第19話 妊娠
勲は産婦人科のそばにある小さな公園で、缶コーヒーを飲みながら煙草をふかし、昴の帰りを今か今かと待っている。
(千春は正直別にどうでもいいが、昴が妊娠してなければいいんだが……!)
堕胎する、という選択肢を強く考えてはいるが、仮にもしそれをやってしまった場合彼女自身の心身にかなりの深い傷を負うのではないかと勲は葛藤している。
スマホの着信が入り、その着信には千春から入っている。
『速攻で採用が決まったよ!』
勲は千春からのLINEを何度も見直して、千春にLINEを送る。
『マジか!?』
『あぁ、マジだよ! 履歴書とかみてすぐに来てくれと。ぶっちゃけ、おぼろさんで作ってるやつって似たものを今まで作って来たんだよ、それの経験を買われたんだ!』
『良かったな!』
(これであいつも、普通のサラリーマン人生を歩めるんだな……)
勲は、数年程馬鹿なことをして付き合って来た仲間がいなくなるのが寂しいなと思いながら、ここはにこやかに送り出してやろうと思っている。
「いっちゃーん!」
遠くの方で、自分を呼ぶ声が聞こえ、振り返ると昴が手を振っている。
📖📖📖📖
ヒカリ町にある居酒屋に勲達はおり、千春が仕事が決まった事を祝杯をあげて祝っている。
「いや、あっという間に決まって良かったわ……」
千春はほっとした表情を浮かべて、レモンサワーを口に運んでいる。
「あぁ、お前何気に運があるな」
「日頃の行いがいいんだよ、多分。それよりも……」
「妊娠してるよ私ー!」
昴は産婦人科に行って妊娠が発覚したのに、煙草を吸い、ビールを口に運んでいる。
「お前どうすんだよこれから!? 妊娠してタバコだなんて……!」
勲は日頃の淫売と変わらない生活のツケで妊婦となってしまった昴を見て、普段と変わらない立ち振る舞いをしているのに憤りを感じる。
「どうすりゃいいんだよな、これは……」
「うーん、でもよ、まだ、誰の子だとか決まったわけじゃないべ? DNA検査してもらおうぜ……」
千春はそう言い、煙草を口に加える。
「その手があったなぁ……」
勲は、この歳で子供ができるのは普通のサラリーマンにとっては嬉しいのだろうが、自分は先が見えないフリーターであり、これからどうしたら良いのか全くわからず、取り敢えずは働くのだろうが、正社員になれる確率はかなりの低確率で、昴の子供が自分の子供だったら堕ろそうかという非人道な考えが頭をよぎっているのである。
「てかよ、お前これからどうするん? 正雄のとこの会社は再来週から来てくれって言われてんだろ? アパートとか決めないと駄目じゃん?」
「いやそれなんだがなぁ、向こうさん、家賃補助をしてくれるみたいでなぁ、月に3万円ぐらいならば出してくれるんだよ。二週間待ってくれるっていうし、なのでな、明日戻ったらネットで安いアパートを探すわ」
「ふーん、こりゃあ確かについてるな。神社の御利益だろうなこれは」
「お前はどうすんだ? 小説なんてよりも、仕事探した方がいいんじゃねーか?」
「うーん、筆を折って仕事探すかどうしよっか迷ってんだよなあ……」
「そっかぁー……残念だなそれー」
昴は顔を赤らめてそう言い、ビールを口に運ぶ。
(いやこれは、常日頃から男なら誰でも股を開いてたお前にも原因はあるんだがな……てか俺はきちんとゴムはしてるからな……千春の子供だったらいいんだがなぁ、責任転嫁できるし。でも、子供は欲しいかな……)
勲は、深いため息をつき、煙草を口に加えて火をつける。
📖📖📖📖
常緑樹の葉の間から、木漏れ日の刺しこんでくる暖かな日、勲はただあてもなく、その自然あふれる公園をのんびりと歩いている。
(ここは一体どこなんだろう? 前に見た夢では、裕也が出てきて、あいつは一人で賽の河原へと行ってしまったんだ……今度は一体誰が出てくるんだ?)
先日勲が見た夢では、裕也が出てきて、賽の河原へと行ってしまった夢を見た。
今度は誰が出てきて、永遠に自分の前から消えていくのではないのかと、勲は不安になりながら、公園を歩いている。
勲の目の前に、双子の子連れの夫婦が談笑しながら歩いてくる。
「……!?」
それは、勲そのものであり、隣にいる妻らしき人物は昴である。
📖📖📖📖
雀の鳴き声で、勲は夢の世界から現実へと呼び戻される。
目が覚めるとそれは自分の部屋であり、昨晩相当飲んだせいがあったのか、アルコールの匂いが部屋中に充満している。
(さっきのは夢だったのか……安心したぜ、俺に子供は養えないんだ……どちらの子供でも堕ろそう、そっちの方が俺たちにとってみたらいいんだ……)
ふとスマホを見やると、昴からのラインが入っている。
『おはよういっちゃん。ごめんね、私どうしても子供を産みたいから、いっちゃん達の前から消えることにしました。職業訓練学校に通ってるってのは嘘です、本当は生活困窮〜の制度利用して別のアパートで暮らしてます。教えるつもりはありません。さよなら』
「……!?」
勲は、暫くは何もできずに佇んでいるが、いや、これは何かの間違いだと思い、LINEを操作して、ブロックされてるかどうか調べると、ブロックされており、グループトークもすでに退会されていた後である。
(これは何かの間違い、だよな……?)
雀の鳴き声が、いつまでも勲の耳に響き渡っていた。
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