第5話

 強めの照明の光に照らされた室内。二つの息遣いがこだまする中、衣擦れの音が少年の耳朶をくすぐる。

「んっ……」

 微かに漏れた声がいやに艶かしく、少女の喉がゴクリと鳴る。

「ねぇ……まだダメ?」

「だめ。ほら、ココも」

「ひぁっ!」

 つぅ……と指先が肌をなぞる。冷たい指先に触れられ、つい声が漏れる。少年の声とは思えない、甲高く甘い音色。

「はい、できた」

 パンパン、と軽く叩かれた肩。さっきまで跳ねていた横髪も、櫛と寝癖直しで綺麗に真っ直ぐになっていた。

「せっかく素材がいいんだから綺麗にしとかないと」

「容姿が魔術に関係あるのか?」

「ない、とは言い切れない。だから確かめるんでしょ?」

 斎藤少年の格好は今や、立派な女子生徒だ。スカートを履きこなし、そこから覗く膝、脹脛は黒いソックスに包まれ、その脚線美を魅せている。

「医術科で良かったねぇ。脚めっちゃ綺麗よ?」

「男にそんなの必要ない!」

 そう喚く彼の脚は、臑毛が綺麗に処理されている。ソックスからポツポツ毛がはみ出てる、なんていう男子中学生みたいな脚とは別物だ。

 医療において衛生面、清潔感は最重要。そのため、毛は極力見せないようにするべきだ。髪の毛だけでなく、爪、髭の手入れをしておくことは医療従事者として常識だ。時に、皮膚の下ーー内臓を触るのだ。魔法で浄化できるとはいえ、抜かしてはおけない。

「じゃ、着替えて落ち着いたし、ここで纏めようか」

 そう言って明石は、大学ノートにトントンとシャーペンでリズムを刻んだ。罫線を無視して書かれた文字の数々。そこには彼女の仮説と、実証結果が記されていた。

「時間は大丈夫なのか?」

「心配なーし。いっそ明日休んでもいいし」

「それはダメだ」

「……。ま、それは置いといて」

「無視すんなよ」

 手でめんどくさそうに遮る明石に抗弁を諦め、大人しく話を聞くことにする。

「まずは魔力欠乏。検査結果はーーシロ。異常なし」

「刻印の異常も疑ったけど、照合したら100%一致だったな」

「刻印についてはまだわかんないことだらけだし、今の時点で断言できることはないねぇ」

 ペンをくるくると回しながら足を組む明石。一方、その目の前で膝をぴったり閉じて両手を腿に置く斎藤。これ片方が男ですって言われたらどっちだと思うだろう。

「刻印についてはもうお手上げ。あと出来るのは、斎ちゃんが魔術を使った状況を再現することだけ」

「それでこの格好ってことか」

「そー。他の要因も思いつかないし。患者の有無も疑ったけど、その後浄化使えたっしょ?」

「確かにそうだけど……」

 やはり格好については感情がついていけてないのか、眉根を下げる斎藤。

「じゃ、早速だけどそれで魔術使ってみて」

「わ、わかった……」

 魔術刻印をじっと見つめ、体内の魔力を回していく。すると、あの時のように、魔術刻印が輝き出した。

「っ!」

 驚きを飲み込み、そのまま右手に向けて浄化の術式を転写ーー展開。

「うわぁー……ほんとに出来ちゃったよ……」

 魔術刻印の光が収まり、音が消えた自習室に、そんな明石の声が響いた。

「いや、ないわー。これやばいわー」

「おい。成功したのに引くなよ!」

「いやだってねぇ……」

 抗議する斎藤だったが、しかし、魔術を使えた喜びとは別に、「出来ちゃったか……」という、謎の残念さがあった。

「これ、女装しないと魔術使えないってことだよ……?」

「言わないでくれ、ホント……」

 原因不明。理解不能。だが現実が理論だとか常識だとかを無視して笑顔で手を振っている。こいつピースまでしやがってぶっ殺してやる!と、斎藤少年の脳内で擬人化された現実が彼を煽っていた。

「ま、元気出しな」

 ポン、と肩を叩く彼女に、少女のような少年は何も言わずに、スカートの裾を握り締めた。

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