B-3 旅人達の休息 ―出頭―

 翌日。目が覚めるとレミもサイカもいなくなっていた。頭は痛くないけど、昨夜はどうもまだお酒が残っていたな。レミとは改めて話したかったのだけど、いないならしょうがない。日を見ればもう高くなっている。二人とも仕事に行ったんだろう。

 「仕事、か。」

 やっぱり私もそろそろは働かないとだろうか。大婆様の言いなりになるのも嫌だけど……。

 いやダメだ。また考えが変なところに行く。何にしたって話を聞くくらいはしても良いだろう。


 アカデミアに行くと、そのまま学園長室に連行された。

 「出迎えご苦労様。」

 案内役に冗談半分にそう言うと、ひと睨みされた。おおこわ。


 学園長室に入ると、当たり前だが学園長大婆様がいた。腕を組んでこっちを見ている。

 「お久しぶりです、大婆様。お元気そうで何よりです。」

 「来たか、『円卓の管理者バトレスオブラウンド』。」

 私の師匠の師匠にあたる大婆様は、姿勢良く椅子に座っている。かなりの年のはずだが、本当にまだまだ死ななさそうだ。

 「それで、いったい何のご用ですか?」

 「もう話は聞いているはずだが、ここでまた教鞭をとって欲しいと思う。」

 まあ、そういう話だよね。

 「今アカデミアには召喚師サモナーがいない。これでは魔女見習いの選択肢を一つ潰してしまいかねない。」

 それは、まあ分かる。私だって魔法使いの師匠を持ちながら召喚師サモナーになれたのは、師匠とは別の召喚師サモナーに教えてもらえたからだ。

 「ですが、魔女の身でありながら召喚獣サモニーとなった今の私を快く思わない人も、アカデミアにはいるでしょう。」

 大婆様は小さく頷いた。

 「実際その通りではある。『最強』はその名に護られてはいるが、その分まで貴様に悪評を飛ばすものもいるだろうな。」

 「言葉だけであれば私は気にしませんが。」

 それをレミが気にしたら嫌だ。ちょっと嬉しくもあるけど。

 そうではなく。

 「それで、ええと。ただ召喚サモンについて教えるだけであれば、別に本職でなくても構わないのではないですか?」

 「ただ教えるだけであればそうだ。しかし必要なのは、憧れられるほどの実力を持った者だ。今のこの街では、貴様ほど適任なものはいないと、私は考えている。」

 そう言われると言葉が出ない。確かに、そういう人がいないと召喚師サモナーになろうとは思わないだろう。というか、大婆様にそんな風に思われていたとは考えたこともなかった。

 「まぁ、考えておいてくれ。」

 それで次の予定が詰まってるとかで追い出された。まったく、向こうから呼び出しておいて。忙しい限りだ。


 さて、今日の予定もこれで終わってしまった。

 大婆様からの話を受けるかどうか考えていると、遠くにレミの姿を見つけた。

 「やばっ!」

 思わず近くの部屋に隠れてしまった。いや、別にヤバくはないはずだけど。

 ばれないようにそっと廊下の様子を見ると、どうもアミーと何やら話しながら歩いているようだ。

 「……何をしているんですか、『円卓の管理者バトレスオブラウンド』。」

 「うわっ。……ああ、『現実複製者リアルクラフタ』、久しぶり。」

 「お久しぶりです。」

 『現実複製者リアルクラフタ』と『働き小人レプラコーン』の二人だ。ここは二人の研究室だったか。

 「……何してるんですか、エレノラ?」

 「え?」

 振り返ると、レミとアミーがいた。

 「あ、ああ。二人とも奇遇ね。」

 本当にただの偶然だったんだけど、下手に隠れちゃったから怪しさいっぱいになってしまった。

 こういうときは笑ってごまかそう。あははー。

 いやダメだ。レミが全然笑い返してくれない。

 「どうして隠れたんですか?」

 「え?いや隠れたっていうか、あの、そう!『現実複製者リアルクラフタ』の姿が見えたから!」

 「ん?いや彼女はむぐっ。」

 よからぬことを話そうとした口を『働き小人レプラコーン』が塞いでくれた。ありがたい。

 「……まあいいです。じゃあお邪魔しました。」

 そのままレミはきびすを返していった。

 「あ、あの、エレノラさん。」

 「ああ、アミー久しぶりね。」

 「はい。あの、またレミと喧嘩したんですか?」

 ぐ、そういえば前のときもアミーの前で喧嘩したんだったな。

 「まあ、そう……かな。」

 「そうですか。」

 アミーはため息をついた。

 「まあ、早く仲直りしてください。機嫌の悪いレミは、その、ちょっと付き合いづらいので。」

 「アミー!行きますよ!」

 遠くからレミの声が聞こえる。それでまたため息。

 「それでは、失礼します。」

 「あー、その、ごめんね。」

 「謝る相手、間違えてますよ。」

 あははー、はぁ。


 『働き小人レプラコーン』が出してくれたお茶を飲みながら、またため息が漏れてしまう。

 「なんだか意外ですね。『円卓の管理者バトレスオブラウンド』さんってもっとこう、他人のことを気にしない人かと思っていました。」

 「エレノラでいいわよ。まあ大抵の相手なら確かに気にしないけど……そんな雰囲気出てた?」

 まあ『働き小人レプラコーン』にそう思われてても構わないけど、理由は気になる。

 「うーん、何でしょうね。旅人にはそういう印象があるというか。」

 「まあ『働き小人レプラコーン』はアカデミアから出たことがないですからね。ここ以外の魔女はそういう風に見えるところはあるかもしれない。」

 「アナタも他人に興味なさそうだけどね、『現実複製者リアルクラフタ』。」

 そう言うと『働き小人レプラコーン』が首をぶんぶん振った。

 「確かにお師匠は人の名前も覚えられませんけど、これでも実は――」

 「私のことはいいから。でも『円卓の管理者バトレスオブラウンド』も変わりませんね。昔も妹と喧嘩したと言っては、こうやって私や『歌姫ディーバ』のでグチグチしてたんですよ。」

 「へぇー、そうなんですか。」

 ううん、昔の話は恥ずかしいからやめて欲しい。

 「というかエレノラさんって妹がいたのですね。」

 「まあ、もう死んじゃったからね。」

 「あ……すみません。」

 「いいのいいの。もう十年以上前のことだし。」

 それでお茶をひとすすり。そういえば、最近はレミーナの話をすることもなかった。

 「どんな方だったんですか?」

 「レミーナは、なんというか落ち着きのない子でね。いつもどこかで騒ぎを起こしていたの。」

 「あなたがそれを言いますが。まあともあれ師匠もよく心配されていましたよ。ですが、大変優秀な魔法使いでした。」

 最終的についた二つ名ウィッチネームが『爆裂女王ボムシェルクイーン』。あの名前と『可憐にして苛烈』という伝説ほど、あの子を表したものも無かっただろう。

 「それで素直でもありましたから、よく『円卓の管理者バトレスオブラウンド』とも喧嘩をしていましたよ。まあ喧嘩といっても、心ない言葉を受けた『円卓の管理者バトレスオブラウンド』が落ち込んでるだけでしたが。」

 「それで、どうしていたんですか?」

 大体は、時間が解決してくれていたように思う。なんとなく気まずくなって、それでも一緒にいなくちゃで、耐えきれなくなってどちらともなく謝るみたいな。

 いや、謝ったかな。なんか大体おいしいお店を見つけたとかでうやむやになった気がする。

 「じゃあ今度もきっと大丈夫ですね。」

 「でもレミーナは私の妹だから、離れられないところもあったと思うけど。レミは契約を破棄すればいつでも離れられるし……。」

 「でもそうだったら、あんな風に不機嫌な態度をとる前に別れると思いますけど。」

 うーん、そうかもしれない。

 「でも、謝るにしても、何を謝るかはちゃんとはっきりさせた方がいいですよ。お師匠だってとにかく謝ればいいと思ってるところありますけど、それじゃあかえって逆効果な時もありますし。」

 「そうだよね……。」

 「私のことはともかく。なんというか、大変ですね。」

 何という人ごとな。まあ人ごとなのは確かだけども。それにそういえばコイツはいつもそうだった。

 「それじゃ、話聞いてくれてありがと。お茶もごちそうさま。」

 「いやいや、暇なときだったら構わないですよ。」

 「そうですよ。ここに遊びに来る人も少ないですし。」

 まあ、『働き小人レプラコーン』はともかく『現実複製者リアルクラフタ』は知り合い少なそうだし。とはいってもいつまでもここにいるのも迷惑だろう。そんなところで二人に別れを告げた。

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