A-EX 夢

 気がつくと私は真っ白い空間の中に立っていた。見渡してもなにもない。ただただどこまでも白が続いている。

 そこに、人影が一つ。その後ろ姿を見て、私はこれが夢なのだと気がついた。

 長いブルネットの髪。小柄そうに見える背中。そして、あの子よりも高い身長。後ろ姿でも見間違えるはずもないその姿。

 現実ではもう二度と会えないその顔をこちらに向け、聞くだけで泣きそうになる声を発する。

 「久しぶりだね、シャル姉。」

 「ほんとに。喋るあなたを見たのはいつぶりだろうね、レミーナ。」

 私の妹。私がアカデミアで召喚士サモナーをやっていた理由。旅に出て、レミに出会うきっかけを作った人。

 レミーナは笑って、こちらに近寄ってくる。

 「昔みたいに『レミ』って呼んでよ。それに喋る私が久しぶりって、もしかして私が死ぬとこばっかり思い出してたってこと?やめてよ、人生唯一の汚点ばっかり掘り返すの。」

 「人生唯一って、その時にはもうあなたの生は終わってたんだけど。」

 レミーナは「言われてみれば」と言って、またケラケラと笑った。

 「つまり私の人生に汚点はなかったと。」

 「そう……そうかもね。」

 いろいろと突っ込みたいことはあるけど、まあ死人に言うのも野暮だろう。

 「それで、今日はどうしたの?」

 「どうしたもこうしたも。ほら、なにちゃんだっけ?レミなんて大層な名前付けて。もったいなかったんじゃない?この偉大なる大魔法使い(予定)と同じ名前なんてさ。」

 久しぶりに大げさな口ぶりを聞いて思わず笑みがこぼれてしまう。そうそう、こんな口ぶりの時は、だいたいどこか不安なことがあったりしてたんだよね。

 「なに?過去形の感想なんて、やっぱり私はシャル姉の中では過去の人なの?」

 「……いくら死人だからって心の中読まないでよ。」

 「しどい!シャル姉ったら新しい子に夢中なんて。やっぱり若い子がいいのね。」

 「だからそういうんじゃないって。」

 「あの旅だって最初は私のためだったのに……たぶらかされていつの間にやらすっかり忘れちゃって。」

 「怒るよ。」

 およよといつまでも泣き真似をしていたレミーナにそう言うと、舌を出してあらぬ方向を向いた。そんな姿を見てたら、変わってないなと安堵の息が漏れる。

 「だいたい、レミのためにと私がなにかすると、レミはいつも怒ったじゃない。」

 「そうそう。お姉のそういうところ大っ嫌いだったからね。いっつも自由がどうって言ってるくせに、そのくせ自分はいっつも私のことばっかり気にして。私が何歳で死んだか分かってる?」

 「別に子ども扱いしてたわけじゃないから。単に私のしたいことがそうだっただけで。」

 「そーれがしゃくに触るんだよね、まったく。まあ私がどれだけ言っても、ロロ姉にどれだけ言われても、シャル姉は変わんなかったし。もう諦めてたけど。」

 それで肩をすくめて、ため息をつく。

 「ま、なんて言うかさ。世話焼きは単なる性分だったみたいだね。召喚士サモナーが向いてたわけだ。……私が死んだら、今度こそシャル姉は、自分の人生を生きてくれるんじゃないかなって、思ってたんだけど。」

 「ちょっと待って、本気でそんなこと考えてたの。」

 もちろんその為に死ぬような子じゃないのは分かってるけど、でもそういうことを言われるとどうも苦い顔になってしまう。

 「そうそう。そういうことだよ。私がどんだけそんな顔してたか。」

 「……レミの場合もっと『オエー』って感じだったと思うけど。」

 実際そう言ったことも何度もある。レミーナはまた楽しそうに笑った。

 「とにかく。言っておくけど、あの子を私と重ねたら本気で許さないから。そもそも、私は、あんなに、なよっとしてない!」

 「分かってる。」

 「ほんとかなぁ。っていうか、どっちかっていうと、もう一人のこの方が私に似てるんじゃない?ほら、私を殺した子。」

 「……反応に困ること言わないで。」

 レミーナとサイカが似てるかなんて考えたくないし、なんというか自分を殺した相手に対して軽すぎないか。しかしどうも私が困ってる姿を見て、さらに愉快になってきたらしい。

 「私が生きてたらなぁ。サイカちゃんと一緒にシャル姉にいたずらとか出来たのに。あの子ももったいないことするよね。」

 「やめて。考えるだけで頭痛くなりそう。」

 昔からレミーナは私やロロにいたずらを仕掛けるのが好きだった。後の残らない、嫌なんだけど怒るほどじゃない、そんな絶妙なラインを上手く嗅ぎ分けてくるものだから、ついついなあなあで済ませてしまったものだ。サイカがそこに加われば出来ることが増えて厄介だったに違いない。サイカには感謝しないと。

 「いや待て。なんか変だ。」

 「どーしたの?シャル姉。」

 変なこと考えてる間にレミーナがすぐ近くまで寄っていて、至近距離でこちらの目を覗いてくる。

 うう。やっぱりまつげ長いな。この顔に弱いんだ。少したれた目にその分自然に上がっている口角。自信に満ちあふれた瞳はあの頃から変わらない。

 このまま見つめ返しているといつまでも声がでないので、さっと視線を切る。

 「そ、それで。話はそれだけ?」

 「まあそうだよ。もう大丈夫かなって思ってたけど、一応私とレミちゃんは違う子だって、私の口から言っておいた方がいいかなって思ったから。」

 なんというか、そんなに心配掛けてたとは思わなかった。というか自分が心配される側だと思ったこともなかった。

 「そりゃあ、妹だって妹なりに姉を心配してるんですよー。」

 また口に出してないことを勝手に読み取って。まあいいか。

 「その割に、生きてたときはそういうそぶりまったく見せなかったけどね。」

 「だって、が元気に生きてることがシャル姉の幸せだったでしょ?」

 自信満々に言い切ったなこいつ。まあそう外れてはないけど。

 と思ったら、ふっと顔を曇らせた。

 「でも、ほら。私はもう元気な姿を見せられないからさ。だから今度はちゃんと心配してあげようかなって。」

 「レミ……。」

 レミーナが自由に過ごせるようにと思っていたけど、それが逆に彼女の生き方を固定化させていたのか。

 そんなことを考えていると、レミーナが眉間を突いてきた。

 「ほーら言ったそばからそんな顔して。そんなことより、この私が心配してるっていうのをもっと光栄に思ってもらわないと。」

 「光栄にって……。」

 つい鼻で笑ってしまった。ほんとにこの子は。

 「むー。だって私が生きてたときにはシャル姉を心配したことなんてないんだから。いわば、レ・ア、なんだよ?」

 「……一度も心配したことないって、本気で言ってるの?」

 「もちろん。だって、シャル姉が私を置いていなくなるわけないもん。」

 ……これは。知らないうちにすごい信頼されていたんだな。

 自然と顔がほころぶのが分かる。それを見て、レミーナもにっかりと笑った。

 そうして、また顔を曇らせる。

 「でも。だから、シャル姉のことが心配だった。もう私はお姉のところにはいないから。」

 その顔につられて私もつい顔を伏せてしまう。

 思い当たるところはあった。でも。顔を伏せたまま、ゆっくり首を振る。

 「レミ……ううん、いまは」「今はもう大丈夫。でしょ?」

 続けようとした言葉をとられて顔を上げると、レミーナはいたずらっぽく片眉をあげていた。

 「そこはもう心配してないよ。さっきも言ったけど、今心配なのは私とレミちゃんを同一視してないかってこと。そんなの、私だけじゃなくてレミちゃんにもものすっごい失礼だからね。」

 「わ、分かってる。あなたの言ったとおり、レミとあなたは全然違うし。そりゃあ、ちょっと顔つきとか似てるところはあるけど……。」

 「ほんとかなぁ。お姉は私のこと好きすぎるからなー。」

 「すぎるってことはないでしょ。」

 いやまあ他の姉妹のことはよく知らないけど。たぶん。

 あーもう!また変に考えさせられてる!レミーナの方を見ると案の定けらけら笑ってるし!

 「それじゃあ、言いたいことも言ったからそろそろ行くね。」

 「待って!」

 背を向けていこうとするレミーナを呼び止めると、顔だけをこちらに向けて止まった。……つい呼び止めたけど、続ける言葉が思いつかない。

 「……次は、いつ会えるの?」

 レミーナは鼻で笑ってから、少し考えるそぶりを見せる。

 「うーん、そうだな。千年後とかかな。」

 せ、千年?何を根拠にそんなばかでかい数字を出してきたんだ。

 「それくらいは生きてもらわないと。私の分までね。」

 「……それじゃあ、次に会うときは私だけおばあちゃんってわけか。」

 「まあそれまでちゃんとレミちゃんと仲良くね。私と同じ扱いして泣かしちゃダメだよ。」

 「そう何度も言わなくても分かってるから。」

 しかし、レミーはちっちっちっと指を振る。

 「ぜったいお姉は分かってないよ。私とレミちゃんが、どういう意味で違うのか。」

 それでレミーナはまた背を向けて歩き出した。意味深な発言を残していくなと止めようとすると、レミーナは今度は振り返らずに指だけをならして魔法を放つ。彼女の得意だった、大気を爆発させる魔法。その爆裂に巻き込まれて、私は私を見失った。


 *****


 目が覚めて、始めに目に入ったのはテントの天井だった。耳には天幕にぶつかる雨音が聞こえてくる。横を見れば、レミの寝顔があった。

 そうか。私はあの子の弔いに、あの戦争の最後の島に来たんだった。それで雨に降られたから、少し早いがテントを張って休むことにしたんだ。

 体を起こして周りを見るが、光が入ってきていない。どうやら外はまだ明るくないらしい。

 「ん……エレノラ。どうしましたか。」

 レミが寝ぼけ眼を擦りながら体を起こした。どうやら起こしてしまったらしい。

 そういえば、レミーナも寝起きだけは悪かったな。っと、いけない。同一視するなと言われた側からこれだ。

 つい笑いが漏れてしまうと、レミがますます不思議そうな顔になった。

 「なんでもない。ちょっとレミの――レミーナのことを思い出しただけ。」

 「レミーナさん……エレノラの妹さん、ですよね。どんな方だったんですか?」

 どんな、か。

 「一言で言うと、そうだね。」

 ……しょうがない。あの子自身も認めてたことだし、説明にはその方が早い。

 「レミをちょっと大きくして、今のサイカの性格に可愛げを足した感じ、かな。」

 「んー。いまエレノラさんわたしのこと好きって言ったー?」

 「それはない。」

 思わず即答してしまったが、声の主であるはずのサイカはまだ眠っているようだった。こいつ、どんな耳と神経をしてるんだいったい。

 顔をしかめてると、レミがくすくすと笑い出した。

 「あ、すみません。その、レミーナさんのお話、いろいろ聞かせてもらえますか。」

 うん、なるほど。弔いにはちょうどいいかもしれないな。

 「言っておくけど、朝日が昇っても終わらない自信あるから。」

 「そ、そんなにですか。」

 「それくらいおかしな子だったんだから。あのね……。」

 そうしてレミに昔の話をし始めた。思えば、こうやってレミに昔の、楽しかった頃の話を聞かせるのは初めてかもしれないな。


 結局、私の話は雨もあがり日が高く昇った頃、サイカがご飯の催促をするまで続いてしまったが、それはまた別の話ということで。

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