第4話 母親

 人間はひどいショックを受けると何も手がつかなくなるが、勲はどうやって家に帰ったのかは覚えてはいない。


一応コンビニで、内緒で廃棄済み弁当を貰い、栄養だけは、と食べているのだが、まったく味はせずに、まるで空気を食べているかのような、無機質なものを食べている感覚である。


食べ終えて一服していると、凄まじい絶望が勲に襲いかかってくる。


(マジでどうすりゃいいんだ……?)


職歴が高卒しかなく、正社員の職歴が半年、免許は自動車免許だけ、10年以上フリーターをしてきた人間をどこも雇う物好きはいないと言うことを勲は重々承知しており、生活保護、の文字が脳裏をかすめる。


スマホのバイブがなり、こんな、自分がかなり人生の壁について悩んでいる時に誰だとむかっとしながら勲は電話を取ると、昴からである。


「何だよ?」


「おこ?」


勲は、高校生が使うであろう若者言葉を聞き、お前もう30超えたいい歳こいた大人が使うなよと少しイラつきを覚える。


「ううん、ちょっと今それどころじゃないんだわ」


「何? どしたの?」


「実はな、バイト先が潰れるんだよ」


「マジ!? やばたにえんじゃんそれ!」


「だからな、リアルにやばいんだよ。どうすっかなぁ……」


「うーん、取り敢えずさ、今目の前にある仕事を終わらせてきなよ、店で待ってるからさ」


「あぁ、そうするわ……」


(そうだ、まだ今日仕事が残っていたんだよな……)


勲は根が真面目であり、仕事をサボるのはやめようと思い、夜の仕事に備えて少し寝ようと横になり、ウトウトと睡魔が襲ってくる。


☀️☀️☀️☀️


 深夜の海岸に、3人の少年少女は集まり、焚火をしている。


年齢は14.5歳といったところであり、あどけなさが残るのだが、皆大人のようになろうとタバコを吸い酒を飲んでいる。


「あーあ、来年は受験かぁー」


一人の金髪の少女は、対してアルコール度数が高くない酒に酔っ払っているのか、顔を赤らめている。


「お前らどこ受けんの?」


金髪の少年は、少女にそう問いかける。


「私はL高。そこしかいけるところないって」


「そっか、裕也は?」


「俺はV大附属だ。親がどうしても医者になってくれと。あそこは医学部が併設されているんだよ」


裕也、と呼ばれる茶髪の少年は、大人が敷いたレールを歩くのが嫌なのか、気にくわない顔つきで、むせこみながらろくに吸えないタバコを吸っている。


「でもいいんじゃねぇ? 俺なんざ親が公立高校に行ってくれって言われてんだよ。通信制とか定時でもいいんだけどなぁ」


金髪の少年は、親が提示した指標が気に食わない様子である。


「そういうお前はどうするんだよ?」


茶髪の少年は、少女にそう尋ねる。


「私はねえ……」


花火の音で、少女の声はかき消された。


☀️☀️☀️☀️


 ジリリリリ……


「はっ」


目覚まし時計のアラーム音で勲は目が覚め、近所迷惑にならないようにとすぐさまアラームのスイッチを切る。


勲の目の前には、壁にかけられた洗濯物と、ややかび臭い布団、飲みかけのペットボトル、食べ終えたばかりの空のコンビニ弁当の箱が置かれており、ここは現実なんだな、なんて退屈な現実なんだろうなとため息をつき、つい先刻ほど見た夢を思い出す。


(裕也……)


かつて昔、青春時代を謳歌した友人はもういない。


(同窓会、行ってみるか……)


勲は頭を掻き、軽くシャワーを浴びようと立ち上がろうとするが、スマホのバイブが鳴ったのに気がつく。


「誰だろう?」


着信主は見たことがない番号であり、いたずら電話ではないかと勲は警戒するが、思い切って通話ボタンを押す。


「はい……」


「勲!? ねぇ、勲よね!?」


やや低音がかった声が電話越しに聞こえ、頭の中でこの声の主は誰だと勲は考え、すぐに答えが出る。


「母さん!?」


「お父さん、やっぱり勲の携帯よ!」


「え!? 何かあったのかい!?」


「いやね、特に用はないけどね、心配でさ! 地元離れて15年ぐらい全く音沙汰なかったじゃない! お父さんもね、もう許してあげようかって話をしていたのよ! ねぇ、今何をしてるの!?」


「フリーターだよ。それと週間文超で小説書いてる。もうバイト先が潰れるからどうしたらいいか考えてるんだよ」


「ねぇ! 取り敢えず話をしましょう! 家に帰ってきて!」


「うーん、俺まだバイトが二週間は持つから、それ終わったら帰るわ、一旦。それと、同窓会があるからそれにも出るわ」


「ええ、分かった!」


母親からの電話は切れ、勲はため息をつく。


(親父が許してくれた、か……)


20年近く前、勲は父親の巧と喧嘩をして家出同然に上京し、全く連絡を取り合ってはいない。


(あいつは、まだ元気なんだろうか……)


夢で見た金髪の少女の顔が、勲の脳裏をよぎった。

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