第11話 就職氷河期世代

 普段の暮らしの時とは違う、きちんとした手料理でお袋の味なのだが、勲は先程のキスの件でそんなに食欲は無く、少し食べただけで自分の部屋へと戻り、スマホで生活困窮者自立支援制度を調べる。


(ふむふむ……あぁ、一応仕事は探すのは手伝ってくれんだな、ならば取り敢えずはひとまず安心ってところだな……ジョブカフェよりも役に立ちそうだなこれは……)


 勲は厚生労働省のホームページに記載されている生活困窮者自立支援の情報を見て、今後どうするか、実家に寄生しようにもできないから、住宅確保給付金を暫く貰って今のアパートで暮らすかと、あてもない未来を思案しているのである。


 LINEの着信があり、勲はホームページから離れてLINEを見やると、昴からのメッセージが入っている。


『暇だよぉ〜同窓会終わったら店に来てぇ〜!』


(いや暇だったら小説の一つや二つでも書けや……)


 勲は昴の、小説家になるというメリットとデメリットがいまいち理解できていないのだが、あわよくば一発当てて、小さなスナックを経営している冴えない自分自身が世間にスポットが当たればいいやという不真面目な気持ちを薄々感づいており、自分は一応プロ作家なので、軽く説教でもしてやろうかという気持ちになり、LINEでビデオ電話を繋ぐ。


「もしも……うおっ!?」


「もすぃもすぃ〜どうしたのそんな顔しちゃってさぁ!」


「どうしたもこうしたも、あるか!」


 電話の向こうにいる昴は、髪の毛をド派手なピンク色に染めており、思わず、父親が年頃の娘を叱るような口調で勲は電話口で怒鳴る。


「お前は何がしたいんだ! そんな風に染めやがって! 秋葉にいるレイヤーか! お前は! もう32歳だろ!? 20代のキャピキャピした子じゃないんだから年をわきまえろ!」


(こいつには、黒髪が似合うんだけどなぁ……年齢がもうおばさんなんだがなぁ……)


 勲は、昴の顔が年々劣化しており、シミが出来あり、ほうれい線が出てきて、それを隠すために客商売用の化粧が年々濃くなっていっているのを知っているのである。


「えーいっくん怖い〜イメチェンだよぉ〜店のお客さんがさぁ、ピンク色の方が可愛いなって言っててさー!」


「はぁ……もう何も言えへんわ……」


(それは、からかわれているんだよ……)


「あそこの毛も染めたんだよね、ねぇ、見せてあげるよ」


 昴はスマホを下に向けて、部屋着を着ているのか、グレーのスウェットのズボンを下ろそうとしている。


「馬鹿こけ! いらんわ! てか、お前執筆活動はどうしたんだよ!?」


「えー、いろいろ書いてるわよぉ〜秘密だよぉ〜。てか、一体いつまでそっちにいるのよ? 仕事が見つけないとやばいんじゃない?」


「うーん、まぁそりゃそうなんだがなぁ、俺は俺で何とかやるから、それよかお前は髪の毛を何とかせい! 千春はどうなってんだ!?」


(あいつは、仕事は決まったんだろうか……?)


「あぁ、ちーちゃんねぇ、なんかね、仕事探してるんだけどね、なかなか上手くいってないんですって。あの人かなりいい大学出てて、資格は多く持ってるんだけどさぁ、職歴がね、なにせ派遣とか契約社員とかバイトばっかでさあ、正社員経験無くて書類選考ではねられるんですって。ジョブカフェか生活困窮何とかって制度利用しようか迷ってるみたいね……」


「生活困窮者自立支援制度か、それ?」


「うん、まさにそれよ! 知ってんの?」


「あぁ、それ利用しようと思っててな。向こうに戻ったら早速市役所に行ってから決めるわ、家賃も少し出してくれるみたいだし。単発のバイト入れて、正社員の仕事決まるまで頑張るわ」


 あの千春でさえ、仕事を探すのに苦労しているんだな、就職氷河期世代の人間は、普通の会社員とは外れてしまったレールを仕方なく歩んでて、その先はワーキングプアで生活が破綻して生活保護を受けるかホームレスになるか、やけを起こして犯罪者になって刑務所に行くかなんだ、だが、どこかにそれは、その先には明るい未来はあるはずだと、勲は限りなくゼロに近い希望にすがってどこが悪いんだと思っている。


「それなんだけどねぇ、就職氷河期世代の人対象にした求人が増えているんですって。倍率は超高いらしいんだけど。千春はそれ応募するみたいよ。いっちゃんもそれ申し込んでみたら?」


「うーん、そうしたほうがいいのかな、でも、俺は高卒だし、まず無理だろうが、千春ならばチャンスはあるんじゃないかな? とりあえず俺は生活困窮者の制度を利用してみるわ、月収15万貰えれば上等だからな……なので、当面お前の店には行けないわ、俺失業保険とか貰えないからな、当然なんだがな……」


「うーんそっかぁ、ならばハロートレーニングは?お金出して貰いながら資格の勉強を教えてくれるのよ。ビルメンとかなんかいいんじゃないの? 仕事は激楽だそうよ」


「うーん、ビルメンなぁ……でもあれってさ、調べたら、2年ぐらい学校に通うんだろ? 小説の賞に間に合わないから、今んところは仕事決まんなかったらそこに行くわ」


「そっか……ますます、小説を書くしかなくなったわね……執筆活動は進んでるの?」


「うーんそれがまだなんだよなあ、どんなジャンルにするか迷ってるんだよねー」


「まぁ、ゆっくり決めなね、ごめんねそろそろ店あるから切るね、またね」


 昴は画面いっぱいにキスをして、電話を切った。


(いや、キモいんだがなぁ……うーん、まじでアイデアはどうすればいいんだろうかなぁ……)


 勲はため息をつき、タバコが無性に吸いたくなり、部屋を出て外にある喫煙所に行こうと巧達がいる横切るが、話し声が聞こえる。


「勲をここに呼び寄せようかなぁ……正雄に口を聞いてもらってさ……」


 巧は静かに、その日暮らしの生活をせざるを得ない勲の為に、ここに呼び寄せて正雄に頼んで『おぼろ化工』に入らさせてやろうかとの思いを千尋に伝える?


「え? いやそれやったらさ、絶対に揉めるわよ。既にもうウチは正雄夫婦がいるし、琢磨だっているし……」


 いくら血の繋がりがあるとはいえ、何十年も離れていた兄弟はもはや他人であり、ましてや麻耶や琢磨は全く知らないと言っていい程の、短期間での居候であり、もし勲が一緒にここで暮らすとなったら、人間関係で絶対に揉めるしギクシャクした暮らしになるのだろうという絶対的な予感が、千尋には感じているのである。


 勲は静かにドアを開け、何かを決意した表情をして、話を聞かれて、気分を悪くしたのではないかと後悔している巧達に向かい、冷静に口を開く。


「いや、俺、向こうに戻るから安心していいよ……生活困窮者自立支援制度を使う、一応国が住むところ何とかしてくれて、仕事探しをしてくれるところなんだ。そこやってみて、ダメだったら仕方ないからな、派遣に逆戻りだがな、自業自得だからな、俺は俺で何とかやるから気にしなくていいよ……」


「……」


「俺、後2.3日したら向こうに戻るわ……」


 勲はそう告げて、玄関を出る。


 ネット通販で購入したのであろう、街中に置かれているのと同じ備え付けの灰皿のある、家の片隅には既に正雄がおり、タバコを吸っている。


「兄さん……」


「俺、後2.3日したら向こうに戻るわ。仕事なんだがな……」


「それなんだけどさ、うちの会社、人募集してるとはいっても、化学系の経験のある人だけなんだ。ついさっき知ったんだ、だから無理だわ、ごめん……」


 正雄はせっかく期待させたのに悪いことをしたなと、すまなそうな表情を浮かべている。


「ふーん、経験かぁ……」


(確か千春は、あいつ化学メーカーにいたんだよな……)


 勲の脳裏に、千春の顔が浮かび上がる。


「まぁどちらにせよ俺は多分受けなかったのだがな、知り合いに、化学系の大学院を出て、化学メーカーに契約社員で勤めてる奴がいるがな、そいつなんかダメな感じかな?」


「いや、全然歓迎だよ! うちの会社さ、別の工場に化学系の人が引き抜かれたりしてるからさ、仕事ができる人が足りてないんだ。その人に連絡はつかないか?」


「あぁ、できるぞ。ちょっと待ってろよな……」


 勲はニヤリと笑い、千春にLINE電話をする。

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