8-4 旅の終わり ―最強―

 ひどく赤面したレミの手には、大事そうに一枚のカードが握られていた。そのカードに傷を付けまいと、レミは優しく抱きしめる。

 後ろから物音がして振り返ると、そこには『最強』ことサイカが降り立っていた。

 「メイド長さん、だいた~ん。で、そろそろかな?時計がないからわかんないけど。」

 「。」

 レミはそう告げて、カードに集中する。ほんの少しも漏らさないよう。そんな気持ちでカードから魔力を吸い取った。結果、エレノラのカードは色を失い、レミの体にはエレノラと、彼女の召喚獣サモニーすべての魔力が込められた。

 レミの目が、エレノラと同じ黄金に輝く。

 「。」

 サイカはふぅんと興味なさげに返した。そして、少しだけ考えて、いたずらっぽい笑みを返す。

 「ねえ、そのメイド長さんのカードがさ、たとえばびりびりーって破けちゃったらどうなるのかな?メイド長さんは死んじゃうのかなぁ。」

 本来、召喚獣サモニーのカードは破れるものではない。召喚獣サモニー一体分の魔力が込められているからだ。

 しかし、今は違う。魔力を抜き取られたカードは、ただのカードとそれほど変わらない強度しかない。故に、容易く裂かれてしまうことだろう。

 もっとも、レミはそのようなことを知る由もない。ただ、エレノラが殺されるかもしれない、そのことだけに反応し、顔面を青白くさせ、そしてすぐに赤くさせた。

 「おっもしろーい。百面相。」

 「。」

 「ふぅん。それじゃあ、レミにプレゼントする物語悲劇のはじまりはそれに決まりね。大事な人を失って、記憶も戻せず失意のうちに沈んで、それから立ち上がるの。うん、とってもいいお話になりそう。最後にはちゃんと私を倒しに来てね?」

 レミは首を振った。

 「。」

 レミはエレノラの杖を拾い、詠唱を始める。

 「!」

 レミから多量の魔力が放出され、そして一つの形をとった。

 その形は、レミによく似ていた。違うところと言えば、目の色が銀で、角と尻尾が生え、裸体に鱗が生えているようなところくらいなもので、それ以外の姿かたちは全くレミと同じであった。

 「まったく、面白いことをするではないか、小娘。」

 そのレミによく似た人型は、レミと同じ声で、しかし尊大かつ滑らかに話し出した。

 「あの、よろしく、おねがいします。ズメウさん。」

 「よい。言わずとも分かる。今の我はお主でもあるのだからな。」

 「なるほどー、その子はさっきのドラゴンさんなんだ。」

 サイカの気付きにレミはこくりとうなづいた。

 「そっか。同じ言葉を話す少女に、最強の生物を内に秘めたその似姿。相手に不足は無しってね。」

 サイカは大きく深呼吸を二度して、そしてにっこりと笑った。

 「それじゃあ、始めようか。」


 *****


 サイカの言葉を合図に、角付きの少女の姿をしたズメウが、直ちにサイカに殴り掛かった。サイカは何の気なしに飛び上がって避ける。

 「あっぶなぁ。レミは『知恵を授けろ』って言ってなかった?」

 「知らん。それに、魔法使いに詠唱させぬのもまた『知恵』だ。」

 言いながら、その身から翼を生やしてサイカを追いかけ、鱗に覆われた拳を振るう。サイカは踊るように空中でステップを踏んで全部かわす。

 「でも、まだまだ話すだけの余裕はあるよ?ほら、。」

 サイカが短く唱えると、ズメウとの間に爆発が起こる。爆風をもろに受けたズメウは、無傷ではあったが、サイカとの距離は離されてしまう。そこで、サイカはもう少し長い詠唱を行う。

 「。」

 瞬時にズメウの背中が燃え上がり、その姿からは想像できない叫び声をあげた。

 「。」

 即座にレミがズメウの背中に雨を降り注がせ、鎮火させる。ズメウはそのまま回転して燻ぶりも抑えながらレミの元に戻る。

 「この体は動きやすくはあるが、その分脆いようだな。」

 「でも、」

 「みなまで言うな。分かっておる。」

 レミの言葉を遮りながら、ズメウは着地した。

 「この体にも慣れる為に必要であったのだ。では、始めようか。」

 その言葉にレミはうなずいた。


 ズメウは翼をしまい、両手を広げて詠唱を始める。

 「万世不刊の我が命じる。博聞強記のこの智を啓き、長見天日の魔術を与えよ。」

 ズメウが唱えている間に、サイカも地上に降りてくる。ズメウの後ろに展開され始めた何重もの円をみて、感嘆の息をこぼす。

 「それって、魔法陣?空に描き出すなんてすごいね!でも、レミって魔術なんか使えたんだ。」

 「。」

 「なるほど。でも、魔法陣なんて壊しちゃうよ!」

 サイカは魔力を魔法陣に向けて放出する。それはまるで極太のレーザーのように、魔素に反応して光輝きながら魔法陣に向かう。

 「。」

 しかし、レミの詠唱でレミの前にも同様の輝きが壁上に起こり、サイカのレーザーを阻み、軌道を変えさせる。

 「。」

 レミの言葉を聞き、サイカはにやりと口角を上げる。


 「我が求むは天下の剣。気宇壮大たる主が使うに相応しき刃。それを高める百世不磨の研磨石。」

 ズメウは詠唱を続ける。

 サイカはレミと距離を取ったまま、こちらも詠唱を始めた。

 「。」

 レミが慌てるように短く「!」と詠唱をして、ハーピーの形をした魔力体を飛び出させ、サイカを襲わせる。が、ひらりとかわされてしまった。

 「ごめんね、今度、遊んであげる。」

 そして、切り返して襲ってくる魔力体を避けながら詠唱を再開する。

 「。」

 レミは攻撃を止め、代わりに杖に魔力を込めて魔法陣の前に浮かぶ。

 「。」

 サイカの周りに強い風が渦を巻いて吹く。吹かれた草木は瞬く間に枯れていき、渦巻き状に土肌が露わにされていく。そして、ゆっくりと、しかし確実にできかけの魔法陣に近づいていく。

 ズメウは気にも留めず、詠唱を続ける。代わりに立ちはだかるのがレミだ。

 「!」

 レミの言葉に呼応して、身体から魔力が爆発のように弾け出る。その爆発はサイカの生み出した滅びの風の動きを乱れさせ、渦に隙間ができていく。

 ズメウとその魔法陣はうまくその隙間に入ったが、レミはその風に吹かれてしまう。と、彼女の羽織っていたローブと、乗っていた杖が消え去った。

 そして、爆発の勢いのまま落ちる。先の魔法は単純な分、魔力を無制限に開放してしまっていた。空を飛べるほどには統制が取れていない。

 「エレノラ……。」

 服の中の一枚のカードをぎゅっと握る。

 (しっかりなさい。自分の中の魔力を集中させて。)

 心の中で、エレノラの言葉を思い出す。

 私は、何度エレノラに助けられたんだろう。今度は私が助けないと。

 レミはそう思って、小さくつぶやく。

 「。」

 レミの背中から半透明の翼が生え、レミの体を包み込むように羽ばたく。そして、荒野の部分に降り立った。

肩を叩かれ、振りむけば角付きの少女の姿。その後ろには、いくつもの魔方陣が重なって描かれた、真っ白な文様。

 「交代だ。」

 レミはこくりと頷き、魔法陣にの前に移動した。


 *****


 「うーん、得意技だったんだけどなぁ。」

 サイカは飛び上がって、地面を見る。

 「まるで宇宙人が降り立ったみたい。『あの平和な草原にミステリーサークルが!』……なんてね。」

 クスクスと声を上げていると、レミが落ちていくのが見える。しかし、途中で羽を生やして無事に着地した。

 「危ないなぁ。レミが死んじゃったら困るのに。」

 顔をあげて、目の前の魔法陣を見る。幾重にも重なり、複雑な文様を描いている。

 「綺麗だなぁ。」

 思わず声が漏れた。実際、光り輝くその魔法陣は、折り重なりが陰影を生んで、芸術作品のように特別なモチーフを描き出しているかのようだった。

 「でも、込められているのは私を倒すための魔術、か。」

 サイカにはそれが何かは分からない。サイカは、根っからの魔法使いで、炎を出す魔法陣すら見たこともない。

 それが何かを考える代わりに、右手を魔法陣に向け、つながるように意識する。

 「

 目の前には角付きの少女の姿が出てきて、思わず詠唱を止めて攻撃を避けるのに専念する。意識が切れてしまった。魔法はやり直しだ。

 「びっくりしたぁ。」

 「それは僥倖。では次に行くぞ。」

 ズメウはそのままラッシュをかける。サイカは避けながら、地上の方を見る。レミは、大きく深呼吸をしていた。

 「。」

 どうやら詠唱を始めているようだ。

 「あれが終わったら、私は終わりってわけ?」

 「お主に隠し球がなければな。」

 殴る蹴るの応酬をすべていなしていた『最強』が、ズメウの右手を掴み、力を込める。

 「。」

 すると、ズメウの右腕が綺麗にとれる。切り口から、魔力の光が漏れ出る。

 「それで、あなたとあの魔法陣を消せば、私の勝ちかな。」

 サイカが切り取った右腕を棄てると、切れ端は雲散霧消した。

 「……で、あるかもしれん。が、そう易々とはされんぞ?」

 ズメウは自らの魔力を切れ目に込め、腕を新たに生やす。

 「そっか。それじゃあ、まずは無抵抗の魔法陣からにしよっかな。」

 サイカが軽く跳ねてズメウを飛び越え、空中で駆けだす。しかし瞬間移動のように目の前にズメウが現れ、急ブレーキを掛ける。

 「流石に速度では負けられん。」

 気合を込めた一撃を受け、急ブレーキで隙のできていたサイカは、傷こそないものの回転しながら大きく後退することになった。

 「おっとっと……うーん、これなら、どうかな。、なんてね。」

 言い終わるとサイカは五人に分身し、それぞれが魔法陣に向かう。

 「ふん、すべて止めればいいだけの事。」

 ズメウはさっきと同じようにそれぞれのサイカの目の前に出ては殴り飛ばす。その速さから、まるでズメウも分身しているかのようだった。

 「すごいすごい!流石は最強の生物って言われるだけのことはあるね。」

 サイカはこのまま無駄に魔力を消耗するのを嫌い、分身を消して一つに戻る。

 「ふん、『最強』に褒められるとはな。」

 ズメウも一人に戻ったサイカの前に戻る。そして、口を大きく開いた。

 「燃え尽きよ!」

 そう叫んだとたん、少女の姿のズメウの口から、業火の如き勢いで火が噴き出てきた。

 サイカは髪を焦がしながらけほけほとむせる。

 「ふむ、言葉の力とは面白いな。」

 「ちょっと、髪焦げちゃったじゃん!もう怒った!」

 サイカはズメウに一瞬で近づいて腕をまた取って、詠唱を始める。

 「。」

 掴まれた場所から黒い炎がズメウの体を覆ってゆく。耐えきれないようにズメウは叫び、その姿を変えていく。少女の柔肌と同じ色をしていた部分は岩のように固くなり、牙が生え、何よりその身を肥大させてゆく。そして、元の巨躯たるドラゴンの姿に戻った。

 黒き炎は消えた。が、ズメウの姿はどこか透けている。

 『やはりこの姿の方が楽であるな。』

 火を消されたサイカは躍起になってドラゴンのズメウに攻撃をするが、ズメウも高速で飛んで避ける。

 しかし、あるとき、ズメウが動きを止めた。先ほどよりもさらに色が薄まっている。

 チャンスと見たサイカが足に力を込める。

 「これで、消えて!」

 そして思い切りズメウに向かって飛び込んだ。体には魔力を纏い、ズメウの魔力体を貫く。

 『認めよう、サイカと名乗る少女よ。貴様は、私よりも強い。まさに「最強」だ。』

 しかし、サイカの体はズメウから出たところで、岩のような手にがっしりと掴まれる。

 サイカが岩から出ようともがきながら周りを見ると、魔法陣が先ほどよりも強く、空を写したように蒼く輝いている。

 『しかし、ここはの勝利といったところかな。』

 「まず…」

 サイカが何かつぶやこうとしたところで、

 「!」

 今にも消えそうなズメウが、魔法陣の方にサイカを放る。

 完全に無防備なサイカの元に訪れたのは、炎であり、水であり、風であり、土であり、全てだった。

 まごうことなき『白の魔女ラフダイヤモンド』の魔力と、名を付けた召喚獣サモニー達の魔力が合わさった、魔法の込められた魔術。

 防ぐのは、魔法にもならない、内に秘められた魔力だけだった。動く意思のない魔力はその奔流に巻き込まれ、なすすべもなく剥がされ流されていく。


 やがて全てが去り、『最強』は地に落ちた。


 *****


 落ちたサイカの元にレミが急いで駆け寄る。エレノラの召喚獣サモニーたちの魔力も、『白の魔女ラフダイヤモンド』としての魔力も切れかかり、息も上がりきっていたが、自分の友人の元に駆けた。

 「?」

 レミがそう声をかけると、『最強』は唐突に笑い声をあげた。『最強』からはとめどなく魔力が漏れ出している。

 「ふふ、ふふふ、あはははははは!すごい、すごいよレミ!本当に私を倒しちゃうなんて。」

 しかし、言葉とは裏腹に『最強』は体を曲げずに立ち上がる。

 「でも、でもね?ラスボスっていうのは、ただじゃ死んだりしないんだよ?」

 数歩下がろうとしたレミの腕を取る。『最強』から漏れる魔力が増え、周囲を紫色に染め、そして猛烈な風となる。レミは、そんな『最強』の顔を見て、首を振るばかりであった。

 「ねぇ、だから、一緒にいこ?」

 『最強』の身から溢れ出ていた魔力は、そのちいさなつぶやきからついに魔法となり、黒き炎となり、二人の少女を飲み込もうとする。

 この規模の炎をその身に受ければ、今のレミでは耐えられない。このままでは、サイカとともに文字通り燃え果ててしまう。


 死ぬ?いや、まだ。まだだ。だってまだ、約束を果たしていない。このまま負ければ、約束を破ってしまう。そんなのはいやだ。そう、いつも守ってくれたあの人との――。


 「エレノラぁ!!」

 レミがそう叫ぶと、レミの内から生まれ出た空気の膜が二人の少女を覆い、黒炎を退ける。その厚い膜に込められた魔力は、読もうとしなくても伝わるほどに濃かった。

 その魔力の輝きは混じり気のない濃緑。その魔力に刻まれた名は『円卓の管理者バトレスオブラウンド』。

 それを読んで、サイカは今取れる最大級の大きさで、だけど小さく笑って、崩れ落ちる。

 (こんどこそ守り切った。そういうことなんだね、エレノラさん)

 そして、黒き炎は緑色の輝きとともに消え去った。二人の少女を残して。

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