第17話 疑惑

 英美里と勲はお互いの連絡先を交換し、裕太には裕也との一件を話すのはやめようと話し合って決め、英美里は都内にある家に戻って行った。


 日曜日の午後、勲はニートという身分を不本意ながら活かして、短期間の居候を決め込んで家でゴロゴロしていると、LINEに着信があるのに気がつく。


『昴と一緒に、ヒカリ町さんのホテルに泊まりに来てるんだが、暇だったら会わないか? 明日の事もあるし。酒は流石に飲まないが…なにせな、俺ここに2日間ぐらいいるつもりだからな』


 勲は千春からのLINEを見て、そういえば明日、会社の人事と会うんだったな、昴が来ているのかと知り、いいぞと返信を返す。


『今から来れないか? 喫茶店でコーヒーでも飲もうや』


『あぁ、いいぞ、今から家出るわ。ヒカリ駅で待ち合わせな』


『おけ』


 またLINEの着信があり、メッセージを見ると昴からである。


『いっちゃん! 起きてる!?』


『あぁ、起きてるぞ、てかもう二時だろ?』


 今の時刻は14時半であり、夜勤仕事に従事している者以外は幾ら寝坊癖がある人間でも流石に起きて何かしらの活動をしている時間帯である。


『私もいっちゃんの地元に行くから、ねぇ、千春と3Pしよー(^^)』


 勲は昴のしょうもないLINEを見て深いため息をつく。


『馬鹿野郎! 働けよ!』


(何でこいつ暇人なんだろうなぁ……普通、30歳超えてるならばまともに働いている年齢なんだがなぁ。いや、昔はそうだったんだろうが、今は変わってるからなあ。でも、32歳にもなってニートってのは問題だな……)


 窓の外には、鳩が飛んでおり、自分もあんな自由になれたら最高なんだがなと、精神病患者の一歩手前のような心境に襲われてるな、これはやばいぞと勲は思い、立ち上がり、頭をポリポリとかいて部屋を出る。


 📖📖📖📖


 家の外は陽が照っており、まだ真夏の8月までは一月近くもあるのだが、気温は30度を超え、かるく立ちくらみをしながら勲はヒカリ駅に足を進める。


 アスファルトの道路は既に陽炎ができており、遠くにあるアパートや建物の風景が朧げに揺れているのを見て、温暖化現象ってやつはもう末期的なんだな、産業革命で起きた資本主義とか、技術革新をやるための思想ってやつは考えものだなと勲は地球環境の今後を憂いながら、駅につくと、カーキのポロシャツとスリムフィットジーンズを履いた千春と、花柄のワンピースを着た昴が煙草やペットボトルの水を片手に勲が到着するのを待っている。


「あーいっちゃん! なんか、焼けたねぇ!」


 昴は仕事用の、某大陸系の大手サプライズチェーン店で販売されている、安い香水をつけており、その匂いが鼻腔につくと、まるで懐かしい、まだ続いているのだが、30代の青春を謳歌している今を勲は感じる。


「お前てか、働けよ! まさかお前、変な店とかで働いてねーよな!?」


「ううん、つい先日ねえ、パソコンの職業訓練校の試験を受けにいってきたのよ。ITなんとかってやつ。月に8万ぐらいね、三ヶ月間支給されるみたいだからねぇ、ここにしたのよ」


「あぁ、ハロートレーニングか。ならば真面目に通って仕事を探すんだな、早々に」


「うん」


「てかよ、暑くねお前ら……」


 千春はさっきから暑そうに、ペットボトルの水を口に運んでいる。


「コーヒーでも飲むべ」


 勲は、『ドトーバックス』と書いてある看板の喫茶店を指差す。


 店内に入ると、冷房がマックスの温度でかけられておりギンギンに冷えている店内が彼等を待ち構えており、外の暑さで熱中症の一歩手前までに疲弊していた彼等は癒されて、白のシャツと緑のエプロンをした、鼈甲柄のフレームをかけた30代前半ぐらいの

 チーフのような立場の雰囲気を醸し出している男性の店員に席を案内されて椅子に座る。


「何飲もっかなぁ。てか、この街都内よりも小さくね? 田舎だから当然だろうけど……こんな街に、こんな小洒落たコーヒーショップがあっただなんてなぁ」


「てかお前店潰れちゃったけど、今後は大丈夫なのかよ? 住む家とか。相当苦労して出した店だったみたいだったが……」


 勲は落ち込んでいるそぶりを見せていない昴を見て、心配して損した、だがこいつは、明るく立ち振る舞ってても影で泣いているのを何度か見てるから、本当は繊細な奴でかなり心にダメージを負っているのに違いないと思っている。


 昴は実は親がおらず都内の施設で育った為田舎は無く、メイド喫茶で働きながら定時制高校を出て、スナックで働きノウハウを積んで、デリヘルで体を売って何度か性病を羅患しながらも金を稼ぎ、店をオープンしたのである。


「いやね、大家さんには3ヶ月分の家賃は渡してあるけどさ、単発のバイト入れまくって稼いだ金なんだけどね。それ過ぎたらアパートはもう住めないし、内緒でバイトしながらお金貯めて今の部屋引き続き借りようかと思って……」


 多分うまくいかずに、また風俗嬢に逆戻りで、熟女専門のピンサロに堕ちていく気がするなと勲は思い、立ち上がり、レジで店員に、ラージサイズのクリームソーダをオーダーする。


 千春はラージサイズのコーヒーを、昴はラージサイズのカフェオレをオーダーして席に座り、タバコに火を付ける。


「それとねぇ、実は私、生理が二週間近く来てないんだ……」


 昴の言葉に、勲と千春は思わず口に含んだ飲料をぶっと吐き出す。


「汚いわねぇ!」


「それよぉ、妊娠してるって証拠なんじゃねぇか!?」


「今すぐ産婦人科に行ったほうがいいぞ!」


 勲と千春は、日頃からよく昴と3Pをやっており、それに昴は客商売で、客相手に本当は禁じられている売春行為をしており、誰の子なんだと酷く焦燥した表情を浮かべて昴の顔を見やる。


「んな、平気よお! だって私ねぇ、医者から子供を作るのは体質的にできないだろうって言われてるからねぇ! どうせ食べ過ぎかなんかよ!」


「んな、食べ過ぎで生理が止まることなんて、あるか! ちゃんと病院に行ってこい!」


 勲はきちんとコンドームをつけており、妊娠させるリスクは少ないのだろうが、千春はどうか分からず、それに、他の客は避妊してるかどうかは不明であり、ここで子供ができる心配はないと言っても間違いは起きてしまう事は世の中には山程ある為に酷く不安に襲われる。


「えー、わかったわょお! 行くよ!」


 昴はそう言ってコーヒーをぐいっと飲み干した。


 📖📖📖📖


 ビジネスホテル『ヒカリ宿』は、ヒカリ駅のすぐ側にあり、千春は明日の面接に備えて一泊2日で宿をとったのである。


 彼等は喫茶店で2時間ほど時間を潰した後に『ヒカリ宿』に来て、昴との件と、ただ余りに余った時間をどうやって潰すかと考えているのである。


「ねえっ……」


 静寂をかき消すかのように、昴は口を開く。


「エッチってノリじゃない?」


「当たり前だろ! 子供ができてるかもしれないってったって……!」


 勲は卑猥な笑みを浮かべてる昴にそう怒鳴り散らし、苛立ちを無理やりにかき消そうとしてタバコを口に加える。


「言っとくけどな、俺はきちんとゴムはつけてるからな!」


「いや俺もだよ! 当たり前だろ!?」


 千春はムキになって勲に言い返す。


「お前生でやってたんじゃねぇか!?」


「何だとテメェ!」


 勲は千春の心ない発言に心のタガが外れ、衝動的に千春の顔面を殴り飛ばし、千春は勲の腹に蹴りを入れる。


「やめてよ! 分かったよ、病院に行くからさぁ……ねぇ、でも多分私できないよ、子供」


 昴は目に涙を溜めて彼等を止める。


「はぁ!? 何でだよ?」


「昔私さ、中絶を二回ぐらいしてさ、お医者さんに子宮がズタズタだからもう子供は作れないって言われちゃったんだよ……」


「……」


「でもさ、いっちゃんでも千春でもさ、どっちかの子供は欲しかったよ、可愛いじゃない? 欲しかったけど出来ないのよ……」


 昴は昔の、医者の残酷な宣告という辛い思い出も思い出したのか、めそめそと泣き始める。


「兎も角、お前俺の面接が終わったら家に戻って産婦人科に行け!どうなるかまだ分からないだろ? 俺らそんなにな、やわじゃないからな!」


 千春はそう言い、鼻血を備え付けのティッシュで拭う。


「あぁ、千春の言う通り、生活なんとかとかジョブカフェとかそんな国の制度利用すりゃ何とかなりそうだからな……取り敢えずはな、明日なんだよな問題は……」


「あぁ、そうなんだよな……」


 勲は腹を押さえながらよろよろと立ち上がり、火事になったらまずいなと、床に落ちたタバコを灰皿に置く。

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