第3話 海老塚千春

 海老塚千春(エビツカ チハル)が化学メーカーに契約社員として働き、4年と半年の月日が流れた。


 もともと理系出身であった千春は化学系の国立大学の大学院を出たのはいいのだが、運悪く景気は急降下して、就職氷河期に差し当たり就職活動は難航し、仕方なくフリーターの道へと足を進める羽目になった。


 派遣社員を転々とした後、今の会社に拾われたのが34歳の時であり、その会社は2年半の有期契約であり、契約更新は二回までーーつまり、あと半年したら解雇されるのである。


「ふーん、お前んところも大変なんだなあ……」


 勲は千春のことは他人事と言えば他人事なのだが、自分も明日の我が身だなと思い、明確なアドバイスはできないが、少しでも気が楽になればいいのかと千春の悩みや職場での愚痴を、少し面倒臭いなと聞いている。


「あぁ、そうなんだよ。最後に面接はしてくれるみたいだがな、まず受からないな、年齢がもう俺36だろ? どこも雇ってくれないんだよ……」


 千春は哀愁たっぷりの表情を浮かべて、深いため息をつく。


 轟神社は平日の昼間ということであり、人はまばらで、彼等は参拝し終えた後にベンチが併設されている喫煙所におり、暇潰しにタバコを吸っている。


「で、小説か……」


「あぁ、いやそれは趣味なんだがな、仕事が決まりますように、と……何の仕事でもいいんだよな、最悪土木とかでも」


(お前のようなヒョロ男は面接ではねられるだろ……)


 勲は、細身の千春を見、心の中でそうツッコミを入れる。


 千春は勲が主催する『桔梗小説同好会』の数少ないメンバーであり、書き上げた小説をネットの小説投稿サイトに投稿しているのだが、ポイントはまったくと言っていい程付いておらず、ランキングは常に低く、お世辞にも作家になれるとは言い難いのである。


「でもよ、もう一回社員試験受けられるんだろ? ワンチャンに賭けてみてもいいんじゃないか?」


「うーんまぁそうなんだけどさ……」


 千春は諦めて別の仕事を探そうか迷っている様子であり、アルバイト勤務の勲自身も今後、冴えない小説家で終わるのかと軽い恐怖を覚える。


 彼等の腹の虫がぐう、と鳴り、彼等は顔を合わせて笑う。


「なんかよ、腹減ったからなんか食べに行くか」


「あぁ、そうだな」


 勲は立ち上がり、タバコを灰皿に揉み消した。


 ☀️☀️☀️☀️


 勲がバイトするコンビニ『ファミリーイレブン』は、全国展開しているコンビニであり、勲達が住むヒカリ市ヒカリ町には一店舗しかない。


 千春と近所のラーメン屋で食事をし、別れてすぐに雇用主の柿澤晋太郎(カキザワ シンタロウ)から、仕事の連絡が入り、勲はすぐに店へと足を進める。


(今日休みだったんだけどなぁ、どうせまた、バイトが休んで穴が空いちまったのかなぁ……?)


 勲が務めるコンビニのアルバイトは殆どが、遊ぶ金欲しさの学生か、勲と同じで生活費を稼ぐパートタイムのおばさん連中であり、勲のように夢を追い続ける人間はいない。


 だが、流石に4年近くいれば否が応でも仕事を覚える為、真面目、と言うよりもただやる気がないのだがやる気があるふりをしている勲を晋太郎は長く使っているのである。


『爆肉くん一個200円のセール期間!』


(こんな、油ギトギトの唐揚げなんざ誰が食うんだよ……)


『ファミリーイレブン』開店20年目に新しく作り出したファストフードは、唐揚げであり、勲は脂ぎった唐揚げのどこがうまいのか分からないのだが、それでもたまに食べたくなり買ってしまうことから、そんなに味は、深層心理に染み渡る味なんだなと思い店の中に入る。


「お疲れ様です」


 いかにも、場末のピンサロにいるであろう、シミだらけで歯はヤ二だらけの40歳を超えている不細工な女の後輩店員は一番の古株である勲に、「何でこんな店にアルバイトなんかせずにちゃんと正社員で働けよ馬鹿」と言いたげな、軽く侮蔑の入り混じった微笑みを返す。


「来たか……」


 白髪混じりの60代ほどに見える、鼈甲眼鏡をかけた男が店の奥から出て来て、奥の部屋に入るように手招きをする。


「とりあえず話があるから入ってくれ」


「は、はぁ……」


 深刻そうな表情を浮かべるその男のネームプレートには柿澤晋太郎と書いてある。


 バックヤードに入ると、年季が入ったディスクトップ型のパソコンが部屋の隅に置かれ、ロッカールームがある6畳ほどの部屋が勲を出迎えてくれる。


(俺、釣り銭の渡し間違いとかしたかな? 新人の時に呼び出されたりしたんだが、最近はないんだがな……)


 まだ勲が勤務して間もない頃、釣り銭を5000円程間違えてしまい、給料から引かれた事を思い出し、やべえなと勲は思いながら、深刻な表情を浮かべたままの柿澤を見ている。


「話ってのはな……実はな、このコンビニ、来月で潰れちまうんだよ……」


「え……!?」


「売り上げが落ちてきてるんだよ、ここ一年で。あちこちにライバルができてるし。なのでな、後2週間しかないんだがな、それまで頑張ってくれ……」


「は、はぁ……」


 柿澤は深いため息をつき、海外製の一箱が400円程度の格安の煙草を、今の悔しい気持ちを忘れさせようと、無理やりに吸っている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る