第12話 夢
夏休みが終わり、新学期を迎えたある日の事、それは唐突にやってきた。
昼休み、勲達は誰も来ない事をいい事に、裕也と共に体育館裏でタバコを吸っている。
学校の体育館裏は不良学生が集まる、青春の神格化された場所なのだが、勲と裕也は腕っ節が強く、喧嘩では負け知らずで葉隠中学の番長的な存在であり、喧嘩の勝敗が全てだという思春期独特のカーストピラミッドの頂点に君臨している為、誰も恐れをなして英美里以外近寄っては来ないのである。
「あーあ、後半年せずに卒業かあ……部活は引退したし、受験勉強かったりーなぁー……!」
勲と裕也は、来年の3月に待ち構えている受験を前にして、ろくに勉強をせずに、内申点はこの学区の1番低い偏差値の高校に届くぐらいだという体たらくの自分の身を呪い、勝ち組に回れるワンチャンスにかけて大学附属の私立校に行くかどうかという話が家族の間で出て、面倒な勉強なんざもうしたくないわ、と思っている。
「ゲホッ、ゲホッ……」
「お前煙草の吸いすぎなんじゃねぇ?」
勲は、夏休みからたまに咳をしている裕也を見て、肺炎ではないのかと一抹の不安を感じる。
「いや、肺を診てもらったが、何でもないと。単なる夏風邪だろうと薬は貰ったよ、一昨日」
「ふーん、何でもないといいけどなぁ!」
「それよかな、高校に行けば彼女できっかなあ!?」
裕也の悩みに、勲は煙草を地面に落とす。
「いやそうだよな! それは大事だべ!」
勲は高校生といえば、今流行しているヤンキー漫画のように、喧嘩をしてバイクを乗り回して、恋愛とアルバイトに精を出して仲間と共に青春の日々を謳歌するという、思春期独特の幻想を抱いているのである。
だが、無情な事に彼等は喧嘩が強すぎることが災いしており、顔やルックスは悪くないのだが、レイプされるだとか援助交際を強要されるだとか女子の間ではそんな噂が流れ、女の子にモテるという黄金比のサッカー部に3年間在籍していたのにも関わらず、誰も近寄ってくる女子はおらず、二人とも今まで彼女がいないのである。
ただ一人、英美里を除いては。
「なぁ、英美里、俺とお前どっちが好きなんだろうな?」
「はぁ?」
裕也の突拍子もない発言に、勲は思わず吹き出してしまう。
「俺らさ、あいつに嫌われてるのかなぁ? ほら、ナンパしてきたバカいたべ? 俺らのことを見てビビって逃げたけど、あれから嫌われてるかどうか心配なんだよなぁ……」
二週間前、彼等はヒカリ海岸で海水浴をしていた時に、隣町の中学生が高校生らしき年齢の男達に英美里はナンパされたのだが、悪事千里を走るという諺の如く、勲と裕也の悪名は隣町にも知れ渡っており、思い切り睨みつけたら恐れをなして逃げて行ったのである。
「んなよ、あいつは可愛いけどさ! 嫌いだったら俺達に近寄ってはこないだろ!?」
思春期独特の恋愛の悩みを、勲は全く恋愛経験がないのにも関わらず、あっけらかんと笑い飛ばす。
「んー、まぁ、そうだろーがさ……」
「お前まさかあいつに惚れちまってるのかよ!?」
「馬鹿! ねーよ! 仲の良い友人だよ、単なるよ!」
昼休憩終了5分前のチャイムが聞こえ、彼等は慌てて消臭剤を体に振り撒き、煙草の臭い消しの為のガムを噛んで、この場所を後にした。
📖📖📖📖
スマホのLINEの着信を知らせるバイブの音で、勲は目が覚める。
(あれは夢だったか……)
夢の中、勲と裕也は体育館裏で煙草を吸い、英美里に嫌われたのではないかと裕也が言って、こいつ本当は惚れていたんじゃなかったのかと勲は当時を思い返す。
(今更、あいつが惚れていたかどうかを確かめる術なんざ存在しねーだろーな、多分……真実は墓場の中ってわけか……てか、さっきのLINEは一体誰なんだろうかな?)
勲は写真立ての中に写っている裕也の顔を人差し指でピンと弾き、スマホを見やる。
LINEのメッセージには、千春からである。
『お前の実家に行って弟さんと話をしたいんだが良いかなあ?』
(あぁ、おぼろ化工さんの事か……)
寝る前に、勲は正雄と、千春のことを話しており、近いうちに会社の人事と話をして、書類選考をしようという流れになっており、それを千春に伝え忘れていた。
『一応書類選考から始めるって言っていたから、履歴書や職務経歴書を用意しておけ。明日詳しく話聞いてみるから、なるべく早いうちに用意しておけよ』
『うん、分かった^_^』
昴からメッセージが入り、何だろう、と千春のLINEを一旦やめて昴のトークルームを開く。
「!?」
そこには、髪と陰毛をピンク色に染めた昴の裸の写真と、千春の裸の写真が写っている。
『おいなんだよこりゃあ!』
慌てて、勲は昴にLINEを送る。
『私今ね、千春とやってるのよ! こっち戻ってきたら3Pやろーよ!』
『しねぇよ、馬鹿!』
何で俺の周りには、こんなろくでもない人間ばかりなんだろうなと勲は深いため息をついて、再び布団に潜る。
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