B-4 旅人達の休息 ―聞耳―
外で昼食を済ませ、適当にぶらついていると、おそらく同じように外をぶらついていたのであろうアミーを見つけた。
「アミー。レミは一緒じゃないんだ。」
「あ、……エレノラさん。どうしたんですか、こんなところで。」
「いや、なんというか。散歩……かな。」
なんとなく、まだ考えが定まらない。
「それで、レミにはいつ謝るつもりですか?」
「うーん……謝るつもりはあるんだけど……。」
『
「あの、少し時間ありますか?」
「え?まあ大丈夫だけど。」
そんな感じでアミーとお茶することになった。
ここには、確か前にも来た。それもアミーに連れられた所だったな。
「うん、やっぱりここのはおいしいね。」
そう言ってみるが、アミーは微妙な表情しか返してこない。
無言。気まずい……。
そう思いながらカフェをすすると、ようやくアミーが口を開いた。
「あの、レミのことですが、エレノラさんはどう思ってるんですか?」
どう思ってるって……。また答えづらい質問だ。
「どういう意味で?」
「どういう意味……?」
逆に返されてしまった。そのままの意味か。
「うーん……可愛いと思う。」
とりあえずそれで様子を伺うと、アミーはまたあきれ顔でこっちを見ている。
「前にも思いましたけど、エレノラさんって実際会ってみると本当に印象変わりますよね。」
「そう?私は自然体のつもりだけど。」
「たぶんそれが……いえ、いいです。」
まあうわさ話というのは尾ひれがつくものだし、しょうがない。
「それで、レミがどうしたの?もしかしてレミに何か聞かれた?」
「いえ、そういうわけでは。」
そうか……少し残念。
「つまりですね、その、最近レミは変わったと思うんですけど。」
その話か。確かに、アミーはきっと事情もよく知らないだろうから、不思議に思うのもしょうがない。
「それはまあ。アミーがどこまで知ってるかは分からないけど、最初に会ったときは記憶をなくしてて、それが戻ったから変わったように思えるだけで」
「それは知ってます。」
「あ、そう。うーん、どうなんだろ。実際の所変わってない方が不思議なくらいだけど……。」
正直なところ、今そこが一番不安だ。私がよく知ってるのはあの時のレミだけで、今のレミは、もしかしたらアミーの方がよく知ってるんじゃないだろうか。
昔のレミなら笑ってくれただろうけど。今のレミは、謝っても許してくれるだろうか。
「やっぱり、そこですか。」
「え、何が?」
「レミが変わったのを気にしてるんじゃないんですか?」
「まあ……うん。やっぱり前とは違うから、どういう反応を返してくるか……。」
アミーは片眉をひそめたような、眉間に皺を寄せたような……どういう表情なんだ。不快感は伝わるけど。
「別人感とか、違和感とかは?」
「違和感?」
何が言いたいのかはっきりしない。
「うーん……別人っていうのは、まあそうと言えばそうだと思うけど。というかむしろそうなってるのにこれまで通りの扱いしかしてなかったわけで、そこで嫌な思いさせちゃったんだと思うし……。」
といって、これからどう付き合えばいいのかが分からない。何よりレミが、どう扱って欲しいと思っているかが。
だから、どうしたものか。
「別人だから嫌になるとかは?」
「え?いやいや。別にそれくらいで嫌いにならないし。それに約束もあるし。」
「約束……?」
「そう。あの子が嫌になるまでは、私はずっとあの子の
この街に戻ってきて、レミと喧嘩して思い出した、大事な約束のひとつ。あの時のレミと今のレミは違うのかもしれないけど、だからこそ私が守りたい約束。
「まあ、だからむしろレミの方が嫌になってないかが心配なんだけど。」
私の声も聞かず、アミーは何かつぶやいていた。そして大きなため息をつきながら髪をかき上げる。耳に付けたイヤリングがキラリと光る。
ん?あのイヤリング……なんか見たことあるような。
右手に付けたブレスレットに魔力を流すと、アミーのイヤリングも金色に光った。
アミーも光ったのに気がついたようだ。目が合う。
「……」「……」
沈黙。
「そ、そういえばアカデミアに仕事を残して――」
逃げようとするアミーの手を掴む。
「ねぇ、アミー。今度は私から聞きたいことがあるんだけど。」
アミーはまた大きなため息をついた。
イヤリングに触れると『最強』の魔力。ジェスチャーで繋がってるかと聞くと、アミーはこくりと頷いた。
「ねぇレミ、聞こえてるんでしょう?」
そうイヤリングに告げると、レミは手をもじもじとさせながら、店の奥からそっと現れた。こ、こんなに近くにいたのか……。
「こ、こんにちは、エレノラ。あの、奇遇ですね。」
レミは視線を逸らしながら落ち着かない様子。奇遇って。流石に無理があるでしょ。
「まあ座ってください。」
アミーに言われるままレミはやっぱりこっちに目を合わせないけど、とりあえず同じテーブルに座ってくれた。
さて。呼び出したはいいが、なんの話をするかは何も考えていなかった。どうしよう。
「それでは、私はこれで。」
イヤリングをレミに返した後、立ち上がろうとするアミーをレミが引き留めた。
「あ、あの。もうちょっとお茶していきませんか?まだ残ってるみたいですし。」
「私も、正直いてくれると助かる。」
いま二人きりにされるとほんとうに何も話せない気がする。
アミーはため息をつきながらまた席に着いてくれた。この子、今日ずっとため息をついている気がする。いやまあ私達のせいなんだけど。
「お二人のの盗聴趣味に私を巻き込まないで欲しいんですけど。」
「別に趣味ってわけじゃ。」
「趣味じゃないです!」
そういえば、私がレミの話に聞き耳を立てたときにもアミーに付き合ってもらったんだった。
「あー、ゴメンねアミー。ここのお代は持つから。
「必要ありません。元々レミにもってもらう予定でしたので。」
あー、なるほど。大体話の流れは分かった。
「つまり、アミーはレミの聞きたいことを代わりに聞いていたと。」
「はい。都度指示を受けていました。」
「ちょ、ちょっとアミー!」
「何ですか?」
ぎらんとひとにらみされて、レミも萎縮してしまった。
……うん、謝るなら今かもしれない。弱り目に謝るのもちょっとずるいかもだけど。
「あの、レミ。」
「ごめんなさい!」
……え?
「別に盗聴のことなら怒ってはないけど。私も似たようなことしたし。」
「そうでなくて、あの、昨日のこと。」
「……どうしてあなたが謝るのよ。」
「……だって、エレノラは私のことを心配していただけなのに。」
心配、という言葉がちくりと胸に刺さる。
「私……私も不安だったんです。エレノラとの旅は確かに覚えていますけど、そこにいるのは私だけど私じゃなくて。」
そうか。今のレミにとって、あの時のレミは自分じゃないように感じられるのか。自分のことだからこそ、より強く違和感を感じてしまうんだ。
「エレノラもサイカも、アミーや他の街の人たちも皆優しくしてくれます。でも、それは私じゃない私に優しいだけ。私を見てくれる人はいないんじゃないかって。」
最後の方は声が震えてきて、目も涙で光っている。
「だから私も、『私』もなにかしたくて、なにかしたかったのに――。」
「レミ。」
レミの両手をぎゅっと握る。
「私の方こそごめんなさい。レミがそんなに苦しんでたなんて知らなくて。」
レミがようやくこっちを向いてくれた。
「私、たぶんレミレミの言うとおり、昔のレミのことしか頭になかった。これまでのレミとは変わってきてる気はしてたけど、そこから目を逸らして、これまでと同じように見てた。」
レミはまた目を伏せてしまった。でも言いたいのはここじゃない。もう一度、レミの手を強く握りしめる。
「でもそれは、今のレミを否定したかったわけじゃなくて。レミが変わったのならそれを受け入れたいし、もし変わりたいのならその手助けをしたい。だって、だって私はレミの
「エレノラ……。」
レミは涙を流しながらも少し明るい表情に変わる。
「それに、たぶんだけどレミはそんなに変わってないよ。旅してる時もちょっといたずら好きなところもあったし、笑う姿は今も昔も可愛いよ。」
私も笑いかけて、流れてた涙を拭ってあげる。
「……はい!」
自分でも目をこすって、それでレミはまた笑った。笑ってくれた。
「どうでもいいですけど、私のこと忘れてませんか。」
アミーに言われて正気に戻った。
「あ、やー。アミーもありがとね。」
「ありがとうございます。色々と相談に乗ってくれて。」
「ま、仲直りできたならそれでいいですけど。追加注文いいですか。」
もちろんもちろん。むしろ、また別に感謝の場を用意しないと。
というか、高々一日くらいなのにいろんな人に迷惑を掛けてしまった気がする。それぞれにまた礼をしないと。
*****
アミーと別れた帰り道。
「そういえば、一つお願いしたいことがあるのですが。」
「なに?なんでも言って。」
「約束の話なんですけど。」
約束……アミーに話したあれのことかな。え、なんで今このタイミングで?
「え、
めちゃくちゃ慌てた。このタイミングで!?
「あ、ち、違うんです!その、もう一つ増やして欲しいというか。」
正直、ほっとした。とはいえ私にとって約束は大事なものだ。中身を聞かずにいいとは言えない。
「なに?どういうの?」
「エレノラが嫌になったときも、私の
「それは……。」
断る理由はない。というか、そんな約束する意味もないように思う。
「そんな約束したってしょうがないと思うけど。私がレミを嫌になるなんて考えられないし。」
「そう言ってくれるのは嬉しいんですけど……でも、約束があるから一緒にいるっていうのは、ちょっと寂しくて。」
そういうわけじゃないんだけど。でもまあ、やっぱり断る理由はない。
「うん、いいよ。それでレミが安心するなら。」
レミの顔がぱぁっと明るくなる。
「よかったぁ。『それじゃ、早速破棄しましょう』なんて言われたらどうしようかと。」
「バカね、そんなわけないじゃない。」
レミのがしがしと頭をなでる。レミも「やめてください」といいながらも本気で嫌がってはなさそうだ。
目指すはスイートホーム。サイカもいるけど。
というか、サイカにも礼を言わないとな。一応、相談に乗ってもらったわけだし。
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