第20話 失火

 昴が勲達の前から姿を消したその日、勲は何も手がつかずに自分の部屋にこもっている。


 千春にも連絡は取って聞いてみたが、千春自身も初耳であり、驚いており、昴の居場所は雲の中となってしまった。


(あいつがいなくなった……せめて、いや、あれは、俺の子なんだろうか? いや、ゴムは毎回つけていたんだが……)


 昴のお腹の中にいる子供が一体誰なのかと、勲達は疑問に思っているが、それを確かめる術は全くと言っていいほど無い。


 窓の外ではセミが鳴き始め、ふと、スマホのカレンダーを見ると、勲がヒカリ町に帰ってきてから二週間以上が過ぎている。


(俺がここに居続けると、迷惑がかかるからな、明日にでも帰るか……ん?)


 勲は勉強机の引き出しに挟まったノートを見つけて、何だろうなこれはと引き出しを開けて年季の入ったノートを取り出す。


『小説メモ』


 パラパラとメモをめくると、勲の文字で小説のアイデアやプロットと、散文めいた事が書いてあり、それを読んだ勲は恥ずかしい気持ちに襲われ、顔を赤らめる。


(あぁ、これは、中学の時に書いた小説のやつだ。厨二病ってやつだったか、恥ずかしいな……あの頃は漠然と何者かになろうと必死だったな。ミュージシャンや俳優とか……今は冴えない作家崩れのフリーターだ……ごめんな、昔の俺。ごめ……んん!?)


『異世界戦記 碧龍の疾風王』


 そこには、異世界小説のアイデアが綿密に書いてあり、昔周りで流行ったロールプレイングにハマっていて、まだ中二病という言葉が存在していなかった頃に、何かになりたくて、たまたま図書館でよく読んでいたファンタジー作家を目指していたんだなと勲は思い出し、ますます恥ずかしくなったのだが、稲妻の如く、あるアイデアが閃く。


「まてよ、今異世界モノは流行っているよな……!? これうまく使えば……ともかくやってみよう!」


 勲は何かを思い立ったように立ち上がり、荷物をまとめ始める。


 📖📖📖📖


 夕食を終えた勲は、玄関近くにおり、タバコを吸っている。


「兄さん、明日帰るのか?」


 正雄は勲に、行って欲しくないような顔つきで尋ねる。


「あぁ、向こうで暫くは頑張るわ。ここにいてもな、お前さん達に迷惑がかかるだけだからな……」


「そうか……」


 誰が好き好んで、無職の居候を囲いたいのだろうかと勲は思いながら、空を見上げると、見事な満月が空に上がっており、明るい円形が、昴の顔そっくりだなとため息をつく。


「なぁ兄さん、うちの会社なんだが、まだ人を募集してるみたいなんだが……」


「行かねーよ」


 勲は即答する。


(兄弟で同じ会社にいるって事になると、後々面倒な事になる。どちらかが、何か問題でも起こせば悪評が流れるのもそうなんだが、俺はそんなに器用ってわけでもないし、覚えもイマイチだし、使えないって噂があいつの耳に聞こえれば嫌な思いをするだろう。逆も然りだが、多分なさそうだ……派遣でもやって細々と暮らそう……)


「そっか」


 正雄は残念そうに呟き、二本目のタバコに火をつける。


「ん?」


 家の中で何か騒がしい声が聞こえ、何事か、まさか親が倒れたのかと勲は思い、家の中を覗こうとすると、巧が焦燥した顔で出てくる。


「勲! お前の住んでるアパート、全焼しちまったぞ!」


「ええぇ!?」


 勲は嘘だろ、と思いながら家に入り、居間にあるテレビを見ると、確かに住んでいるアパートが全焼と出ており、目の前が真っ暗になり呆然と立ち尽くす。


 📖📖📖📖


 勲が18年余り住んでいるアパート『しらかば荘』が原因不明の出火に見舞われ、中に置いてあった、ほんの僅かな貯金通帳やノートパソコン、置いてあったビックスクーターも当然の事ながら全焼、途方に暮れてしまいながら、暫くテレビの前で佇んでいる。


(どうすりゃいいんだろうな……)


 手持ちのお金は1万円程、使えるネット機器はスマホだけである。


「勲」


 巧は前々から考えていた事を話すつもりだったのか、重々しい口を開く。


「今頃こんなこと言うのはあれなんだが……昨日家族会議をしたんだがな、家に食費を入れてくれれば、お前の部屋があるし、ここに暫くいてもいいんだよ……」


「だが、拓磨達は……だから俺、少しここにいて、金貯まったら別のアパートで暮らすわ。なので少しの間ここにいていいかな?」


「あぁ、良いよ。まずはお前、明日から市役所に行ってここの転居と戸籍謄本を移せ。それと、免許の住所書き換えもだ。仕事探しはそれ終わってから始めろ……」


「あぁ、そうするわ……」


 36歳にもなって、両親と同居するのか、とっくにかみさんを見つけて結婚して子供ができてもおかしくない年齢なのに、俺ときたらお先真っ暗なフリーターなんだなと、勲は深いため息をつく。


「兄さん」


 正雄が部屋の中に入ってきて、スマホを見せる。


「……?」


「うちの会社で期間工が募集している、しかもな、寮付きなんだ。まずはハローワークの求人検索をここで出来るようにして、紹介状をもらってから働こう。ジョブカフェにも行ってから決めよう。兄さん一人だけでは壁にぶち当たる。だから、第三者に見てもらったほうがいい」


「あぁ、そっか……そうするわ、なんか俺疲れたから、寝るわ……」


 勲は色々なことがここ短期間で続いたせいか、心身が疲弊し、フラフラと立ち上がり、自分の部屋へと足を進めていく。


 📖📖📖📖


 薄暗闇の部屋の中、スピーカーからは昔流行ったビジュアル系のバンドの曲が流れ、昔のような、無駄に活力が滾り、精力が盛んだった時期を思い出すが、今はその勢いはとっくの昔に薄れてしまい、カスのような人生を送っているのだなと勲はベッドの上でため息をつく。


(そうだ、仕事は……)


 勲は影山との約束を思い出し、慌ててスマホを見やる。


 スマホの着信画面には、つい先刻にかかってきた影山からの着歴が入っている。


(来月分のやつはもう出してあったな……)


 何事かと、勲は電話をかける。


「はい、影山ですが」


「お疲れ様です、桔梗です。さっきは電話に出れなくてすいません、どんなご用件でしょうか?」


「さっきニュース見たけど、桔梗さんの住んでるアパート燃えたって聞いたけど、大丈夫でしたか?」


「ええ、大丈夫でしたよ、今帰省してるんですよ。原稿ですが、当面は田舎にいるので、FAXがメインのやりとりになるのですが大丈夫でしょうか? それと、給与ですが、貯金通帳も燃えてしまって、恐らく印鑑も燃えてるので、振込先が決まるまで待っていただけないでしょうか?」


「大丈夫ですよ、お大事になさってください。詳しく決まったらまた連絡をお願いします、失礼します」


 影山は勲に労いの言葉をかけ、電話を切った。


(さてどうするか、なんだよなぁ……)


 勲はふと何かを思い出したかのように、小説メモを取り出してページをめくり、スマホの画面メモを開く。


 昔書こうとした小説の内容は、冴えない高校生が異世界に転移して、魔法使いの少女と共にドラゴンに乗り、魔王を倒すという王道の物語なのだが、当時は全くと言っていい程国語は壊滅的で、やっぱり俺こんなの書ねぇや、と途中で投げ出したのである。


(確か、書き出しの部分で挫折したんだな……今は、ひょっとしたらうまく書けるのかもしれない!?)


 今まで培ってきた文筆のスキルを活かし、勲は今までの集大成と言っていい作品を書く事を決めるが、その前に、唯一の収入源である官能小説を仕上げなければと思い、どんなアイデアにするかと思ったが、こうなったら、俺の中学時代の事を事実や登場人物を多少湾曲して書こうと思い、画面メモに文章を書き始める。


 スマホのバイブが鳴り、こんな時に誰だと思い液晶画面を見やると、千春からのLINEが入っている。


『お前んち、燃えちゃったけど大丈夫?』


 やっぱ、ニュースってのはすぐに分かるんだなと勲はため息をつく。


『あぁ、生きてるよ、今実家でお世話になってるんだよ。それと俺、おぼろ化工の契約社員受ける事にしたわ、無理なんだろうが……』


『マジか、決まるといいな』


 どうせ無理なんだろうがな、と思い、再びスマホの画面メモに目を戻した。

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