8-5 旅の終わり ―名前―
最後の力で発動した魔法が消えて、崩れ落ちたサイカは冷たく、その体からは際限なく魔力が漏れ出していた。
「魔力酔い…!」
その身で恐ろしさを体感していたレミ、急いで魔力の膜でサイカを覆おうとするが、それでも隙間から魔力がどんどんあふれていく。それだけ、レミにももう魔力が残っていなかった。
それでも魔力を送ろうとするレミの手を弱弱しくとって、サイカは首を振った。
「いいよ、もう、ダメだし。」
「そんなこと、」
ないと続けようとするが、優しく微笑むサイカの目を見ると、言葉が続かなかった。それを見て、サイカがレミの頭に手を置く。
「レミは、もう主人公だったんだね。大切に守ってた魔力も、使わせちゃってごめんね。」
サイカは咳き込みながらも話し続ける。
「ねぇ、私からのプレゼント、受け取ってくれる?痛いのじゃないから。」
レミはうるんだ瞳で頷く。
サイカは肩で息をしながらも、できる限り息を整える。そして、もう一方の手もレミの頭の上に置く。
「大いなる母にして我らが僕たる魔素よ、今ここに『最強』の名において宣言す。……我が認めし者の、頭に両の手を置きぬ。この者こそ、我が名を継ぐに足る者であり、新たに『最強』を名乗るべき者なり。『全てを受け入れるもの』『強さ無くして優しさ無し』『空と地と、無機物と有機物と、その全てを統べる』、新たな『最強』の誕生を言祝ぎ給えよ。」
レミは驚きながらも黙って儀式を受け入れる。
「さあ、代わりに、私に名前をちょうだい?とびっきりの、良い名前、ね?」
サイカが促し、レミが頷いて答える。
「新たな『最強』として宣言す。我に名を与えし者の新たな生まれを受け入れたまえ。その名、『
自分の新たな名前を聞き、サイカは少しだけふきだした。
「なに、その名前。変なの。」
「ダメ……ですか?」
サイカは首を振る。
「ううん、アリガト。」
そして、頭の上に置いていた両手をだらんと落とし、服の中から魔石を取り出した。
「はい、これ。おめでとう、ヒーロー。」
レミの手に魔石が渡ったのを見て、サイカは目を閉じようとする。
「待って!」レミが体を揺らし、それを邪魔する。
「でも、もうダメだよ。限界。魔力も、無いかも。」
レミは左右を見渡す。周りには、エレノラの落とした武器や防具が、滅びの風に巻き込まれてどこか消えながらも落ちていた。
それを見て、レミはひらめいた。
「サイカ、生きたいですか?」
「無理だよ。」
風に溶け込みそうな声で答える。
「いいから。」
「……友達と一緒なら、素敵、かもね。」
レミがこくりと頷き、真面目に尋ねる。
「サイカ、本当の名前は?」
サイカは何でこんな時にと思ったが、最後に本当の自分を知っている人が一人くらい残るのもいいかと思い、答えた。聞き間違えられないように、最後の力を振り絞って。
「アヤミチ。
レミが復唱して、サイカが瞬きで正しいことを伝えると、レミはサイカを抱きしめた。そして、呪文を唱える。
*****
*****
私が目を覚ましたとき、はじめに感じたのは『最強』の魔力で、思わず飛び上がった。すると、おでこが何か固いものにぶつかった。
「痛っつぅ!」
頭を抱えながら周りを見渡すと、同じように痛がっているレミを見つけた。魔力を読むと、なんとレミ自身が『最強』になっていた。
でも、何よりの証拠だ。
「勝った、んだね。」
「はい。」
レミは少し寂しそうに笑った。周りを見渡しても、サイカの姿がない。そうか、そうなったんだ。
あらためてレミの方を見ると、左手にあの家で見た魔石を持っていた。
「あれ?それレミの記憶よね。」
指をさすと、レミがこちらに見せてきた。魔石はまだ光を放っていて、まだその中に魔力を蓄えているようだった。
「取り込まないの?」
「はい。えと、どうすれば……?」
困ったような顔を見せるので、笑ってしまう。『最強』になったのに、魔石の使い方も知らないなんて、仕方ないけどなんだかあべこべだ。
「さっきと同じ。カードから魔力を吸ったように、その石から魔力を吸えばいいはずよ。」
本来は触媒から吸い取った魔力は定着しないが、今回はもともとレミの魔力なんだからきっと大丈夫だろう。
レミが大事そうに石を抱えると、魔石から輝きが失われていった。
「どう?」
「うーん……よく、分かりません。」
まあ、すぐには記憶も戻らないんだろう。だけど、今度はレミの中にしっかりあるんだから、ゆっくりと思い出せばいい。
私はレミの頭を撫でて、周りを見渡す。所々荒れ野となった草原が、激しい戦いを思わせる。
やはり気になるのは『最強』の、サイカの最期だ。考えてみれば、たとえ死んでも普通は死体とかがあるはずだ。それがないということは、レミが葬ったのだろうか。
でも、「あなた友達を消しましたか?」なんて聞けない。聞けば答えてはくれるだろうけど、もし本当に消したんであれば、そう答えることできっと傷ついてしまう。
悩んでいることが分かったんだろうか、レミの方から声をかけてきた。
「あの、どうしました?」
意を決して話を聞こうと思い、レミの方を見ると、右手にも何かを持っていることに気付いた。それは、手のひらより少し大きい細長いカードで、
というか、
なんというか、なんとも言えないが、嫌な予感がしてきた。
「レミ、それって……。」
私が指さすと、魔石の時と同じようにこちらに見せてくる。初めて見るカード。だけど、そこに描かれたものには見覚えがあった。
「あ、
「あ、待っ」
レミが魔力をカードに込める。するとそこから、長い黒髪をたなびかせながら、レミと同じくらいに見える少女が現れた。
「はーい、呼ばれて飛び出てこんにちは。レミの新しい
それは、まごうことなき私の元宿敵、サイカそのひとだった。
ポージングをしながらこっちにウィンクを飛ばしてくる奴を前に、言葉が出なくて口をパクパクさせる。
そして、ようやく声帯が震えだした。
「ええーーーー!!?!?!?」
きっと私の声は草原中に響いたことだろう。
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