第18話 朝チュン
木漏れ日の下、森林豊かな公園は、今までテレビやネットでは見たことがない、国内かそれとも国外かよく分からず、ただ言えることは自分がテレビのコマーシャルに出てくる大きな樹の幹の根元のところで腰掛けているのだなと勲は気がつき、何故か、誰かがここに来るような気配を感じている。
勲の目の前には、アマゾンの奥地にしか生息しない、国内ではまずお目にかかることがないであろう極彩色の羽と大きな嘴を持つ鳥の群れが飛び交っていき、テレビのチャンネルで日曜の夜にやっている、自然や街頭の番組を見て、こんな所に一度行ってみたいなという欲求が叶った具合であり、都内の喧騒から離れられてホッとしている。
(いや、ここは何処なんだろうか? 確か俺は、千春達とヒカリ町に遊びに行って、ダーツバーで遊んで、……やべえ、そっから記憶がねぇ!)
千尋と殴り合いの喧嘩をした後に、「なんとかなるだろ?」と、まだ40歳に差し掛かっておらず仕事はあるだろうと根拠のない持論を勲は述べて、不思議に彼等は納得し、ダーツバーに遊びに行き、その後の記憶がない。
昴は妊娠が出来ない身体で、もうとっくに子供は諦めているのか、何度も体を求めてきたのだが、俺たちのような先が真っ暗な中年よりも、転職先で若いいい男を見つけろと突っぱねたが、それでも昴は淫靡な視線を彼等に送ってきた。
勲は、有名な日本人ラッパーのPVのように、朝起きたらベッドの上にいて、裸になっており隣に裸の女がいたという、俗に言う朝チュンという現象になってないかどうか酷い不安に駆られる。
(子供ができるとか出来ないとかそんな問題じゃねぇ、まぁそりゃ、できないよりもできるのは幸せなんだが、俺や千春のようなろくでなしと一緒にいてもあいつはドンドン堕ちていくだけ、日の当たる道を歩んだ方がいい……! また何かしてきたら、あいつの前から俺は消えよう……)
既成事実は無いとして、面倒くさい女性関係はもう懲り懲りかなと思い、家に帰ったら家賃が安い町にでも引っ越そうかなと勲は本気で思い、煙草を口に加えようとするが、ポケットを見ても入っていない。
「やろっか、煙草」
「あ、あぁ、ありが……え!? 裕也!?」
勲の隣には、裕也が根元に腰掛けて、うまそうに煙草を吸っている。
「お前、死んだんじゃ……?」
「迷ったのさ、でもこれから行くんだ、あの世にな……」
裕也は立ち上がり、目の前にある、森林から切り立った一本道をゆっくりと歩き出す。
「おい裕也! 英美里は……お前の子供の、裕太には会ったのか……!?」
「……まぁ、いつかは会いに行くさ、いつか、な。英美里達を支えてやってくれよ……またな」
「裕也! おい! 裕也……!」
道の先には、遠目なのだが、賽の河原のような、石が積まれている河原が勲の視界には飛び込んで見える。
(親よりも先に死ぬ子供は親不孝、魂が行き着く際は賽の河原、永久にそのまま……!? そんな、癌とかって不可抗力じゃねぇか……! んなよ、タバコぐらいだって誰でも試すし、喧嘩だって、返り討ちにしただけなのによ、何であんないい奴があんな所に……! やめろ、行くな……! ダメだ、畜生、体が動かない……!)
裕也は道を抜けて、賽の河原へと足を進め、地べたに腰掛けて、河原の石を積み始める。
「裕也ー!」
勲の呼ぶ声に、裕也は気がつき、右手を高々と挙げた。
📖📖📖📖
「……ちゃん、いっちゃん、起きてよ、ねぇ……」
昴が体を揺さぶり、勲は目が覚める。
「あれは、夢だったのか……?」
「ひどい汗、シャワー浴びなね」
体から流れ出る脂汗に気がつき、ベトベトの身体で気分が悪くなりそうになり、勲は立ち上がるが、あることに気がつく。
布団の上には、全裸の昴と前の晩に激しい運動をしたのか豪快な高鼾をかいて気持ちよさそうに寝ている千春がおり、自分も裸であり、空になったビールの缶が数本と、コンドームとティッシュがあちこちに散乱しているのである。
「いや、何だこれは!?」
「うーん、あのねぇ、バー行った帰りにさ、泥酔しちゃってさ、ここで一緒に泊まろっかって話になって。もともとこの部屋ってちーちゃんと私が取ってたの。でもね、金を余分に払っていっちゃんが泊まりたいって言ったから、泊まってさ。それでさ、勢いでやっちゃったのよねぇ!」
「馬鹿野郎!」
夢の中で危惧した朝チュンになってるのに、勲は愕然として立ち尽くす。
「でもちゃんとゴムしてるよ! 私確認してたもん! 平気よ!」
昴はムキになって言い返す。
「……そうだ!」
勲は何かに気が付いたかのようにして、セックスをして恍惚とした寝顔をしている千春の体を揺らす。
「おい、起きろ! お前今日面接だろ!?」
「ううん……寝かせてくれよ、昨日5回ぐらいやったから眠いんだよ……」
(5回もやるだなんて、そんな体力あるのならば、他にも企業に書類でも送れよ……)
「お前このままだったらニート確定路線だぞ!?」
「はっ、そうだ、ヤベエ! 今何時だ!?」
千春はスマホを探して見つけて手に取り、やばいという表情を浮かべる。
「やべぇ、後三十分しかねぇ!」
「急げ! チェックアウトは俺らが立て替えておいてやるから!」
「スーツ着て行かなきゃダメだ! 畜生、マッパで寝ちまった! えーとパンツは……あった」
「それは私のパンティよ」
昴は年がら年中勲達と性行為に耽っているのにも関わらず羞恥心は人並みにあるようであり、恥ずかしい顔で陰部を隠して千春が手に持っている、愛液が染み付いているパンティを取り上げてそそくさとはく。
「ヤベエ、まだ酔いが残ってるのか俺は……!」
「お前すごい酒臭ぇーぞ! しかも目には昨日の青痣が出来てるし……」
「マジか、リアルにやべぇ!」
千春は泣きそうになりながら、散乱している服をかき集めて急いで着、その様子を見ている勲達は、何が何でも前の晩は大人しく帰って寝かせてあげればよかったんじゃなかったんだろうかと後悔をした。
📖📖📖📖
千春は何とか面接に間に合い、『おぼろ化工』の人事と話している間、昴と勲は今後どうするか悩ましげな表情を浮かべながら、ヒカリ町の産婦人科の前にいる。
「ねぇ、ここに来ちゃったけど、どうしよっか……」
「行くしか無いだろ? やっぱ……お前保険証は持ってきてるのか?」
「うん……念のために持って来たけどさ、なんかさ……」
昴は多分妊娠は大丈夫だろうとタカを括っているのだが、それでももしかしたら子供ができているのでは無いかと思い、受診するべきなのか迷っている。
「とりあえず行ってこい。誤解されちゃうとあれだから俺は外で待ってるから」
「うん……」
勲は妊娠が嘘であってくれ、俺か千春では子育ては無理だと、もし最悪のケースになってしまった場合は堕胎すべきなのかと複雑な表情を浮かべながら産婦人科に入っていく昴の後ろ姿を見ている。
ふと目を街の通りの方へと向けると、自分と同じぐらいの年齢の親子連れを見て、あぁ、俺も普通に企業に入ってたらば、それなりに普通の安定した暮らしをしていて、家族が出来てたんだろうなと勲はため息をつく。
「勲」
後ろから自分を呼ぶ声が聞こえ、勲は後ろを振り返ると、スーツケースを持った英美里と裕太がいる。
「あれっ? お前らもう戻るんだ」
「うん、店を一週間も閉めちゃったからねぇ。この子の学校もあるし……何ねぇ、さっきの若い子ってさあ、あんたのこれなの?」
英美里は世話話が好きなおばさんのように、小指を立てて、いやらしい顔つきをして勲に尋ねる。
「いやそんなんじゃねーよ、知り合い的な感じだよ……」
「ふーん、でも、知り合いにしては産婦人科に一緒に行くのねぇ……」
「いや本当になんでもねーし」
勲は煙草を口に加えて火をつける。
「とりあえずねえ、私これから戻るからさ、名刺渡したじゃない? 店のFacebookアカウントと私のアカウントあるからさ、何かあったら電話してね。暇だったらまた飲みましょう」
「あ、あぁ……」
気のせいか、英美里の顔が、勲にはテレビに出ている某実業家のようにエネルギッシュで輝いて見えた。
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