B-5 旅人達の休息 ―未来―
それから数日経って、私はまた学園長室に来ている。
大婆様は相変わらず椅子に座って腕を組んでいる。実は人形だったりしないだろうか。
「で、答えは。」
「講師の件、お受けさせていただきます。」
大婆様は小さく頷いた。
「そうか。悪いが専用の部屋は用意できんから、『最強』と同じ所を使ってくれ。」
「その方が私としても。あ、ただ一つ条件があります。」
首を動かして促してくる。
「レミ……『最強』を助手にしてほしいのです。」
大婆様は考えるそぶりすら見せず、にやりと笑った。
「解決したようじゃな。」
「……もしかしてですけど、全て分かってあんな条件を?」
「全てではない。ワシにも結果は見えんからな。」
さすがは『彼女の知らぬことは誰も知らぬ』とまで言われるほどのことはある。というか、こんな私的なことに『千里眼』を使うなんて、本当は暇なんだろうか。
「まあ助手の件はいいだろう。正直の所『最強』の扱いに関してはワシも決めあぐねておった。貴様の方で良いようにするならそれもよかろう。」
まあ、確かにレミは講師ができるほど体系的な理論を学んだわけでもないし、研究をするのはなおのこと難しいだろう。今は実験の手伝いをすることが多いと聞いた。
「それじゃあ、それでお願いします。」
「うむ。カリキュラムが決まり次第また連絡をする。それまで準備するように。」
準備するといわれても、久しぶりだしどうしたものか。まあどうにかなるだろう。
*****
それから。
ある晴れた日。いつもより少し早起きをして、新しいドレスに袖を通す。
サイカとレミのドレスも支度して、準備万端。レミは当然として、サイカも黙っていればふんわりした長い髪と相まってずいぶんとかわいらしい。もったいない話だ。
「それじゃあ、忘れ物はない?」
「大丈夫です。」
「はい、ママ。」
「誰がママよ。」
本当にいい加減にしてほしい。まあレミとなら年の差を考えたらあり得ない話じゃないけど、サイカはそこまでは年も変わらないはずだ。
式場には、すでにもう結構な人数が集まっていた。
「あ、エレノラさん。」
アミーに見つけられて、案内を受ける。うん、レミとは系統が違うが、この子もやっぱり人形みたいにきれいだ。
連れてこられたのは控え室の前。
「さ、着きましたよ。ここで待ってますから。」
「うん、ありがとう。」
扉を前にして、なんだかちょっと緊張する。小さかった頃のことを少し思い出した。
私とレミーナとロロと、三人で過ごした記憶。いまは全然違う立場にいる三人。
「エレノラ?」
「あ、うん。何でもない。」
ノックをしてから扉を開けると、キラキラでレース編みのドレスに身を包んだロロが、鏡を見ながら髪の調整を受けていた。髪と耳がうまく決まらないらしい。
「ロロ、結婚おめでとう。」
「あら、あら、エレノラ?ちょっと遅いんじゃないの?」
そんなことはないと思うが、まあそれだけ待ってくれてたということにしよう。
「きれい……。」
「ほんとに……すごいきれい。」
「あらあら、レミちゃんもサイカちゃんもありがとうねぇ。」
ロロが顔を動かすたびに髪をいじってる人がイライラしながらロロの頭を正面に戻していた。みんな大変なんだな。
「さ、皆邪魔になっちゃうから。それじゃあロロ、また後で。」
「ええ、今日は楽しんでいってねぇ。」
むしろロロにこそ、今日という日を楽しんで欲しいところだけど、まあそういう子か。
式は滞りなく行われ、ロロも式の間ずっととても幸せそうだった。
聞くところによると、相手はただ人らしい。それを聞いて、少し暗い未来を想像してしまったけど、この佳い日に別れのことを考えるのも野暮というものだ。それに、それも含めてロロが選んだ人なのだろうし。
日も傾いてきた頃、私達は家路についた。
「相手の人、優しそうな人でしたね。」
「そうね。まあ、ロロの選んだ人だからあまり心配はしてなかったけど。」
「えーでもメイド長が親友でしょ?」
「どういう意味よ。」
笑ってるサイカを睨み付ける。
「おおこわ。」
「でも、ロロさんも幸せそうでしたね。」
「お、レミも結婚に憧れるお年頃?」
え、レミが結婚……?
「相手は!?いったいどこの誰!?」
そう言われてみれば油断していた。どう考えてもこんなに可愛いレミに声を掛ける男がいないなんてあり得ない。
「あの、エレノラ……痛いです。」
「あ、ご、ごめん。」
「ほらパパ、ちゃんと話を聞いてあげないと。」
「誰がパパだ。」
そもそも私は女だ。
「そういう人ができたら、レミならちゃんと紹介してくれるでしょ。」
「う、うん。」
そもそもそんなことになったら寂しい。まあ、しょうがないのは分かるけど。
「とりあえず、今はそういう人はいないんだよね。」
「えっと……。はい。エレノラが考えてるような人はいないです。」
そうか。よしよし。だけど油断は出来ない。悪い虫が付かないように見張っておかないとな。
「そういうメイド長はどうなの?」
「私?」
考えたこともなかった。
「うーん、そういう人もいないし、探す気も無いからまあないんじゃないかな。」
「そう、なんですか。」
「そうやって婚期を逃すのか。なるほど。」
「サイカも似たようなものでしょ。」
二人でやんややんやと言い合って、それをレミが笑って見ているうちに家に着いた。
どうやらこの関係もしばらく変わりそうにはない。
*****
その夜、一人でお酒を飲んでいると、レミが降りてきた。
「お酒は体に悪いですよ。」
「そういうのは
レミは何も言わず、隣の席に座った。それでも口を開けず、ただ窓の外を見ている。
何か言いにくいことでもあるんだろう。話しやすいように、良い雰囲気を作ろう。
「
魔法で天井に夜空を写すと、レミがようやく声を上げた。
夜空には、二つの大きな月がそれぞれ輝いている。
「もうすぐ夏凪だね。」
「夏凪に二つの月は最も離れて、それからまた近づいていく、ですよね。」
「そう。離れては近づいて、やがて一つになる。」
そういえば、こうやって一緒に夜空を眺めるのも久しぶりだ。
「それで、一緒に星を見に来たわけじゃないんでしょ?」
レミはやっぱり言いにくそうだ。けど、ようやく口を開いた。
「あの、私、やりたいことがあるんです。」
「なに?できることなら何でも手伝うよ。」
「……やっぱり、私、元の世界に戻りたいです。」
「あ……。」
レミは下を向きながら、手をもじもじと動かしている。
そっか。そうだよね。
「難しいということは分かってます。ただ人に戻る手段が確立されていないことも。でも、パパやママがが私のことを心配してるなら、やっぱり大丈夫だって伝えたいんです。」
「うん。」
レミにとって、ここは知らない世界で、あっちの世界に帰るべき場所があるんだもんね。むしろ、記憶が戻ったことを表に出すなら、いつその話を切り出されるかと思っていたところだ。
「それで、その方法を一緒に探して、一緒に帰って欲しいんです。」
「うん、いいよ。……え?」
レミはにっこりと笑って私の手を取った。
「あ、ありがとうございます!」
「え、一緒にって。」
「はい。あの、えっと。お、お世話になってる人を紹介すれば、こっちに戻るって言ってもきっと安心できると思うんです。」
「あ、戻っては来るんだ。え、ちょっと待って?紹介するって、私を?」」
驚いていると、レミは不思議そうな顔をしている。
「そのつもりですけど……。何か変でした?」
「いや、レミがそれでいいならいいけど。」
まあ、こちらでの保護者みたいなものではあるし、それほど間違ってもないか。
「もちろん手伝うし、それに一緒にも行ってあげる。レミが行けるなら私が行けない理由もないだろうしね。」
「それじゃあ、約束です。」
「うん。約束。」
それで二人で小さく笑いあった。
新しい目的に向けて、私達はこれからまた新たな歩みを進めていくのだ。
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