A-4 精算 ―暴露―

 コハクに隠されたレミの動きが一定になったのを見計らって、サイカに声をかけた。

 「ちょっと話できる?」

 「構わないけど。珍しいね。メイド長さんから話しかけるの。」

 そうだったかな。まあいい。杖を取り出すとサイカも察して空に飛び上がった。

 「それで、なんの用?」

 空に座って、改めてサイカが尋ねてくる。ちなみに今回は私が先に動いたからハプニングはなしだ。

 「別に、用ってわけじゃないけど。」

 「うーん、なるほど。明日は雨かな。」

 空を見れば、少なくとも昼頃までは晴れてるだろう。

 「じゃあ槍だ。」

 「槍なんて降ってたまるか。ただ、なんて言うか。あなたの気持ちもちょっと分かったというか。」

 その一言だけでサイカは目が据わった。たぶん何の話をするのかか分かったのだろう。衝撃的な察しのよさだ。

 「言っておくけど、絶対違う。」

 「別に一緒だなんて言ってないでしょ。ただ、許されたくないっていうのも本当にあるんだなって思って。」

 そう言ってもサイカは口をとがらせるばかりだ。別に機嫌取りたい訳じゃないからいいけど。

 「あのね、まず言っておくけど。どーせ優しいやさしいエレノラさんのコトだから、私のせいでレミがーとか思ってるんでしょ?そこがまず違うから。」

 いや、違うのは分かってる。正確にはレミを魔女にしたのは『隠者』ジジィだし、そもそもレミが魔女になろうとしてなければ、私と出会うこともなかった。

 私に出会った時点で、レミが故郷に帰れなくなる運命は決まっていたのだ。

 「それにわたしはわたしのしてきたことを悪いことだと思ってやってきた。エレノラさんや、きっとレミの師匠とも違う。」

 「でも罪のあるなしと罪悪感は別物でしょ。」

 「そう。だからそこが違うって言ってるの。エレノラさんは罪がないのに勝手に罪悪感を覚えてる。私は罪人だけど罪悪感を持ってない。」

 ……なぜか得意げにそう言うが、本当にそうなのだろうか。

 「私の経験上、本当に罪悪感を持ってない人は許されてるかとか気にしてないと思うけど。」

 「は、はぁ~~~んん~~~!!!!」

 急に大声出すもんだからつい口をふさいでしまった。

 「ちょっと、レミが起きちゃう。」

 「っぷは。だって、エレノラさんが変なこと言うから。で、なんて?」

 「いやだから、サイカもほんとは「なんて?」

 ……こいつ、何があっても認めないつもりか。大人げないな、自称十五才。

 「まあ別になんでもいいんだけど。サイカが罪悪感持とうが持つまいが、それでサイカの評価が変わるでもないし。」

 「エレノラさんって、ほんとにレミ以外のこと適当だよね。レミに会う前のエレノラさんが想像できないくらい。」

 レミに会う前か……。荒れてた頃を除けば、あまり変わらないとロロには言われるかもしれない。

 「私のことはともかく。私はなんでも良くてもレミは気にするから。」

 「レミはそうだろうね。しかも言っても聞かないタイプだし。」

 思わずため息がかぶる。そこがレミのいいところでもあるとは思うけど、世の中どうしようもないこともあるのだ。

 「ともあれ、私的にはサイカにも罪悪感があって、だから許して欲しくないみたいな話になってるんだと思う。」

 「……こだわるね、そこ。」

 「だって、理由が分からないことが解決するのには時間掛かるから。私としては面倒だからさっさと解決してほしい。」

サイカはまたため息をついて、あらぬ方向を向いて口を開いた。

 「罪悪感とか関係ないから。前に言ったけど、これは私の趣味。悪役がなあなあで主人公のパーティーに入るのが嫌い。たいした贖罪もしてないのに受け入れられるのが嫌い。それに甘んじてるような悪役が嫌い。これまでの自分に罪悪感を覚えるなんてもってのほか。」

 つまり自分の憧れる悪役になろうとしていたのか。それで無理してるのかと一笑に付すことも出来るけど、それじゃあ堂々巡りだな。

 「それじゃあ、どうすればその贖罪になると思ってるわけ?」

 「それは……納得のいくようななにかみたいな。」

 段々声が小さくなっていく。たぶん自分でも答えが出てないんだろうな。


 世の中でのサイカの、つまり『最強』の扱いは微妙なところだ。

 私のように仇に思っている人は実は少ない。その伝説の通り後には何も残らないのだから、サイカが変な気を起こさない限りは、家族も友人もみんな一緒に消える。町を消す気を起こしながらその上変な気を起こす、というのもよく分からないけど。

 そういう訳で、大罪人というよりは災害みたいな印象の人が多い。『歩く災厄』とはよく言ったものだ。

 過去には『最強』に懸賞金を出した国もあったが、嘘の報告への対処の方が大変だったり、一応戦争を止めたという功績もあったり、自殺を推奨しているように取られたりと色々あって今ではそのすべてが取り下げられているという。

 つまり、サイカは自分を「罪人」だと言うが、いわゆる罪人だと認めている国は、少なくともこの大陸の中にはない。もちろん、サイカの求める罰を与えるような国も。


 「まあでも考えてみたら、『最強』の名前は受け入れられてないから、サイカが普通に扱われてるのは自業自得というか、むしろ単にレミが被害者なだけだよね。」

 「うぐ……そこは痛いところだけど……。でも悪役としての矜持が。」

 サイカがポロリと出した単語に思わず鼻で笑ってしまった。

 「矜持だかなんだか知らないけど、そんなのレミの手を握った時点でズタボロでしょ。助かりたいって思っちゃったんでしょ。あなたのその意思が、召喚契約を成立させて、こうやってあなたを生き延びさせたんだよ。それともあなたの言う悪役は、敵に助けを求めるようなタイプなの?」

 「……違うけど……。」

 「ほら、そこまでってことでしょ。結局その時にあなたの言う『悪役』はすてに捨ててた。だからこうして今無理が出てきて――」

 「やめて!」

 サイカの声に、近くの夜鳥が羽ばたいていく。下を向いていて、表情は分からない。

 「……ごめん、わたしももう寝るから。」

 そのまま落ちるようにサイカは戻っていった。……ちょっと言い過ぎたかな。

 まあ今までより悪くなることはないだろう。たぶん。

 初めっからおちゃらけてて分からなかったけど、サイカも今の状況に少なからず混乱していて、整理に時間が掛かっているのかもしれない。だから機嫌が悪くてもいいとは言わないけど、明日から多少は大目に見てやろうかな。


 *****


 案の定、翌朝の空気も重かった。会話少なく食事を終えて森を歩く。昼何刻もしないうち森を抜ける予定だけど、それでも次の町まではかなりある。無言で歩くのは慣れてるけど、こういうのは好みじゃない。でも今回は、どちらに対しても、どんな風に声を掛ければいいか分からない。

 なにか、何かないのか。この空気を変えるような。できれば明るい何かが。頼む。


 ……願えば叶うこともあるらしい。

 森を抜ければすぐ横を走る街道に出る。はずだったのだけど。

 「わぷ。」

 森の出口が見えて小走りをしていたサイカが大きな影にぶつかった。この影、というか毛玉のふわふわには覚えがある。

 「なんやなんや。いきなり出てきたら危ないで、嬢ちゃん。」

 この訛り口調は間違いない。森を抜けて周りを見れば、ダッシーに引かれた幌馬車を制御しているクルルがいた。

 「クルル!こんな所で奇遇というか、助かったというか。」

 「ん?ああ、エレノラさんやん。レミちゃんはどうしたん?」

 名前を呼ばれたのに反応してかレミも森から出てきた。

 「お久しぶりですクルルさん。」

 「おおレミちゃん、お久しゅう。んで、そっちの子はお初やけど、そっちも連れか?」

 「ああ、こっちは――」

 「離れて!!」

 幌の上から急に大声を掛けられて、サイカの紹介が止まった。視線を向けると、例の用心棒の椅子に女性が座っていた。この人が今雇われてる用心棒なのだろう。

 クルルも困惑した様子でその女性の方を見ていた。

 「ああ、『氷下美人マッチメイカー』さん、こん人らは――」

 クルルが紹介する間も与えずに『氷下美人マッチメイカー』は私とクルルの間に降り立ち、スクロールを取り出してレミの方に構える。なるほど、魔術師か。

 「あー、えーっと。私達は「喋るな!クルルさん、合図をしたらすぐにダッシーを」

 ガィン。気持ちのいい金属音が鳴ったと思ったら『氷下美人マッチメイカー』は話すのをやめて地面に伏した。なんかぴくぴくして起き上がりそうにない。

 顔を上げると、クルルが背中にフライパンを隠そうとしていた。尻尾が邪魔で全然隠れてないけど。

 「えーっと。ちょいやり過ぎた。かな。」

 そしてあははと力なく笑う。

 味方からの奇襲とはいえ、ただ人に気絶させられるとは。なんというか、哀れ……。


 起きる時間を待つのももったいないので、のびていた『氷下美人マッチメイカー』をひとまず荷台に乗せ、私達とクルルは街道を進むことにした。揺らすのもよくないだろうと言うことで、歩く私達と一緒にダッシーがゆっくりと歩を進める。

 「そうか、レミちゃん、記憶が戻ったんやね。よかったなぁ。」

 「はい。ありがとうございます。」

 「で、こっちはレミちゃんの友達と。」

 「サイカって呼んで。よろしくね、クルルさん。」

 クルルはダッシーを操作しながらも器用にサイカと握手をする。サイカはどうもダッシーに興味が向いているようで、握手を終えるとまた前に行ってちょっかいを出してる。

 「ほんで、エレノラさんもやることやったみたいやな。」

 「……私、クルルにその辺話してたっけ?」

 気の置けない相手ではあるけど、だからと言ってプライベートの話までした覚えがない。だからそう尋ねると、クルルは手綱を持ったまま胸を張る。

 「これでも目利きで生きとるからな。」

 なるほど。腕利きの商人はすごいということか。

 感心しているとちょいちょいとクルルが側に寄るように指示してくる。なにごとかと近寄ると、かがんで耳打ちをしてきた。

 「なあ、ところでレミちゃん元気ないみたいやけど。なんかあったん?」

 振り返れば、レミは付いてきてはいるが、どうもうつむきがちだ。

 「なんというか、ショックなことが続いてね。」

 簡単に伝えると、クルルも重々しく頷いた。

 「なるほどなぁ。嫌な噂が立った上に故郷に帰れなくなったと。」

 ふむとか言って、あごに手を当てて何か考えている風だ。と、荷台の方が揺れた。

 「う……ん。私はいったい……。」

 声の方を見れば『氷下美人マッチメイカー』が頭をさすりながら体を起こしていた。

 「お、起きたか。まったく、依頼人より先にぶっ倒れる護衛っちゅうんも考え物やで。」

 「も、申し訳ない。」

 自分のしたことを棚上げにしてそういうクルルに、『氷下美人マッチメイカー』も謝り倒している。そんなに謝らなくてもいいと思うのだけどな。真面目なのだろう。

 「そうではなく。」

 ようやく謝るのをやめたかと思うと、今度はレミの方に視線を向ける。敵対心、というより怯えるような目だ。レミの方は、どこか諦めたような目を向けている。

 クルルは馬車を止めて、『氷下美人マッチメイカー』の方に向き直る。

 「ちゃんと紹介せなな。『氷下美人マッチメイカー』さん、こっちはエレノラさん。たまに護衛を頼む仲で、魔女ん中でも結構有名やって聞いとったけど。」

 「あ、ああ。『円卓の管理者バトレスオブラウンド』でしたか。お名前は聞いたことがあります。……・しかしなぜあなたが。」

 「まあ、とりあえず自分の契約者の話を聞くのがいいんじゃない?」

 私から言うより、その方がいいだろう。落ち着きを取り戻している『氷下美人マッチメイカー』はまたレミの方を向いて、クルルの言葉を待つ。

 「で、そっちの子がレミちゃん。エレノラさんの連れで、……えー、マスコット、かな。」

 「……私、マスコットですか?」

 レミの諦観の表情が困惑に変わった。マスコットか。まあ分からなくもないかな。

 しかし、『氷下美人マッチメイカー』の方は相変わらずレミのことを怖れているようだった。

 「……クルルさん、私には彼女は『最強』であるように見えます。あなたもその名にまつわる伝説を聞いたことがありましょう。」

 クルルは小さく頷いて、そしてため息をついた。

 「そらウチかて情報を肥料に金を産む商人の端くれや。時には商売のタネになるような魔女の噂を集めることもある。でもな。」

 クルルは席から降りて、レミの方に向かってほっぺたを手でむにっとはさんだ。

 「ウチが信じるんは自分の目で見て、自分で判断したもんだけや。あんたら魔女から見たらこの子は『歩く災厄』なんかもしれん。でも、ウチから見たら、ちょっとズレとる優しい子や。」

 「クリュリュしゃん……。」

 それでも『氷下美人マッチメイカー』は納得しきっていない様子だ。……まあ、その気持ちも分からないでもないけど。

 「そうそう。それに。」

 急にダッシーの上から声が聞こえてきてみんな驚いてそっちを向く。いつの間にかサイカが上に登っていたようだ。

 「いつの間に。」

 「まあまあ。で、そもそもあなたの怖れる『最強』はそっちじゃなくてわたしなんだよ、『氷下美人マッチメイカー』さん。」

 「……いや、しかしあなたの名はソ、あー、『私の友達ソビルゴ』では?」

 困惑したように『氷下美人マッチメイカー』が言う。ちょっと詰まったけど、名前を呼ぶときに笑わなかったのは生真面目さ故だろう。サイカの方はその困惑ぶりに肩をすくめている。

 「察しが悪いなあ。わたしがレミに名前を譲ったの。なんなら、証明してあげようか?」

 それで不敵な笑みを浮かべて片手をあげる。その瞬間に、ばたりとダッシーに身を預けるように倒れた。

 レミの方を見ると、ちょっと頬を膨らませている。どうやらサイカはレミに魔力を差し押さえられたらしいな。

 レミはそのままちょっと荒々しくサイカの方に近づいていった。

 「サーイーカー。どうしてそれを言っちゃうんですか。」

 「だって別に本当のことを言うなとは言われてないし。」

 「でも言っちゃったら私の計画がぜんぶダメになっちゃうじゃないですか。」

 「だからわたし的にはその計画はNOなんだって!レミが進めることは邪魔しないけど、その上で私が邪魔するのは自由ですー。」

 「それじゃあ結局邪魔してるじゃないですか!」

 二人がわーわー言い合ってるのを『氷下美人マッチメイカー』は呆然と見ていた。

 「あ、紹介忘れとった。あっちの子がサイカさん。レミちゃんの友達なんやって。」

 「ちょっとそこの商人!なんでレミは『ちゃん』呼びでわたしは『さん』呼びなの!?」

 レミと言い合っていてもちゃんと聞いていたらしい。耳ざといことだ。言われたクルルは不思議そうに首をかしげていた。

 「いや、だってレミちゃんは年下やけど、サイカさんは年上やろ?」

 「わたしは十五才なの!永遠の!」

 サイカの必死な訂正もクルルには届かなかったらしい。やっぱり首をかしげている。

 「つまり、どういうことや?」

 「気にすんなってことでしょ。いろいろと。」

 最後の言葉は、後ろでまだ呆然としている『氷下美人マッチメイカー』に向けたつもりだけど、届いただろうか。

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