第8話 堂本英美里

 ヒカリ図書館から少し離れた場所にある、カメダコーヒーという全国チェーン店のコーヒーショップに勲達はいる。


 英美里と軽く話し合い、図書館司書達の痛い視線を浴びながら、図書館で話すのは迷惑だからだと場所を移動したのである。


「まさかこんな街に、コミニュテイバスが通ってるとはな……」


 窓の外、店の入り口にあるバス停と、オレンジ色の塗装がされたヒカリ町のコミニュティバスを見て、勲は感嘆のため息をつく。


 勲が出て行った18年前、ヒカリ町はバスが通っていなかった程の田舎町であり、電車も1時間に3.4本程、交通の便がかなり不便であったのであるが、快速電車と1時間に数本のバスが通る様になり、かなり便利になったのである。


「これも、町おこし施策の一環みたい。電車も快速が止まるようになったし、マンションもできてきてるし、人口はどんどん増えるわ」


 英美里は、そう言ってタバコに火をつける。


「……」


 勲はキョトンとした表情を浮かべて、ジッポーライターでタバコに火をつけて旨そうに煙を吐き出している英美里を、不思議そうな顔で見つめている。


「? どうしたの?」


「え、いや、別に……いや、お前タバコ吸えたっけ?」


「うん、いやこれもう吸い始めてから15年ぐらい経つわよ? あれっ? 知らなかった?」


「いやお前、昔なんか煙草ふかしてなかったっけ?」


「あぁ、昔はね。今はそんなのないけど」


 勲の記憶の中にある英美里は、中学卒業間際まで、彼等の前で大人の真似をしてタバコをふかして咳き込んでいたのである。


「てかあんた、今まで何してたの?」


「いや、図書館で調べ物的な……」


「違うわよ、学校出てから一体どんな仕事してたのかって事を聞きたいわけ」


「うーん、俺は……」


 勲は、自分の経歴が冴えないフリーターであり、有名どころとはいえ、人様に胸を張って言えない、売れない官能小説家である事を、別に周りに知られてもいいかな、どちらにせよ俺また東京のほうに戻るしと思い、昔の友人の英美里に包み隠さず話し始める。


「……と言うわけなんだ」


「ふうん、そうなのね……」


 英美里は一呼吸をしてタバコを灰皿に置き、煙を軽く吐き出す。


(やっぱ、心のどっかで、ダメな野郎だとか思ってるんだろうかなあ……)


 勲の話を興味ありげに聞いていた英美里を勲は見、どうせ、36歳すぎてほとんど正社員経験がなく未だに夢を追い続けている冴えないフリーターだと、同窓会の時に面白おかしく噂を立てて周りに話すんだろうなと思い、ラージサイズのアイスコーヒーを口に運ぶ。


「ねぇあんたそれさ、小説に書けば? 売れそうじゃない?」


 英美里の一言に、ぶっ、と勲はコーヒーを吹き出す。


「汚いわねぇ!」


 英美里だけでなく、隣にいる客も少しのけぞり、怪訝な表情を浮かべて折角のコーヒーブレイクタイムを邪魔するな馬鹿と言いたげな視線を、コーヒーが気管に入り込みむせこんでいる勲に情け容赦なく浴びせかける。


「いやそんなん、死んでもやらんわ!」


「いやでも、あんたの生き方そのものが小説になりそうな勢いよ! ノンフィクション系の本でも出しなよ!」


「しねぇよ!」


 勲は、誰が好き好んで薄っぺらい人生を送る36歳のおっさんの自伝など読むかとため息をつき、タバコを口に加えて火を付ける。


「ねぇ、連絡先交換しない?」


 英美里は先程から勲に興味を示しており、勲の目の前にブランド物のカバーがしてあるスマホを置く。


「うーん、いいよ。交換するか」


(俺よく考えたら女友達、昴しかいなかったからなぁ、交換してやってもいいか……でもあいつ、これ知ったら拗ねたりしないかなあ? でも俺、アイツと付き合っていないからなあ、多分……)


「何悶々としちゃってるわけ? もしかしたら、彼女いて交換できないとか?」


「いやいねーよ! 多分……」


(昴の事は黙っていよう……昴には話すのはやめよう……)


 勲の脳裏に、一瞬昴の顔が思い浮かんだが、でもアイツ俺以外に千春ともヤってるし別にいいかと思い、一年前に大型電気店で購入したハードケースに入っているスマホをポケットから取り出して、何かを達観した様な顔つきをして英美里の前に置く。


「ふーん、多分ってのが怪しいが、まぁ別にいいけれども。赤外線交換はできる?」


「あぁ、できるよ」


「LINEのアカウントは入ってるかな?」


「あぁ、やってるぞ」


 彼等はLINEとアドレスの交換を数分間し、交換し終え、コーヒーを口に運ぶ。


「てか、お前いったい今どうやって暮らしてるんだ?」


「私? しがない美容師よ……」


「ふーん、お前ってFacebookやってたっけ?」


(この前Facebookを見たのは黙っておこう……)


「うん、やってるわよ。それも教えよっか?」


「あぁ、いいの? てかお前旦那さんとかいるとか……」


 勲は、もう自分達は37歳にもうじき届くために、結婚をしていてもおかしくない年齢なんだよな、旦那さんがいたらまずいんじゃないかと後になって思い、もし仮に結婚していたら連絡先を消そうと思っている。


「いないわよ。未だに独身よ。気ままな独身貴族。私のFacebookはこれ」


 英美里はスマホを操作して、勲に見せる。


(これは、やっぱり前に見たやつと同じなんだなぁ……)


「? どうしたの?」


「いや別に。俺のはこれだよ」


 勲は英美里に自分のFacebookアカウントを見せる。


「じゃあこれ、登録しよう」


「そうだな……」


「てかなんであなた図書館にいたの?」


「うーん、暇だったんだがな、調べ物しようかとさ。ほら、生活困窮なんとかってあったろ? それ詳しく利用しよっかな、って……」


「それってひょっとして、生活困窮者自立支援制度?」


「あぁ、それだよ、知ってるのか?」


「うん、知り合いに確かそれ利用してた人いたような……まぁ、後で聞いておいてあげるわ」


「ありがとう、是非聞いておいてくれ」


「てか、人増えてきたからそろそろ出ましょう、この店に迷惑だわ……」


 英美里は周りを冷静に見渡して勲にそう言い、ポーチから財布を取り出す。


(昔こいつこんなに真面目なやつだったっけなぁ、コーヒー一杯で何時間も粘ったんだがな……まぁ、いいか)


 勲は英美里の変わり様に、ようやくまともな考えを持つ人間になったが、なんか昔とは違って変だなと思いながら、10年ぐらい前に吉祥寺の古着屋で購入した、ボロボロになったレザー製の財布を取り出す。


 📖📖📖📖


 勲は英美里と連絡先交換を終え、英美里はこれから用事があると言ってお互いが別れた後に家路に着き、着くのが遅れてしまい少し遅く食事を済ませた後に部屋に戻り、ベッドの上に横になってスマホを操作する。


(あの時からもう20年以上過ぎたんだなあ……)


 かつて、葉隠中学のクレオパトラと言われた程の美人であった英美里はもう中年期に差し掛かっており、当時の面影はあるのだが、少し太っており、体が少したるみ、肌に艶がなく髪にコシがなくなっていた。


 スマホの画面には、自然の中で、笑顔で映る英美里の顔写真が一枚だけしかないのに、勲は少し疑問に感じる。


(何故写真が一枚だけしかないんだ……?)


 LINEの着信があり、メッセージを開くと、そこにはつい先程ライン交換したばかりの英美里からのメッセージが2件入っている。


『乙。久しぶりに会えて楽しかったわ(^^) 生活困窮者自立支援制度の事はこれ参考にしてね。私同窓会終わるまでヒカリにいるから、暇だったら遊びましょう(^^)』


厚生労働省のホームページにある生活困窮者自立支援制度のリンクを見て、勲は首の皮一枚で繋がったかなと安堵のため息をつく。


(同窓会かぁ、忘れてたな……)


 勲は再び、ノスタルジックな思いに襲われ、ため息をつき、机に立てかけられた一枚の写真を見やる。


 ヒカリ港を背景にした写真には、中学生の時、茶髪に染めていた勲と英美里の隣には、金髪のオールバックの少年が写っている。


(……忘れるもんか)


 勲はベットからむくりと立ち上がり、何かを思い立ったかの様にして部屋を出る。

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