B-2 旅人達の休息 ―喧嘩―

 帰り道に甘いお菓子を買って帰ると、もう日も落ち始めていた。

 我が家からも晩ご飯の良い匂いが出ている。

 「ただいまぁ。」

 「あ、お帰りなさい。」

 ドアを開ければぱたぱたとレミが駆け寄ってくる。奥を見ればサイカがテーブルでぐったりしながらこっちを睨み付けている。

 「お~そ~い~。レミが全員そろわないとご飯にしないって待ちぼうけ食らわされてたんだから。」

 「ごめんごめん。はいこれ、満帆堂のケーキ。後で食べましょう。」

 「よし許す!さっさとメシだ!」

 よしよし、現金な奴め。しかし、レミの方は私の口元に顔を近づけてくる。

 「な、なに?」

 「お酒のにおい……。」

 「さ、ね、ねえ、私もお腹空いちゃった。今日のご飯はなに?」

 レミはため息をついて、私をテーブルへと案内した。セーフ……ではないか。


 食事も片付け、サイカがレミのケーキを半分奪おうとしたのを止めたりしたところ。

 「そういえば、エレノラはどこに行っていたのですか?」

 「ん?ロロのとこ。ねえ、ロロが結婚するって聞いてた?」

 「え、そうなんですか!?アカデミアでも時々お世話してもらってますけど、初耳です。」

 「わたしは知ってたよ!編集さんから聞いた。」

 はいはい。よかったね。

 「ちょっとメイド長!わたしの扱い雑すぎない!?」

 「あのねぇ、前から思ってたんだけど私がメイド長ならアナタは何なのよ。」

 そう返すと、サイカは顎に手を当てて考え出した。

 「お嬢様……はまあレミに譲るとして、ご主人様?やっぱり。」

 「なんでよ。関係性から言うならレミこそご主人様なんだけど。」

 「私なんてそんな。」

 「じゃあやっぱりわたしがご主人様ね。それ以外役職ないし。」

 「いや、ある。」

 私はついに思いついた。口の減らないサイカでも言い返せなさそうな筋を。

 「私がメイド長なら、当然ヒラのメイドもいるはずよね。アナタがそれよ。」

 「わたしがエレノラの下っ端!?あり得ない!」

 「でもアナタだってレミの召喚獣サモニーで、しかもいわば私の後輩なんだから、やっぱりサイカはただのメイドよ。」

 サイカは何か言いたげに口を動かすが、言葉が出てこないようだ。よしよし、子供っぽい見た目でもかんしゃくまでは出さないのは良いところだ。

 「無職のくせに。」

 ……それでもやっぱり口は減らなかったか。

 「というかそこよ!ねえレミ、大婆様から何か聞いてない?」

 「大婆様……ああ、学園長ですか?いえ、特には何も。」

 「変なこととかされてない?」

 レミは首をかしげるばかりだ。どうやらまだレミに手を出されてはいないようだ。

 「何かあったんですか?」

 「いやね、大婆様から招集令が来て。来なかったらレミに講師をさせるって。」

 「別にいいんじゃない?それくらい。」

 「それくらいって……でも。」

 「私は構いませんけど。むしろちょっとやってみたいです。」

 レミはなんてことないように言う。

 「……いやいやいやいや。簡単に言うけど、講師って召喚師サモナーとしてよ?」

 そう言うとレミはむっと頬を膨らませた。

 「そりゃあ、エレノラみたいなすごい召喚師サモナーじゃないですけど、私だって二人も召喚獣サモニーを従えてる立派な召喚師サモナーなんですよ?」

 「それはそうだけど、でもちょっと特殊だし。それに人を召喚獣サモニーにすることをよく思わない人だっているし。」

 「そのあたりは学園長も考えてのことだと思うんですけど。」

 レミが睨むようにじぃっとこっちを見てくる。どうしてかサイカも真似してるけどそっちは無視しておこう。

 「でも。」

 「でもでもって、どうしてそんなに私のやりたいことに口を挟むんですか!?エレノラはそんなに私のことが信じられないんですか?」

 「そうじゃないよ。けど、」

 私が言い終わるのを待たず、レミががたりと立ち上がった。

 「私、先に上がってます。残ったのはサイカにあげますから。」

 それでそのまま寝室に向かっていってしまった。

 「過保護ママ・・・・・。」

 サイカはレミの残したケーキを自分の方に引っ張りながら何やら言ってきた。


 どうしようかと考えながらため息をついていると、サイカがニヤニヤしながらこっちを見てくる。

 「何よ。」

 「べっつにぃ?まあ私は棚ぼた・・・だから構わないんだけど。」

 サイカのことは睨み付けるけど、闘争心はすぐにため息になって逃げていった。

 「何がいけなかったんだろ。」

 考えても良い答えが出てこない。というか、なんだか思考がまとまらない。

 考えてみれば、レミが私のことを見放したのは初めてじゃないか?ううん、いったい何がそんなに気に障ったんだろう。私としては、私のせいでレミが言いように使われるのを止めたかっただけなのだけど。

 ついにケーキを食べているサイカにまでため息を移してしまった。

 「ねぇ、エレノラにとってレミって何なの?」

 ……珍しく名前で呼んできた。真面目な話みたいだ。

 「レミは……そうね。私の召喚師サモナーで、弟子みたいな所もあって、妹のようでもあって、一緒に旅をした仲間で。」

 レミと出会った旅のことを思い出す。出会った頃は、こっちの言葉も流ちょうには話せなかった。記憶をなくして、膨大な力を持て余した美少女。そんなあの子と、私は契約をした。今目の前にいる、サイカを倒すために。

 「なんでも言うことを聞く可愛い着せ替え人形?」

 サイカに言われてドキッとした。

 「違う!そりゃ、あなたを倒すために召喚獣サモニーにまでなって、厳しいことも言ったりしたけど、そんなんじゃ……。」

 でも、初めはそうだったかもしれない。ううん、もしかしたらあの旅の間はずっと。だって、あの子が私に逆らったりした覚えがない。そんな子を、対等な目で見れていただろうか。

 私の震える手をサイカが取った。

 「わたしが二人と初めて出会ったときは、レミは記憶も自立心も奪われた人形みたいだった。ちょっとしか一緒にいなかった私だってそう思ったんだから、エレノラがそう思っちゃうのもしょうがない――。」

 「それは違う!レミは確かにあの時記憶は失ってたし、けど、それでもあの子は自分を失ってはなかった!」

 あの子は記憶と一緒に一部の人格も奪われていた。でも、それでも自分の意思は失っていなかった。そんな子だったからこそ、今こうして三人が同じ家に住むことになった。

 食い気味の主張にサイカは少したじろいだようだ。

 「そ、そう?まあいいけど。それじゃあ今は?」

 今は……記憶も人格も取り戻して。でもそれってどうなんだろう。

 レミは、私の知っているレミじゃなくなったんじゃないだろうか。

 いや、そのことには本当は薄々気付いていたはずだ。

 レミが今まで通りを装っていたから、目を逸らしていただけで。

 ……そんなことをしてまで、レミは、どうして私と一緒にいるのだろう。

 「メイド長ってさ。」

 「え、何?」

 「めんどくさい。」

 めんどくさい……そうなのかな。

 「やっぱりレミも面倒くさくて愛想尽きたのかな……。」

 「ええい、面倒見切れん!わたしゃもう寝る!」

 それでそのままサイカも行ってしまった。

 これはもう飲むしかないな。一人で飲むのもたまにはいいよね。


 ……お酒は全て封印されていた。解こうと思えば解けるけど、今日の所は諦めて私も寝よう。

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