A-3 精算 ―口論―
次の朝目覚めると、もうレミとサイカは起きていた。レミは律儀にも自分のベッドをメイクし直している。サイカはその様子を眺めていたが、私が起きたのに気付いたらしい。
「まったく、メイド長さんが一番最後だなんてね。一番に起きて私達を起こすくらいじゃないと、メイド長の名が廃るってものじゃないの?」
「それで廃るならどうぞどうぞ。っていうか、それこそ起こしてくれればよかったのに。」
「昨日戻ってからなんだか疲れてたみたいでしたから。」
「戻ってから?その時レミは寝てたんじゃ。」
レミは声を上げながら手で口を押さえる。……なるほど、本当に起きていたのか。
ふと気になって窓の外を見ると、下になにやら人だかりが出来ている。
「出待ちかな?すっかり有名人って訳だ。」
どこか力の抜けるサイカの軽口もこういう場面では悪くない。レミもぷっと吹き出している。
「そ、それじゃあ、有名人としては出待ちにはどう反応しますか?ファンサービスとかする?」
「それもいいけど、過激なファンもいそうだし、ここはマネージャーにお任せしよう。」
マネージャーとは何のことかと思ったが、二人の視線はこちらを向いていた。
「……ああ、私のことね。分かった。宿の人に話は通しておくから、二人は裏から飛んでおいて。あとで追いかけるから。」
そうして私達は宿を、そしてレムレルの町を追われるように出て行った。
*****
森に囲まれた町レムレルを抜け、私達はまた森に戻った。人の手の届いた森といった風で、日当たりもいい。
私とレミは少し開けたところに降りたが、サイカは渋った。
「……なんでまた下りちゃった訳?このままずばーっと魔法都市に戻ればいいのに。」
「サイカ。」
レミにたしなめられて大人しく地面に戻るサイカ。でもまあ、今となってはサイカの意見も分かる。レムレルの町は確かにあまりよそ者を歓迎する町ではないけど、あの反応は特別っていう訳じゃない。『最強』だと気付かれるたびに、ああいう反応をされても不思議ではないのだ。
「そういえば、サイカは自分の
「そういえばその手があったね。」
しかし、自分に魔法をかけようとするサイカをレナは止めた。
「ああ、確かに自分で使えた方がいいかもね。えっとね、コツは――」
「そうじゃなくて。隠さなくても私は大丈夫です。」
レミの言葉に私とサイカは顔を見合わせる。なんというか、強がっている風でもないのが気になる。
「あ、二人が嫌なら隠しますけど……。」
「嫌じゃないってことはないんだけど。むしろレミは嫌じゃないの?」
「私も、あんな風に見られるのは嫌です。でも……。」
レミはしばらく言葉に迷っている風だったが、やがて口を開いた。
「例えば、さっきの町の人たちは、私達が何もしないでどう思ったと思いますか?」
「襲われずに済んでラッキー、みたいな感じ?それもちょっとむかつくけど。」
「でも確かに、彼女のいた後には何も残らないなんて言うくらいだから、襲われないこと自体が幸運みたいに思われてもおかしくないかもね。」
私達の答えにレミが頷いた。そして言葉を続ける。
「これが今回だけならラッキーで終わりです。でも、次の町でも、その次の町でもなにもしなかったって噂が回ったら?」
今回の件はラッキーなんかじゃなくて当たり前のことと思われる。少なくとも段々とそうなっていくだろう。
「そういう噂を流してもらうためには、私は『最強』でないといけないんです。他の名前じゃ、意味がないから。」
「でも、私達より先に噂が進むっていうのは考えにくいから、今回は魔法都市に戻るまではずっとあんな感じかもしれないよ?」
レミは頬だけ緩めて、「だから、二人が嫌じゃなければ」とだけ言って、少し顔を下げた。ちゃんと先のことを考えていながら、それでも私達のことを思いやってくれる。なんていじらしいことか。
「分かっ――」「嫌。」
私の言葉を遮ってサイカが口を出す。聞き直しても答えは同じだった。
「嫌って、元はといえば――。」
っと。そうじゃない。
「……別に人の視線を気にするタイプじゃないでしょ、あなた。」
「わたしは別にどう見られてもいい。でも嫌なものは嫌。だってレミが嫌って言ってんじゃん。」
「私なら別に――」
「大丈夫って?あんな顔しておいて?これからもバレるたびにげんなりするような顔見せて、そのくせ大丈夫なんて言うんでしょ?」」
「あ、あの」
「はっきり言って、そんなの不愉快極まりない。メイド長もなに?分かったって、レミにあんな思いさせて、それでも構わないって言いたいわけ?」
「べつにそういうつもりじゃ」
「分かるよ、どうせ『レミのやりたいようにさせる』って言いたいんでしょ?でもそんなの優しさなんかじゃない。間違ってることしようとしたら止めるのが優しさってものじゃないの?そんなんじゃ放置と何が違うのさ。え?そもそもそんなに慌てなくてもちくしょー!!!」
矢継ぎ早に喋っていたサイカが、流れるような捨て台詞とともに光に消えた。その光はレミの元に集まってカードとなった。
「あ、あの、ご、ごめんなさい……。」
責められて思わず召喚解除してしまったんだろう、レミはカードを抱いたまま声を上げて泣いた。年相応に。いやちょっと幼いかな?
そんなレミを慰めながらも、サイカの言葉が胸にのしかかってくる。したいことをさせるだけじゃ優しさとは呼べない、か。
でも私としては、レミが自分のやりたいことを言ってくれる、そのことが嬉しいから、やっぱりその通りにしてあげたい。それが優しさじゃないとしても。
*****
レミの様子が落ち着いてサイカが再び
「いや、えっと。まあメイド長さんじゃないけど、いきなり
「ご、ごめんなさい……。」
「まあわたしもちょっと言い過ぎちゃったから。でも次からこの方法はナシってことで。」
レミが頷いたのを見て、サイカは小さく息をはいた。
「さて、とにかく、わたしとしては『最強』の名前を見せびらかすのは反対。だって、そもそも伝説が知れ渡れば、べつにレミが嫌な思いしなくたって変わってくでしょ。」
なるほど。確かにレミの言っていたことだって即効性のある話ではないし、同じことなら嫌な思いをせずに待っていた方がいい。
でもレミは首を振った。
「たぶん、それだと遅いんです。」
「遅いって?そりゃ広めようと噂を流すよりは遅いだろうけど、でも広まるまでは魔法で隠せばいいわけだし。」
サイカがどれだけ言ってもレミの顔は晴れなかった。こうなったレミは頑固だ。
「サイカには言えないです。」
思いのほかこの言葉はサイカに効いたようで、ついにサイカもむくれてしまった。
「わたしには言えない……。へぇ、じゃあ代わりにメイド長に話せばいいよ。」
そうして前に出すようにわたしの右肩を押す。
「……べつに私にも話したくないならそれでいいし、話したいなら聞くけど。」
いきなり名前を言われて煮え切らない感じになってしまった。レミはちょっと迷った様子だったが、やがて耳打ちをしようとして。
「……ちょっと待ってください。きれいになって。」
レミの詠唱に反応して、わたしの右肩がばちりとなる。その反応を見て、後ろでサイカが舌打ちをした。
もしかして、盗み聞きのための魔法を付けられてたのか。あの一瞬で。この二人に囲まれてから自分の才能のなさに哀れみすら覚え始めているが、ともあれレミは安心したようで、今度こそ耳打ちをする。
「あの、今の伝説で知られる『最強』が無害だって思われたいんです。たぶん、それが友達のために私ができることなので。」
「ちょっと、それって――」
レミの言葉に反応するように急に声を上げるサイカ。
「聞いてたの?」
尋ねると、目をそらして口笛を吹き始める。なんという分かりやすいごまかし方を……。
そしてレミはどうしてこっちを見るんだ……。
*****
レミの話を盗み聞きしてから、サイカがずっと不機嫌になっている。聞かせないようにしたのを勝手に聞いて機嫌が悪くなってるのだから始末に負えないものだ。まあそれでも準備を手伝ってくれるのはひとまずありがたい。
準備が終わる頃にアマレットが狩りを終えて戻ってくる。森の中は獲物が多いから結構助かる。
そういえば、最近レミはアマレットが戻ってくるとだいたい薪を拾いに行くだとかでどこかに行ってしまう。
「動物の解体なんて野蛮なシーン見たくないんでしょ。」
不機嫌なサイカに尋ねると素っ気なく答えが返ってきた。
「野蛮って……でも解体しないと食べられないじゃない。」
「そりゃそうだけど。わたしの世界だとその後のを買うのが普通だったから。だからそういうの苦手な子結構多いよ。」
そういうものなのか。まあ記憶を戻して、段々と元のレミに戻ってきてるということかな。それは喜ばしいことだろう……すこし寂しくもあるけど。
解体を終え、もうすぐ料理も完成という頃になるとレミも帰ってくる。
「レミは食いしん坊だから、匂いにつられて戻ってくるんだよね。」
「そ、そういう訳じゃないです。たまたま、たまたま拾い終わったんです。」
それで十分すぎるほどの薪をその辺に広げる。まあ匂いを合図にしてるのは確かだろうな。
*****
食事を済ませて明日の朝食を仕込む間、これまでの二人は大体他愛もない話をしていた。でも今日はサイカがずっと押し黙っていて、それでレミも静かに焚き火が燃えるのを眺めているだけだった。
空気が重い。
「ねえメイド長さん。」
「え、な、なに?」
急に話しかけられて変な声が出た。まさかサイカが口を開くと思ってなかった。
「面白い話して。」
「は?」
いやいきなり無茶を言うな。そもそもサイカの希望通りにしてやる理由もない。
気にせず肉をひっくり返してると、今度はレミが口を開いた。
「私のエレノラのお話が聞きたいです。」
……そうぽんぽんと出るものでもないが、考えてみよう。
「あそうだ。」
面白い話ではないけどと前置きをして、私はハッピィを呼び出した。出てくるなりハッピィはレミを抱え上げてそのまま木々の隙間を飛び上がっていった。枝にぶつかったりしないかと不安にも思うが、まあきっと大丈夫だろう。
やがてレミをそっと降ろした後、合図をするとハッピィは鳴きながらまたどこかへと飛んでいった。
レミはちょっと酔ったのか少しふらふらしている。
「なんだか、いつもよりはしゃいでました。」
「それで、曲芸飛行を見せるのが目的?どうせならわたしも抱えてもらいたかったけど。」
「そうじゃなくて、この森がハッピィのふるさとだったの思い出してね。だから久しぶりに呼び出そうと思って。」
二人はあーとかなるほどとか声を漏らしている。
「それでテンションが高かったわけだ。もう帰ってこなかったりしてね。」
「いやそれは無いでしょ。……たぶん。」
「どうかなー。いつも都合のいいときにしか呼び出してないんでしょ?故郷に戻って自由を思い出したりしてさ。」
そう言われると段々自信がなくなってくる。確かに私だって用事があるときだけ呼び出されたりしてたら嫌になる。これからはもっと頻繁に呼び出した方がいいかもしれない。
「そういえば、どうしてエレノラは
「え、まあほら。私のは数が多いから。」
一同が並んでいる姿を思い浮かべたかレミは納得の声を上げていた。
「まあそれだけじゃなくて、単に出し続けるのが大変っていうのもあるけどね。
「ああ、つまりエレノラさんが雑魚だから難しいと。」
「雑魚って。そりゃあレミやサイカに比べたら足下にも及ばないけど。」
「そ、そんなこと、ない、と思います。」
レミがフォローしようとしてくれるけど、実際こうやって常に出し続けてるレミと比べるのは流石に無理がある。まあ魔女は自前で魔力供給が出来るから、他の
そうこう話していたらハッピィが戻ってきた。ほら戻ってきたじゃないか。
満足そうにしていたハッピィを戻して、半分忘れていたお肉の状態を見る。よし、焦げてない。とはいえもう十分そうなので火からは外しておこう。二人の気も紛れたようだしよかったよかった。
「ハッピィもパパやママに会ったんですかね。」
「うーん、どうだろ。あまり野生生物でその辺り気にするのもあああ見かけないし。」
そもそも幻獣には親がいないことも少なくない。多くの幻獣は魔女の研究の結果生み出されたもので、親とはもはや別種になっている。
「そういえば、二人の故郷は同じところなんだよね。」
そう尋ねると少し考えた後二人でなにやら話し出した。何か確かめ合ってるみたいだけど、固有名詞が多くて内容はよく分からない。。
やがて二人は深く頷いてからこちらを向き、サイカが話し始めた。
「えー、話し合いの結果、わたしとレミは同郷ではないことが分かりました。」
「あれ、そうなの?」
「同じ国なんですけど、違う地方みたいです。」
そうなんだ。まあ異世界だって狭くはないか。
「でもちょっと意外だったなぁ。レミってもっと田舎に住んでたと思ったから。」
「それ、どういう意味ですか?」
むっとしたレミに謝るサイカ。でもちょっとサイカの気持ちも分かる。あまり都会っ子って感じではないように思えるし。まあ記憶がなかったせいかもしれないけど。
レミの故郷か。どんなところなのだろう。
「やっぱりレミも故郷に帰りたい?」
口に出してすぐに後悔した。異世界なんて簡単に行けるものではないというのに。
それでもレミは、少し遠くを見ながら穏やかに答えた。
「そう、ですね。パパもママも心配してると思いますし、ちょっと会いたいかなって。」
「あ、で、でもほら、ここにレミが来れたってことはさ、きっと逆に向かうことも出来るはずだし。」
苦し紛れにぽんと出た理屈だけど、そう間違ってないはずだ。たしか召喚魔術は異世界と繋がるゲートを開くものだから、一方通行という決まりはないはず。
レミもちょっと寂しそうな顔だったのが意欲に満ちた目に変わった。
「そう……ですね。機会があったら試してみます。」
「うん。アカデミアで召喚魔術やってるのはあまりいないけど、出来ないことはないと思う。」
「――やめた方がいいよ。」
帰ってからの目標に水を差された。いつもの茶々かと思ったけど、伏し目がちな目が冗談ではないことを告げていた。
「わたしだってこんなこと言いたくないけど。でも、行けば死ぬことになりかねないから。」
「どうしてですか?」
サイカは言いよどんでいたようだけど、やがて決心したのか口を開いた。
「魔女はわたし達の世界では生きられない。又聞きだけど、でもそれならわたし達の世界に魔法がないことの理由になる。」
「魔女が生きられないって、魔素が無いってこと?」
呼吸するように魔素を取り込んで流れ出る魔力を補給する魔女にとって、それがなければ魔力酔いを起こして死ぬしかない。そんな世界でもただ人なら生きられるのだろうけど、魔女がただ人に戻る方法なんて聞いたことがない。
なんということだろう。過去を取り戻すためレミは魔女になったというのに、そのことがレミと過去の間に大きな隔たりを生み出すことになっただなんて。
レミは口元を押さえて小さく震えている。泣いてはいない。たぶん、泣かないようにしてるんだろう。
何か声をかけてあげたい。でもなんて声をかければいい?残念だなんて口が裂けても言えない。だって。
「私の――。」
言いかけて慌てて口をつぐむ。言ってどうなる。私のせいだと。私がいなければレミが魔女になることがなかったなんて。
もしそんなことを言えばレミはそんなことはないと言う。でもそんなこと言って欲しくない。なぜ魔女になんかしてくれたんだと、そうやってなじってくれた方がどれだけいいか。レミの心の傷のはけ口になるくらいしか私にできることはないのに、レミの優しさはそれさえも許してはくれない。
「すみませんエレノラ、先に休んでもいいですか。」
「あ、うん。もちろん。」
慌てるようにコハクを出すと、レミはどさりと深くコハクに身を預けた。
その勢いから抗議の声をあげようとしたコハクは、鼻すすりの音を聞いて、代わりに自分の体を丸めてレミの姿を隠した。
私はただ、その様子を眺めることしか出来なかった。
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