第9話 墓参り

  田舎には、必ずあるものが存在する。


 蟬の鳴き声がちらほらと聞こえ始めてくる7月初旬、勲は、よく考えたら俺もう37歳になるし、キャップなんて被る年齢じゃないし、Tシャツやハーフパンツって、20代の子がしてる格好なんだよなと、少し周囲から浮いているのを自覚しつつ、ただ目の前にある、海へと続く道のりを歩いている。


(自転車でくれば良かったかなぁ……でもまぁ、いいか、良い運動になるし)


 日頃運動不足がちで、中年太りに差し掛かり、30代前半までは痩せていた身体のラインが崩れてきて、腹が出始めている自分の体をカーブミラーでチラリと見て、勲は老醜ってやつなんだなこれはと思い、深いため息をつき煙草に火をつける。


「でよぉ、あいつソシャゲで課金しまくって親に叱られてやんの!」


「馬鹿だべそれ!」


 後ろから自転車が二台来て、大きな声で笑い話をしながら勲を追い越していく。


 ライトグレーのグレンチェックのチノパンを履いている、自転車に乗っている二人の中学生を見て、勲は目を細める。


(あの制服は、葉隠中のか。懐かしいな。もう20年ぐらい経ってたっけ。あの頃の連中とは全く連絡取ってないし、第一俺携帯解約して番号変わったからな。でもまぁ、いいか……俺は今の人間関係を大事にすればいいんだ……)


 勲の脳裏に浮かぶのは、昴と千春の顔であり、帰郷している間に彼等とはLINEで何度か連絡を取っており、二人とも週間文超の大賞に出すと意気込んでいる。


(千春はSFで、昴は恋愛ドラマか……確か、大賞は3位まで決まってたっけな、多分あいつらは、厳しそうだが……俺は、どんなジャンルを書けばいいんだろうかなぁ……? ヤベエな、全く思い浮かばねーや……)


 勲は久しぶりの帰郷で気持ちは落ち着いているのだが、世間様から見たら失業者であることには変わりなく、影山との約束で、文超大賞で優勝すれば、原稿料を倍にしてやると言われたのを何度か思い出しており、間違いなく生活がかかっているのだが、プレッシャーに襲われてしまい、全くアイデアが思い浮かばないのである。


 葉隠中学の校舎を横切ろうとした時に、ふと、写真に写っていた金髪の少年の顔が頭に浮かび、勲は胸にもやもやとひっかかる思いを感じる。


(もう少しだ、裕也……)


 道路の先に見えるゆらゆらと、そしてギラギラと輝く陽炎が、勲には懐かしく感じた。


 📖📖📖📖


 『ヒカリ霊園』は、ヒカリ町に50年ほど前からある墓地であり、その歴史ある霊園に、勲は来ている。


 年季が入った墓地の片隅に、それなりに立派な墓があり、勲はそこへと足を進め、墓の前に座り、タバコに火をつける。


(裕也、これはお前が好きだったタバコだ。間接キスでキモいだろうが勘弁してくれよ……)


 勲は『駒田家乃墓』と彫られた墓に、線香代わりのタバコを置き、両手を合わせる。


(裕也……いくらお前のためとは言っても、俺がお前が死ぬ前にやった罪は一生償えやしないだろう……! このまま、呪ってくれても構いはしない。俺、お前への償いをどうしたらいいのか、やり方を模索してるんだ……!)


 ジャリジャリという足音が聞こえ、後ろを振り返ると、花束を持った英美里が立っている。


「英美里……!」


「ねぇ、来ちゃった……」


 英美里はテヘッと笑い、何も供えていない墓に花を添える。


「裕也、来たよここに……」


「……」


 合掌している英美里を横目で見て、勲は申し訳ない気持ちに襲われる。


 無言の時間が数分ほど過ぎた後、英美里は静寂を破るかの様にして、口を開く。


「ねぇ、海に行こうか……」


「あ、あぁ……」


 36歳であり、妙齢はとっくの昔に過ぎたはずなのだが、何故か今は妙に艶っぽく、色気がある英美里を見て、勲は得体の知れない不気味さを感じる。


 📖📖📖📖


 ヒカリ海岸は、勲達が学生だった時と変わらず、サーファーや観光客で賑わっている。


 だが、釣りをしようとする者は全くと言って良いほどいない。


「やっぱ、ネットって怖いんだなぁ……」


「え? 何が?」


「いやな、ここの海って『おぼろ化工』からの工業排水が流れてるだろ? その事がネットの匿名掲示板に書いてあるんだよ……」


「そう……この町の闇ね……」


 英美里は、なんとかしてこの街を救えはしないのだろうかという表情を浮かべている。


「なんかな、スゲェー疲れて喉渇いたからさ、あそこで休もうぜ」


 勲が指差す先には、少し高めに設定された自動販売機と、古びたベンチ、備え付けの灰皿が置かれている。


「てか、昔はここまでの距離、よく歩いたんだけどねぇ、疲れる様になっちゃったから、もう私達歳取ったわね……」


 英美里は息切れをしており、肩で息をしている。


「俺ら、もう37歳になるものなあ、でも、40歳ってわけでもないし、微妙な年齢なんだよなぁ……」


「そうねぇ……あー、疲れたわ……」


 彼等はふらふらとベンチに辿り着き、どかっと座り、タバコに火をつける。


 勲は立ち上がり、財布を取り出して自販機へと足を進める。


「奢ってやる。何飲みたい?」


「コーヒー。銘柄はなんでもいいわ」


「そっか、微糖にしておいてやる。太るとまずいからな、てかお前、少し太ったろ?」


「失礼ねぇ、それはあんたもでしょ。やっぱりねぇ、代謝が落ちるのよ、歳とると。もう大盛りなんて食べれないわ……」


「……ああ、そうだな」


 勲の昔の記憶では、英美里はファミレスや定食屋に行くたびに大盛りのパスタやご飯をオーダー、弁当箱はクラスメートの中で1番大きかったのだが、人の倍以上食べても太ることはなく、新陳代謝が活発だった為に標準体重よりも痩せていたのである。


「ほらよ」


「ありがと」


「綺麗な太陽ね、まるであの頃みたい……」


「……あぁ、そうだな」


「裕也が生きていれば、今頃三人でまた楽しくやれていたのかも知れないわね……」


 英美里は悲しい表情を浮かべ、微糖の缶コーヒーを口に運ぶ。


「……」


 勲は英美里の隣に座り、昔の思い出が蘇らない様に煙草に火を付け、スポーツ飲料のペットボトルの口を開ける。


(裕也……すまないな……)


 午後14時半過ぎの、真昼の太陽の光が眩しく、勲は目を閉じると、ここ数日でいろいろなことがありかなり疲労しているのか、不意に強烈な眠気が襲い掛かってきた。

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