第8話

「今夜、星を見に行こう」

「は?」

 いつも通りのある日のことだった。マウスを使った縫合魔術の練習をしている斎藤を脇目に、明石が唐突に呟いた。手の中には、未だ絶滅を危惧されつつもなくならない、紙の本が開かれている。

「いきなり何言ってんだ」

「前振りがないと嫌か。お?じゃあ貴様は突発的に起こった事故災害に対し、そんなの聞いてないと喚き散らすのか。治癒術師が聞いて呆れるな!」

「なんでいきなり罵倒されなきゃいけないんだよ」

「私の心が傷ついた」

「あぁ、そう」

 肩がぶつかったら銃で撃たれたぐらい理不尽な仕打ちに呆れながらも、僅かに乱れた集中を整える。

「で、どう?塞がってる?」

「いや……塞ぎ切れない。皮膚を近づけは出来ても、そこからがな」

 今、斎藤少年が挑戦しているのは縫合と呼ばれるもので、主に皮膚や、時には切り開いた臓器の壁や、果ては骨に至るまでを、くっつけて塞ぐ。そんな魔術だ。

「今までの浄化、細胞活性とはプロセスが結構違うからねぇ。分けられたものを強引に引っ付ける、ある意味力技だからね」

 昔は針と糸でやっていたのを、魔術ではより綺麗に、傷跡を残さぬようにと考案されたものだ。対象同士の座標を重ね、限られた範囲にだけ細胞活性をかけることで癒着させるというもの。

「イメージしっかりしないと。授業はちゃんと受けてんだからいけるってぇ」

「それが上手くいかないんだからしゃーないだろ!」

 苛立たしげに自分の腿を叩く彼に、本を捲りつつ生返事の明石。やる気なさげな彼女に眉を顰めるが、彼女が提案したとはいえ、自分のための特訓だと、マウスに向かう少年。まぁ見た目は少女だが。

 そんな内面忙しい彼をチラリと見つつ、ライトノベルの背表紙に隠した医学論文に目を落とした。

 そうして、静かな二人だけの時間が訪れる。

 秒針が嫌に響く室内を再び満たしたのは、ハスキーなアルトボイスで放たれた、感情むき出しの声だった。

「〜〜〜〜あー!できんっ」

「どうしたぁ〜?また店の子に手ェ出したんか」

「どこの店だよ。ったく……」

 施術台には、腹を開かれたまま横たわるマウス。それを見た明石は一息吐くと、刻印を翳して魔術を発動。数瞬で腹が塞がる。

「いや、何も言わず塞がんでも」

「マウスとはいえ教材なんだから。後片付けは大事なんだよぉ?」

「そうだが……」

 目の前でやって見せるにしても、あそこまで速いと見えんだろうが。

「ま、今までやってこなかったツケだね。練習あるのみさ」

「まぁ……」

 そう言われては何も言えず、諦めて帰り支度をし出す斎ちゃん。女子制服を脱ぐ姿は、その線の細さも相まって、妙な色気がある。胸も尻も大きくない、それなのに何故こうも色っぽいのかと、自分の乳をモミモミしながら首を捻る明石だった。

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