ」
逃げ場を続々と潰していく明石の攻め手に、とうとう白旗を上げる。ぐっ……と刻印の入った拳を握り締め、ふぅ、と一息吐く。
「気合入れるよ。逃げてらんないみたいだ」
「うん。いい顔だ」
にへ〜と笑う明石は、何を考えてるのか。斎藤にはまるで理解が出来ない。
「もう今日は寝よ。疲れたし。朝早いし」
「だな」
道具を片付け出した明石に倣い、片付けを始める斎藤。ふと、何かを忘れてる気がする彼だったが、それに思い当たるのは、一晩を明かした後だった。
「はいこれ制服。今日から一週間。斎ちゃんは斎ちゃんになるんだ!」
「何で!?」
「じゃないと魔術使えないじゃん。ほらほらもう時間!」
「ちょっ、魔術は使えなくてもって昨日……」
「逃げないとも言ったよね?ほらほら急ぐ!」
「くそっったれがぁぁぁぁぁぁぁ!!」
これほど運命の女神を呪ったことはないと、後に語る斎藤少年だった。
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