第10話 駒田裕也
真夏の木漏れ日が差す、ある日の午後、葉隠中学の緑のジャージを着ている二人の少年は、大きなスポーツ用のバッグを持ち、悔しそうにヒカリ町を歩いている。
「あーあ、これで俺たちの熱い夏は終わりかぁ〜なんかよー、あっけなかったなあ!」
茶髪の少年ーー勲は、チョコレートの棒アイスをなめながらそう言い、燦々と照りつける太陽を恨めしく見つめている。
「本当だよな! 私立だからな、相手はよ! あーあ、今度は受験かよ、面倒臭えー!」
金髪の少年は、ペットボトルのスポーツ飲料を口に運んでいる。
駒田裕也(コマダ ユウヤ)と勲は幼稚園からの幼馴染であり、小中と同じ学校に通っており、二人揃って中学デビューを果たした。
裕也は、ヤンキー漫画の主人公に憧れて金髪に染めた髪の毛を指でいじりながら、空になったペットボトルを排水溝に投げ捨てて、煙草を口に咥える。
「馬鹿、まだここら辺先公いるぞ」
「そうだな、まずいな」
自転車のベルの音が彼等の後ろから聞こえ、見回りに来ている生活指導の先生なのかと彼等は恐る恐る後ろを振り返る。
「こらー煙草なんて吸ってるんじゃないよー! 私にもよこしな!」
ピンク色のTシャツを着た金髪の髪の少女は、ピンク色のフレームの自転車のベルを近所迷惑だと言わんばかりに鳴らしており、友人として恥ずかしいなと勲達は思った。
「何だよ英美里! お前夏期講習じゃなかったんかよ!」
「あぁ、もう終わったのよ! ねぇ、海行こうよ! 夕日見にさ!」
「いいね、行こうぜ! てかここら辺先公多くてさ、煙草を満足に吸えねーよ!」
裕也がそう言うと、彼等はどっと笑った。
📖📖📖📖
勲達は一旦家に帰り、中学三年間最後のサッカー部の予選大会で初戦敗退した事を巧達に告げ、落ち込む暇もなく、今すぐ何処かでぱっと遊びたいという、モラトリアムを持て余している若い人間特有の欲求がどこからともなく湧いてきて、ジャージを脱ぎ捨て、黒のタンクトップとジーンズに着替え、英美里達と待ち合わせをしているヒカリ海岸にあるコンビニへと自転車を走らせる。
(この日の為に、三ヶ月ぐらい煙草を控えたんだけどなあ、負けちまったよ、でもまぁ、もうクソ暑い中外に出て走らないから別にいいか……!)
最後の試合で彼等はスタメンで出、勲はFW、裕也はMFであり、髪を染めて煙草を吸うくせに毎日練習をきちんと出ていたのだが地区予選の初戦の対戦相手がサッカーが強いことで有名な私立中学であり、瞬く間に4点を取られ、後半終了間際で相手の執拗なマークを必死に掻い潜った裕也のセンタリングを勲はボレーシュートでゴールを決めたが、いかんせん、点を入れるのが遅すぎたのである。
「ねぇ、あのさ……」
英美里は、漫画のようなかっこいい大人になりたくて、無理して背伸びをしておりたいしてうまくもない煙草を吸っている勲達に物欲しげな顔をして話しかける。
「ん……?」
「私にも煙草くんない?」
「いいけど……お前吸えたっけ? 煙草?」
裕也は英美里も自分たちと同じで背伸びをしたがっているんだなとクスリと笑う。
「吸えるわよ」
勲はやれやれと言った顔をして、英美里に海外製のタバコをそっと差し出す。
英美里は血色の良いピンク色の唇で煙草をくわえ、火をつける。
「うん……うま……ゲホッ、ゴホン……う、うまいわ……」
「お前吸えてねーじゃん! 全然よお!」
勲達はタバコにむせている英美里を見てドッと笑った。
「ハハ……う、ゲホン……」
「何だよ裕也! お前もフカシか!?」
「いやそんなんじゃねーよ、たまたま、咳が出ただけだよ!」
「……」
「どうしたんだよ、そんな面してよ……?」
「いや、何でもねーよ、それよか、明日からクソ暇になっちまったから毎日海にでも行くべ!」
勲は、裕也がした咳に、本当に風邪なのかと胸に一抹の不安を感じながら、夕日を見ている。
📖📖📖📖
「はっ」
唇に感じる、何かが触れている感覚で勲は目が覚める。
目の前には、英美里がおり、寝ていた勲にキスをしているのである。
「……」
英美里は唇を勲の唇から離して、愛おしげな目つきで勲の顔を見ている。
「私、急用できちゃったから先に行くからね……」
「あ、あぁ……」
(さっき、確かに、キス、してたよなぁ!?)
勲は恋愛に疎いという事は無く、先程の英美里の行為が明らかに自分に好意を示しているのは分かるのだが、本当にそうなのか、遊びでは無いんだろうかと、先程のキスが、場末の風俗嬢が性行為をやる時に客に行う安いキスの印象に感じている。
沈みかかっている夕日の陽を背中に浴びている英美里を勲は呆気に取られて阿保面で見つめているが、くるりと振り返り、にこりと笑い口を開く。
「明後日の同窓会楽しみね……!」
「あ、あぁ……」
英美里はそう言い、踵を返して海岸から立ち去っていく。
(???)
よく昴から「女心がわかっていない」と言われている勲は、何故英美里が自分にキスをしてのかいまいち理解できず、英美里が飲んだ微糖のコーヒーの甘い残り香がふんわりと、勲の鼻についた。
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