B-1 旅人達の休息 ―定住―
旅人、家を買う。
正確に言えば元々私……というか、私の家族の家だった所を買い戻した。気楽な独り身じゃなくなったということで家を探していたのだが、そこにちょうど売りに出ていたのを見つけたのだ。
微妙に足りない分はツケにしてもらって、護衛業でちょちょいとお金を稼ぎ、こうしてレミと二人で住むことになった。
「ちょっとエレノラ、私もいるんだけどー。」
……レミとサイカと三人で住むことになった。
*****
それで十数年ぶりにこの魔法都市に住んでいる。しっかしずっと旅していたわけで、根を下ろした生活というものがどういうものかが思い出せない。
だからというわけではないが、こうやってテーブルでぐったりしたりして、日がな家でごろごろしている。
夏も真っ盛りという頃で、町行く人たちも額に汗を流していることだろう。
「あのー、エレノラ?」
「ん?どうしたのレミ。今日も暑いねぇ。」
「一緒にお掃除……しませんか?」
レミはエプロン姿にはたきをもって、窓や本棚から埃を落としながらこっちをみている。
うん、今日も可愛い。
「……今日も暑いねぇ。」
むぅと顔を膨らませても可愛くなるだけで、熱気で溶けた私のやる気に火はつかないぞ。
「魔女には暑さ寒さも関係ないんじゃないんですか?」
「それはそれ、これはこれ。」
今の私は魔女な上
レミはしばらくふくれっ面を向けていたが、やがて諦めたようにため息をついて、
「水よしたたれ。」
小さく詠唱すると、壁一面から水が吹き出る。それで、あっという間に家にいながらにして、まるで滝の裏の洞窟にいるみたいな景色へと変わってしまった。そのくせ床も家具も何にも濡れたりはしていない。
相変わらず、スケールが違う。
「これで涼しくなりましたか?」
「したたるっていうレベルじゃないでしょ、これ。」
「あれ?詠唱の中身が分かったんですか?」
「全部じゃないけど。ま、ずっと聞いてたからなんとなくね。」
レミの話す月の言葉にもちょっとずつ慣れてきた。
しかしまあ、魔法まで出されちゃしょうがない。この涼しげな景色に免じて、私も掃除を手伝うとしよう。
「でも、魔法で掃除すればいいんじゃないの?」
「なんでも魔法に頼るのはエレノラの悪いところです。」
……言うようになったじゃないか。
*****
諦めて床をモップがけをする。まあたまには体を動かすのも悪くはない。
「そういえばサイカは?朝から出かけてたみたいだけど。」
「ああ、お仕事ですよ。」
レミは言った後にはっと口を押さえた。
「仕事?」
あのサイカが?『歩く災厄』とまで言われたあのサイカが?
「略奪とかでなく?」
「エレノラの中でサイカはどうなってるんですか?いやまあしょうがないとは思いますけど。」
言いながらもレミは眉間に皺を寄せて何か迷っているようだった。口止めでもされてたのかな。
「サイカには黙っておくから。」
「うーん、内緒ですよ?実は……。」
昼過ぎにはサイカも帰ってきた。それで、開口一番怒鳴り散らしてくる。
「ちょっとレミ!メイド長には内緒だって言ったじゃない!」
「誰がメイド長よ。」
もう私のツッコミには誰も反応してくれない。
「だってエレノラが……ていうか何で知ってるんですか?」
サイカは本棚の中の一冊を取り出す。知らない本だ。
パラパラとページをめくって、見開きをこっちにバッと見せつけてきた。そこには魔方陣が書かれていた。
「……聞き耳の魔術?趣味わる。」
「メイド長がそれを言うの?」
う……。そういえば私も似たようなことをやったんだった。
「せっかくのもらい物だけど…・・ま、これは種明かししちゃったからもうダメだね。」
それで本ごと燃やしてしまった。豪勢な使い方だ。
しかし私は心中穏やかじゃない。
「サイカ、あなた一体いつから物書きなんかになったのよ。」
「なんかとはなにさ。ほら、メイド長の友だちに本の虫がいるじゃない。」
「ああ、ロロのこと?それがどうしたの。」
「あの人に私の自作小説を見せたら、編集さんを紹介してくれて。そんなわけでもうすぐ記念すべき第一巻が出ますー。ほんとうは出てから発表するつもりだったんだけどね。」
そ……そんな。サイカですら働いているなんて……。レミはレミで、大婆様からの要請でアカデミアに在籍してるし。もしかして私って……?
「これでヒモはメイド長だけってね。」
「ヒモ?」
ヒモってなんだ?レミの方を見るが、視線を逸らされてしまった。なんとなくは分かってたけど、悪い意味らしい。
「その、エレノラはヒモとはちょっと違うような。」
口ではそう言ってるけど、レミの目はどことなく哀れむような、悲しむような、そんな目をしている。ちなみにサイカはさっきから非難がましい。
う、なんだか居づらい。私の家なのに。
*****
「そ・れ・で、私の所に逃げてきたって訳なの?」
「……悪い?」
ちょっと出てくると二人に告げ、私はお酒を買って、逃げるようにロロの家まで来ていた。
「今日はアミーはいないの?」
「たぶんだけど、あの子なりに気を遣ってるんだと思うわぁ。」
気を遣う……って私に、な訳ないよね。ここに来たのも急なわけだし。
「なに、何かあったの?」
「あら、あら。言ってなかったかしら。私、もうすぐ結婚するから。」
……危うく飲みかけのグラスを落とすところだった。
「なんて?」
「結婚。いい人見つけたのぉ。」
結婚。あまり聞かない言葉だ。へぇ、ロロが結婚。
「って結婚!?いつから?」
「式を挙げるのはは半月後よん。出会ったのは二年くらい前になるかしらね。」
変になった質問を正しく解釈するのは、長い付き合いあってのことだろう。
「二年前って、その間に普通に会ってたよね。どうして前会ったときに言ってくれなかったの?」
「だってぇ、そういう雰囲気じゃなかったしぃ?なんか突然帰ってきたと思ったらレミちゃんを連れてで、その上勝手に喧嘩しだしたり。」
う。
「それで私にぃ?愚痴ってきたと思ったら、今度は仲直りしてレミちゃんにべったりだったしぃ?」
「分かった分かった!私が悪うございました!」
これ以上恥ずかしい過去を広げて欲しくない。
「とにかくおめでとう!あ、結婚祝いはコレってことで。」
持ってきたお酒を傾けながら、ウインクをする。
「ま、ありがたくいただきましょう。」
あきれながら傾けられたグラスに、とくとくとお酒を注いでいく。
「それにしても、ロロもそんな年なのか。」
「とっくにね。一応言っておくけど、同い年なんだからシャルもいい年よん。」
ほっとけ。茶化された空気を戻すために、流し目でため息なんかついてみた。
「変わっていくのね。ロロも。」
「本当はとっくに変わってるのよん。気付いてなかっただけで。」
チンとグラスを合わせて、ロロが一気に酒をあおる。
「変わる、かぁ。私はもう変わらないからなぁ。」
少なくとも
「不思議なものよねぇ。旅は人を変えるなんて言うけど、旅に出ていたアナタが変わらなくなって、ずぅっとこの街にいた私が変わったなんていうんだから。」
「ま、私は変わるところのない完璧人間だったってことね。」
沈黙。
「つ、突っ込んでよ……。」
「いえ、やっぱりアナタ変わったわね。というか、元に戻った、かしらん。」
それは良いことなのか、悪いことなのか……。
持ってきた酒瓶ももう空になってきた。
こうやって向かい合って話をするのは本当に久しぶりだ。どうでもいいような冗談だったり、とりとめもない話だったり、近況だったり。湧き上がる水のように不思議と話が尽きることがなかった。
「そういえば、最初の話に戻るけど。」
「ん?結婚の話だっけ?」
「そこじゃなくてぇ、ほら、アナタが逃げてきたって話。」
「ああ。」
思い出した。仕事をしていない私に向ける、同居人二人の視線に耐えられなくなって逃げてきたんだった。
「でも考えてみたらおかしくない?あの家だって私が買った物だし、別に貯金が尽きたわけでもないし。どちらかというと隠居よ隠居。」
「まあまあ。それはそれとして、アナタにぴったりの仕事があるんだけど。」
「ほんとに!?あ、待って。」
嫌な予感がする。
「この間『
「嫌よ。」
『
「言っておくけど、酒の席の与太話じゃないからねぇ。これは学園長からの正式の依頼よ。」
「やっぱり大婆様。あの方なら私が断ることも分かってるんでしょ?」
「ええ。それでその時は『最強』に
ぐ。
そもそも私の都合で、レミを身代わりにするなんてのは嫌だ。
「さすがは大婆様、卑怯な……。」
「まぁ、私はただの伝言役だからぁ。後は直接お話しなさいな。」
「そうするわ。しっかしまさかレミを引き合いに出すなんて……まさか人質半分で在籍させてるんじゃ……。」
ぶつぶつつぶやいていると、ふとロロがじぃっとこっちを見つめていることに気付いた。
「やっぱり、変わってない。」
「なにか言った?」
「なんでも?ま、レミちゃんともちゃんと話し合いなさいよぉ?」
なんじゃそりゃ。ま、いいか。
そろそろいい時間だ。ひとまずは帰ることにしよう。
「それじゃそろそろおいとまするわ。改めて結婚おめでとう。式にはちゃんと呼んでよ。」
「あら、あら。ちゃんと来てくれるのかしらね。」
ロロの長い耳がぴょんと動いた。
……そんなに私って信用無い?
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