第13話 忘形見

 勲がヒカリ町に帰郷し、英美里と再会し、千春に『おぼろ化工』を教え、一週間が経とうとしており、今日、土曜日の午後14時に同窓会が隣町のホテルの一室で行われる。


「おじさん、強いね!」


 同窓会までまだ時間がある為、勲は拓磨と、エクササイズのソフトがある最新式のテレビゲームに興じている。


 たかがゲーム、されとゲーム、拓磨のアグレッシブな動きに負けじと結構動いた為に、勲の体からは汗が滴り落ちている。


「あぁ、友達とよくやっているからな」


 勲の一人暮らしをしているアパートに拓磨が持っているのと同じテレビゲームがあり、昴や千春と集まって酒を飲む時によく遊んでいるのである。


「おじさんの友達と会ってみたいな!」


 拓磨は、大人の世界に憧れているのか、今まで会ったことが無かった勲の事を知りたがっており、成人すれば、煌びやかに見えた大人の世界は単なる幻想である事に気づくのが10数年後、何も知らないまま無垢な表情で、自分が今まで知らなかった世界を垣間見せてくれとばかりに目をキラキラと輝かせている。


「ええ? いや、あいつらは忙しいからなぁ……」


(昴に拓磨を紹介したら、エロ漫画のような事をやってしまうんだろうなぁ、多分……)


 勲の脳裏には、ネットの広告に載っている成人向けの漫画よろしく、拓磨に卑猥な行為を行う昴の姿が浮かび、あいつは男ならば誰でもいいだろうし、ネットによく出ている、大人の女が子供を犯すようなタブーを平気でやるんだろうなとため息をつく。


「兄さん」


 後ろから正雄が来て、勲はゲームをやる手を止める。


「兄さんが紹介したいって言っていた海老塚さんなんだが、うちの採用担当の人がこの人の履歴書を見たら、是非面接を受けに来てくれと言ってた」


 千春は、勲から情報を知り、たった1時間でパソコンを使ってサイトのフォーマットをダウンロードして履歴書と職務経歴書を作成して、FAXで家に送ったのである。


 短時間で書類をまとめ上げる根性と、学生時代の努力の賜物である輝かしい学歴と10個に及ぶ国家資格の数に正雄は息を飲んだのを勲は隣で見ていた。


「ほぅ……いつ面接するんだ?」


「来週の月曜日にでも面接をしたいと。人手が本当に足りなくて困ってすぐにでも欲しいんだよ」


「分かった、今から伝えるわ」


 勲はスマホを取り出して、千春へとLINEを送る。


『おはよ。おぼろ化工さんの件なんだが、来週の金曜日に面接がしたいと。こっちに来れないか?』


 他に昴からメッセージが入っているのに勲は気がつき、メッセージを開く。


『おはよ。いつ帰ってくるの? 体がうずいちゃってさ、仕事あんま手がつかなくてさぁ、所謂暇だよぉ〜(^^)』


『いや仕事は真面目にやっとけよ! バイブでオナニーでもしとけよ!』


 勲は昴のLINEを見て、32才になるのに結婚をせずに、いつ潰れてもおかしくはないであろう場末のスナックを経営しているのに、男ならば誰でも股を開く色に狂ったただの牝だなと蔑んでるのだが、こんな俺でも、待ってくれてる人はいるんだなとふふふと笑い、時計を見やる。


「あ、もうこんな時間だ、そろそろ行くわ。拓磨、ゲームはお預けな」


「うん、分かった」


 勲は帽子を被り、拓磨の頭をくしゃくしゃに撫でて居間を後にする。


 📖📖📖📖


 真夏の暑さは加速度を増しており、最高気温が38度に差し掛かっている外、勲は何故か、自分はこれから何かをされるのではないかという妙な寒気を感じており、気を紛らわす為にタバコに火をつける。


 同窓会をやる建物は、隣町のキボウ町にある『アクティブホテル』という名前のホテルの一室にある部屋であり、Tシャツにショーツという、かなりラフな格好ではなく、たまに週間文超の本社に挨拶に行くような、ポロシャツにチノパン、レザーシューズというフォーマルな格好の方がよかったのではないかなと少し後悔をしながら電車に乗る。


 車内は、土日ということもあるのか暇を持て余した学生やサラリーマンらしき男女がおり、勲は何故か、落ち着いた気持ちになる。


(俺が普通に会社に勤めてれば、普通に土日が休みで、休みはブラブラと何処かへと出かけていたんだろうなあ、でもこの年齢で会社勤めはもうないだろうからなぁ、終わってんな、俺……)


 厚生労働省の就労施策では、就職氷河期世代向けの支援プログラムはあるのだが、それは、大卒向けだとか、長期のフリーターではダメだとかネットの匿名掲示板のスレッドには否定的な意見が書いてあり、仮に今からハロートレーニングなどの職業訓練を受けて資格を取ったとしても、職歴が壊滅的に悪く大したスキルがない自分が会社に入るのには絶望的で、同じフリーターになるんだろうなと勲の中では勝手に否定的なバイアスがかかり、ネガティブな自己判断をしているのである。


 勲は、同窓会といっても、俺昔周りから距離を置かれていたりしたから友達なんざ裕也ぐらいしかいなかったからな、でもまぁ、ノスタルジックな思い出に浸るのも悪くはないなと懐かしい気持ちに襲われながら車内の椅子に座り、MDウォークマンのイヤフォンを耳に入れて再生ボタンを入れる。


 20年近く前に周りで流行った、二人組のバンドで、目の前にある壁を乗り越えるための応援歌という評価のある反面、自分探しの歌と揶揄される曲を聴き、スマホを操作する。


 千春からのラインが入っており、トークルームを開くと、勲が日時を指定したトークを送った後に、アニメキャラのスタンプで、了解と返信があり、いい年齢の大人が、低俗と言われてる漫画やアニメにハマるお陰で、日本の民度が下がってるんだな、少なくとも俺が20歳の頃は周りはもっとしっかりした大人がいたんだがなと勲は典型的なオタクの千春に何も言えないのか、深いため息をつく。


(なんだ、昴からも入ってる、何だろこれ?)


 昴からのLINEを開くと、髪を黒く染め直した昴の顔写真が写っており、その下のトークを見て、勲は思わず目を疑う。


『おはよ。実は昨日を持ちまして、自己破産をいたしました(^^)なので、店じまいで〜す!』


「!? え!?」


 勲は昴のトークに、思わず驚きを隠せずに大きな声を出してしまい、訝しがる乗客の表情に気が付き、慌てて口を塞ぐ。


『おい、それマジかよ……? 何も俺知らなかったぞ!』


 勲が送ったトークはすぐに既読になり、この女よほど暇なんだなと思いながら、返信を待つと、すぐに返信が来た。


『お客さんがあまりにも入ってこなくてねぇ、実は結構借金があったんだよね。もう限界でさ、辞めたんだ……』


『とりあえず、落ち着いたら仕事探せ! 職業訓練を受けて事務とかの資格取ってから派遣にでも潜り込め! 同一労働同一賃金が来年からやるから、多少なりとも有利に働くかもしれん!』


 勲は、長年の付き合いで昴がかなり落ち込んでるんだなと分かり、年齢もまだ自分よりも若く、転職限界の年齢にはなってないので、自分なりのアドバイスを送る。


『私頭そんなよくないよ〜事務とかなんか絶対に無理だからさぁ、夜の仕事でもやろっかなー、熟女専門のデリヘルとかあるしー』


『馬鹿野郎! そんなんじゃダメだろ! 取り敢えず、ハロワに行って就労相談をしてこい! ジョブカフェも利用しろ! 生活困窮者自立支援制度も!国でやってる施策は利用しまくれ!』


『うーん、分かったよ、来週にでも行ってくるよぉ〜』


 恐ろしく、どうしょうもない女だなと勲は思いながら、実家にいる間に市役所やハローワークやネットで調べた情報で、ブックマークしてある就職支援関係の特集されているサイトを開いて、昴のLINEトークルームに共有をする。


『これ見て参考にしろ!』


『うん分かった、じゃあね!』


「キボウ〜キボウ〜」


 やや滑舌の悪い車掌のアナウンスが耳に入り、勲は立ち上がり、LINEを閉じてスマホをズボンのポケットに入れた。


 📖📖📖📖


 『アクティブホテル』は、キボウ駅のすぐそばにある一等地であり、つい最近都市開発で出来た。


 勲はホテルに入ると、広く綺麗な室内で結婚式場のような錯覚に陥る。


(同窓会の会場は、2階だったな……)


 エレベーターに乗り、俺こんな格好で場違いだったかなと思いながらもボタンを押して階へと上がり、ドアが開くと、そこにはただ広い部屋があり、そこにはぽつんと、英美里と、英美里よりも少し背が高い男の子が椅子に座っている。


「……!? なぁ、英美里! 他のみんなはどうしたんだ!?」


「みんなは来ないわ、あなたを呼び寄せるために、私がついた嘘よ……」


 英美里はクスリと笑い、男の子の手を握り、勲の前に来る。


「……裕也!?」


 20歳を少しほど超えているであろう肌艶の男の子は、かつて青春の日々を一緒に謳歌した莫逆の友、駒田裕也の生写しである。


「裕也と、私の子よ……」


「!?」


 裕也の忘形見の男の子の、何が何だかわからない、少し動揺気味の様子をよそに、勲の脳裏に、昔の事が目まぐるしく蘇ってきた。

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