第21話 役場
ヒカリ町役場は、勲がまだ中学生の時は建物の規模は二階建てであり古びていたが、数年前に大規模な改築があり、四階建てとなり、白の建物で中にはコンビニが入っており、すべての行政の手続きが行われると正雄から聞き、勲はこんなにでかくなるとは意外だったなと思い、戸籍謄本や移転手続き等の処理が終わるのを、受動喫煙防止の流れの為に外へと追いやられてしまった喫煙所の中でコーヒーを飲みながら喫煙をして待っている。
(これ全て終わるのは、一月ぐらいかかりそうだなぁ……何でこう、親方日の丸の商売ってのは大したことではないのに時間を食うんだろうなあ……無理してでも、市役所にでも入っておけば良かったのだろうかなぁ……)
勲は20代の頃、昴と知り合う前に付き合っていた彼女がおり、将来を見据えて市役所勤務をしようかと一時期考えた事はあったのだが、学歴と年齢の問題で挫折をし、挙げ句の果てには、不安定なフリーターでは嫌だとその彼女は勲の前から姿を消して、携帯やメアドを変えて音信不通になった。
白い壁がヤニで真っ黄色に変色した、この市役所の暗部とも言える喫煙所には、仕事の休憩途中なのか、『おぼろ化工』と書かれた作業着を着た茶髪の20代前半の男性が二人おり、スマホのアプリゲームをやっているのか、スマホを見て談笑している。
(俺がもしここに勤めたら、こんなダサい濃い紺色のユニフォームを着て、たった15万ぽっちの給料の為だけに、街中を闊歩するんだろうな、まだコンビニ勤務の方が気楽だったのかな……)
勲は、底辺ともいえるブルーワーカーを見て、まだ覚悟が決まっていない自分を客観的に見ているとスマホに着信があり、液晶を見やると英美里からのLINEが入っている。
『ねぇ、仕事決まったの?』
んな、一週間やそこらで決まるわけないじゃんと思いながら、勲は返信を送る。
『まだだよ、まだ一週間も経ってないぞお前と別れてから』
余程の暇人なのか、すぐにラインは既読になる。
『ねぇ、最近色んなところで、就職氷河期世代向けの求人が増えてるみたいよ、私が住んでる町の市役所でもあるし。ヒカリ町の役場も募集してるんじゃない?』
『んな、あるわけないじゃん、第一年齢ではねられるだろ?』
『それがね、前話したと思ったけど、まだ年齢的には大丈夫なのよ。45歳ぐらいまでならばオッケーなのよ。諦めずにさ、調べてみないとわからないよ。調べてみ?』
仮にあったとしても、余程のスキルがないと無理なんだよなと勲はため息をつき、そろそろ俺の番が来るのかなと思い、煙草を灰皿に捨てて喫煙所を後にする。
大手銀行や大病院の受付のように、受付番号を表示する機械がある為、受付番号のレシートを持ち、ええとどこだったかなと不審者の如く周りを見回すと、顔が微妙に美人の女性ミュージシャンがモデルとなっているヒカリ町役場の求人募集のポスターが勲の目に飛び込んでくる。
(んん? これは……)
『就職氷河期世代向け求人募集 ヒカリ町役場中途採用 一次試験8月○日 応募締め切り7月○日……』
「ってこれ、明日までじゃねぇか!」
思いがけない情報を得て、思わず出した大声に、静かとは言えないのだが、話し声が殆ど無い建物の中にいる用事があって役場に訪れた町内外の人間が、勲を一斉に見やり、勲は慌てて口を塞ぐ。
「あのう……」
総合受付の女性職員は、大声を出して不本意ながらも周囲の注目を浴びた勲を、精神に異常をきたした不審人物を見るような侮蔑の視線を送りながら、一枚のパンフレットを持ち、勲に手渡す。
「これですよね? 就職氷河期世代向けの職員募集があるのでもし宜しければ差し上げます」
「あぁ、はい……」
勲は、職員の忌み嫌うような視線を浴びながら、あぁ、俺やっぱりこの町ではアウェイなんだなと思いつつ、とりあえずもらっておいてやるかと、舐められないように傲慢な態度を微妙に取りパンフレットを受け取る。
『受付番号○○番でお待ちの方、○番の窓口で……』
機械的なアナウンスが聞こえ、やっと呼ばれたかと勲は肩の名を下ろし、受付へと足を進める。
📖📖📖📖
市役所での移転届を終えた勲は家路に着くと、辺りは夕方になっており、涼しい風が体に纏わり付き、心地よい気持ちに襲われ、玄関の扉を開けると居間では巧達がテレビを見ている。
「ただいま」
「お帰りなさい。お風呂沸いてるよ」
「あぁ、入るわ」
(お風呂が沸いてる……こんな当たり前のことが、一人暮らしの時は仕事終わってヘトヘトになって自分でやるのがしんどかったが、家事をやってくれる人がいるってのは幸せなものだ……だが、俺はここにいては邪魔者なんだ。早々に仕事決まったら出て行こう……)
「おじちゃん、一緒に入ろう!」
親のありがたみを再確認して、胸に熱いものがこみ上げてくるのを堪えている勲の元に、拓磨が屈託もない笑みを浮かべて近寄ってくる。
「アイス買ってきたから皆んなで食べよう」
「あー僕が好きなやつだ! ありがと!」
勲は居候の身としては、何もしないのは悪いなと、ほんの小さな心遣いで、市販の中では1番高いアイスを10個買ってきたのである。
冷蔵庫にアイスを入れ、床に腰掛けてテレビを見ようとすると、巧は勲が手に持っているパンフレットを見やる。
「それはなんだ?」
「あぁ、なんか市役所のパンフレットだった、就職氷河期なんとかってやつのだ。職員さんを募集してるやつだと」
「そっか、なぁお前、ひょっとして、ここを受けてみたいとかって思ってないか?」
勲は巧の、何も言っていないのに心を見透かされた一言にどきりと、恐怖じみた感情を抱きながら、嘘を話しても仕方がないなと、あぁ、そうだよ、と答える。
「そのパンフレット見せてみろ」
巧は勲が渡すのよりも先に、半ば奪い取るような形で受け取り、まじまじと見つめる。
「申し込み期限が明日までか……」
「無理だろ? やっぱ。受けてみたいって思ったが、無難におぼろさんを受けてみるわ……」
「馬鹿野郎、諦めてはいかん。仮におぼろさんに入れたとしても、やる気がなく怠惰になってたら、出世はできないし最悪クビになっちまう。ここは、お前が受けてみたいと思うところを受けろ」
「あ、あぁ、そうするわ……受けてみるわ、ここ」
(どうせ、職歴は散々で、どこの会社受けても落ちるだろうから、ダメ元だ。志望動機やアピールの方法はネットに書いてあるものを所々で流用してやれば何とかなるか……)
巧の、汚れなき瞳で、きっとした眼差しを勲は受け、ダメ元だなと覚悟を決め、拓篤に、後でお風呂入ろうなと告げて自分の部屋へと続く階段を、長時間の待機で疲れた体を引きずるようにして登っていく。
「おじちゃん……んん!?」
拓磨は、勲の後ろ姿を思わず二度見する。
「拓磨、お前に見えたか……あいつの背中が大きく見えているのを……」
巧はニヤリと笑い、拓磨の頭をくしゃくしゃに撫でる。
「う、うん……」
「あいつはきっと、何か大きなことをやるぞ、そんな目をしてるんだよ……!」
「そうね、おじいちゃんの言う通りだわ……」
千尋は部屋にいる勲を見て、きっと大きな何かをやるな、自分たちの元からまた離れていくのだろうなと、ため息をついた。
📖📖📖📖
一昔前、志望動機や自己PRを書くのには自分で相当考えて書かなければならず、仮に書き上げたとしても、それが採用担当者の目に引っかからずに書類選考の段階ではじかれるのだが、今はネットが普及しており、パソコンやスマホで書類の書き方の見本が見れる為、そこそこ国語が得意だった人間は、うまく自分を出来る人間に見せかけて、書類選考を通る確率を上げているのである。
それは、単なるテクニックであり、もし企業に入れて実際に仕事をする上では、実際の能力が決定的に不足してしまい窓際族への転身か、それか最悪の場合は解雇処分となってしまう事もあるのだが、スネップの勲にとっては、ともかく何処でもいいから入ってからの一発勝負だなと思い、駅前の古本屋で300円で購入した、数年前の黄ばんだ転職関連の本と、ネットの転職関連のサイトを読み漁り、使えそうな言葉の羅列を纏めて自己PRと志望動機を書くのに当てている。
「……よし、出来た」
スマホの画面メモと格闘する事小一時間、志望動機と自己PRをようやく書き終えた勲は、ベッドの上にゴロンと寝転び、大きな欠伸をする。
(受かるって保証はねーが、盛ってやったぜ、大分……何もしないよりかはマシだな)
気晴らしに、MDウォークマンを耳にねじ入れて、中学の時に流行った曲を流す。
(俺よく考えたら最近昔の曲ばっかしか聞いてないな、YouTubeでも流すかな……)
勲はMDウォークマンを耳から外して、スマホを開き、YouTubeのアプリを開く。
(あ、これよく考えたら動画見放題プランに入ってなかったな。でも、うちWi-Fi入ってるからいいか。ラップでも……)
ドンドン、という扉をノックする音が聞こえ、スマホをテーブルに置く。
「おじさん、ご飯できたよ!」
拓磨の声がドア越しに聞こえて、分かったと言い、勲はのそっと立ち上がる。
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