第6話
――女装しないと魔術が使えない。そんな馬鹿なと、両手を天に向け厭味ったらしい顔で笑いたくなる事実に自殺を考えた日の翌日。
「では、この症例に最も効果的な魔術は――」
一限目の座学の授業。誰もが目標のために真面目に授業に取り組む教室の中に、彼はいた。
いつも通り男子生徒の制服に身を包み、感情の読めない顔つきでノートを取る斉藤。表向きはいつも通り、魔術が使えない頃のままだ。シャーペンで板書をメモしつつ、自分の考えを書き出して、合っていれば赤で囲み、間違っていれば消して赤で書いている。
――近代化に伴って、教育現場にも電子機器が参入している現代においても、彼らが使っているのは紙とペン。手書きが一番早く、覚えもいいとの判断らしい。一応、タブレットなどを使うことは許可されているのだが、不思議なものである。
ピピピピッ
と電子音が鳴り、教壇に立つ白衣の男性が「もう時間だね」と言った。
「さて。最後の問題は次回までの宿題ということで。自分なりに考えた解答で構わないから、提出するように」
そう言ってリモコンを操作し、表示していた板書を消した。生徒はあまり使いたがらないが、教員側は電子機器を使うのが主流のようで、ほとんどの授業で、こうした電子黒板は利用されている。
「次は……」
タブレットを取り出し、予定を確認する。次は実技――魔術を使う授業だ。
「はぁ……」
思わず漏れたため息を吸い込んで、少年は実習室へと向かった。
※※※
一日の授業がすべて終わり、放課後となった。
国のために作られた教育施設ということもあり、この学校は敷地はあっても遊べるような場所はない。まぁ戦闘科には、鬼ごっことかで遊んでるのもいるらしいが。もちろん武器ありで。
「さてと」
ふいと視線を出入り口に向ける。そこには偶然にか、明石の姿。
斉藤少年の視線にすぐ気づき、ぱちりと一つウインク。そのいたずらっぽい仕草に一瞬胸がドクンと跳ねるが、誤魔化すようにわざとため息を吐いて、鞄を掴んだ。
向かうは昨日と同じ自習室。朝のうちに予約していたそこに、足早に向かう。そして、周囲に誰もいないことを確認して、カードキーをかざした。
「お、来たね」
「あぁ、ちょっと遅れた」
そこには先客として、先程ウインクをくれやがった明石が、白衣姿立っていた。
「どうせ日和ってたんだろ?びびり~」
「ちがわい!ただ俺は――」
「わぁかってるってぇ。女の子のカッコがまだ嫌なんでしょ?」
「まだじゃない。ずっとだ」
下手糞な会話のキャッチボールを済ませた二人は、挨拶もそぞろに着替えに取り掛かった。もちろん、明石はそのままで、着替えるのは斉藤のみである。
「さて。今日は何着る?」
「制服」
「えーっ、そろそろ違うのいこうよ~」
「遊びじゃないんだ」
上着を脱ぎ、ネクタイを外す。そしてワイシャツを脱ぎ、上半身が裸になった。それを見て頬を赤らめる……なんて可愛げが明石にあろうはずもなく、猫のように細めた目で弄ってくる。
「ま、じきに目覚めるだろうしいっか」
「何にだ!?」
「ほらほら時間ないよ~。お着替えお着替え~♪」
「お前から喋ったんだろ!?」
憤慨する少年をのらりくらりと躱し、鼻歌交じりに彼の脱いだ服を畳んでいく。
この楽しくも奇妙なこの空間で、今から行われるのは。
二人だけの、ヒミツの特訓。
「オンナノコのこと、たっぷり教えてあげる♪」
「違うだろ~!」
女装しないとできない、斎藤少年の魔術訓練である。
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