8-3 旅の終わり ―共闘―
訳の分からない魔力体を前になんとか考えを巡らす。
また
今は気まぐれで私に付き合ってくれている。その隙をつかないと、勝つのは難しい。
仕方がない。私一人で意地を張るのは、ここまでだ。
「レミ、ゴメン。助けて?」
後ろに乗っていたレミは少しうれしそうに私の手を掴む。
「はい、喜んで!……それで、どうしましょう?」
うーん、どうしてもらおうか。
「とりあえずアレが消えると嬉しいんだけど。そうだな……。」
レミの魔法なら、アレを思いっきり吹き飛ばしてくれるかもしれない。と思ったところで、魔力体が翼を使って飛び上がってきた。
「と、とりあえず吹き飛ばしてみて?」
私は魔力体の頭突きを避けながらレミ言う。レミはこくりとうなづき、自分の杖を魔力体に向けて詠唱を始めた。
「その風は荒ぶる神の起こせし嵐。すべてを飲み込み、望まぬ所へ至らしむ壁。」
すると、杖から暴風が飛び出た。その反動で私達も吹き飛ばされる。ぐるぐるする視界の中、例の魔力体の下半身と上半身が引きちぎれるのが見える。ぐるぐる回ってどっちが上半身かよくわからないけど。
何とか杖をコントロールして上下の感覚を取り戻す。例の魔力体は、少しずつだがまた上と下がくっつき始めている。
「レミ、もう一発。できれば今度は縦に。」
「はい。……その光千早ぶる神の裁きの雷。逆らうものの願いは聞かず、赦しを求める声すら呑まぬ。」
詠唱が終わると同時に、雷が頭から魔力体を貫いた。その雷は不思議なことに面を持っていて、魔力体は綺麗に真っ二つとなり、その切れ口に核が見えた。
なんというか、私の努力は何だったんだろうっていう気持ちになる。
が、まあいい。ともあれ、今度こそ雲散霧消……しない。またスープ状になるだけだ。
「すごいすごーい、流石はレミ。それじゃあ、こんなのももういっか。」
サイカが例のスープをすくうと、スープは一塊になってサイカの中に入っていった。そして、『鏡』も同じようにサイカの中に戻っていく。そしてまた眼を閉じて、手を広げる。
「一つ目の家は藁の家、いともたやすく吹き飛んだ。」
サイカの詠唱が始まった。どれだけの長さかは分からないが、これはチャンスだ。私はレミをフライニーに預け、最高速でサイカに向かう。
「二つ目の家は木のお家、それでもすぐに消え去った。」
サイカの前に光の塊が出来上がっていく。胸に手を入れ、
「三つ目の……って、あれ?」
光の塊を目の前にしたところで、私はズメウを
しばらくズメウと下の様子を伺っていると、レミがこっちに近づいてきた。
「終わった、ですか?」
「それなら、良いけど。」
これで終わるなら、苦労は無い。案の定、ズメウの体は人一人分持ち上げられた。
「やっぱり、ね。」
地面に降りると、片手でズメウを受け止めている、というか持ち上げているサイカがいた。目をキラキラと輝かせている。
「すごいすごいすごい!これ、用意してきてくれたの?」
『我が主はそれはもう必死であったぞ。小娘。』
ズメウはまた飛び上がり、もう一度足で踏もうとする。今度もまたサイカは片手で受け止める。よく見ると、足元が少し沈んでいる。
私はズメウに魔力を送る。今度は、初めから全力で。
『分かっている、主エレノラよ。我もそのつもりであった。』
ズメウは飛び上がり、その身に炎を纏った。
「うーん、これは私も飛んだ方がいいかな。ね、エレノラさん。」
サイカは私にウィンクをして、跳び上がった。ひと跳びで五人分の高さに、二跳びでズメウと同じ高度まで。そして、落ちてくることは無かった。
私も追いかけよう。杖にまたがり、レミと共に高度を上げる。
サイカとズメウは、ぶつかっては離れてを繰り返している。どちらも傷一つついてはいない。
「うーん、なんだか、飽きてきちゃったな。」
サイカはふと空中で留まり、突っ込んでいくズメウを軽くいなす。そして右手を上げて詠唱する。
「ほしふるよるに、あなたを招待。せっかくのプレゼント、避けちゃダメだよ?」
空から音が聞こえる。上を見ると、昼間なのに一つ星が見える。
その星は、少しずつ大きくなって、赤くなっていく。
やがて、その星は赤く燃え盛る大きな岩となって、ズメウの元に降りかかってきた。
私はレミから魔力を受け取ってそのままズメウに流し、ズメウは大声を上げる。
「空を裂く生物の長よ、すべてを壊せ。すべてを壊し、自らを守れ。」
『祈らずとも、そうなる。』
ズメウは一度自分と同じくらい大きな星を受け止め、そして回転しながら頭突きを当てる。大きな岩は砕け、小さな石つぶてとなって地面に降り注いだ。
サイカは次の準備を始めていた。が、
『せっかく受けた魔力だ、使わんではおれんな。』
ズメウがひと吠えすると、火の軌跡を伴いながら一瞬でサイカの前に現れ、そしてサイカを食らった。文字通り、一飲みにしたのだった。
しかし、ズメウはすぐに吐き出す。サイカは何やら針のようなものを持っている。
『ちょこざいな!』
「おっきい子は内側からってね。……ところで、見ているだけなのは感心しないなぁ。」
サイカがこっちを向くと、私の方にその針を投げてきた。身をひねってかわしながら掴むと、その針はどろりと溶け、そして消え去った。
確かに、見ているだけではどうしようもない。だけど、どうすればいいんだろう。
魔女を殺すには、魔力を失わせなければいけない。その為に、何が出来るか。腕の二、三本でも吹き飛ばせたら、普通ならそれで十分。回復させるだけの魔力が無くなる。
けど、相手の魔力は普通より膨大なうえ、そもそもいまだに傷一つつけることができていない。あのズメウの突進ですら、正面から受けてなんてない顔をしている。
超重量が駄目なら、鋭さを増すしかない、か。
「レミ、風は起こせる?」
「はい。でも……はい。」
レミは私の目を見て、何か納得したようだ。
「風よ吹け。嵐よ起これ。すべてを覆し、すべてを変えよ。」
レミの言葉一つ一つに呼応するように、渦を巻きながらサイカに向かって強い風が吹いていく。
ズメウにも魔力を与え、その風に火を加えさせる。火は風に巻かれ激しく燃え盛り、風は火に煽られてその勢いを増す。そうして膨れ上がった炎の渦の一部が、サイカに向かう。
サイカは何事もないように、ズメウとじゃれ合いながら炎の風を上下に引き裂く。
なるほど、避けはしないけど、受けもしないのか。
「
風の量はそのままに、高さだけを狭める。すると風は勢いを増し、飛び出していく炎は少しずつサイカに近づいていく。
でも、まだ届かない。
「
上下も狭め、線を点にする。火はさらに勢いが増し、遂にサイカに到達せんとする。
「でも、これだったら避ければいいよね。」
サイカは軽くステップを踏んで位置をずらす。それを見て、私はにやりと笑う。
「
さっとサイカの行方を超えるように風の向きを変える。風は遂にサイカの元に届き、その身を切った。
正確には、サイカの服と、皮一枚だけ。それでも、決して傷を付けられないわけじゃない。
「あっぶなぁ。でも、こんなんじゃまだダメ。もっとそうめんみたいに細くなくっちゃ。」
サイカはにっこりと笑って、中空に大岩を作り出してこちらに投げ飛ばしてきた。風のカッターで切ろうとしたが、私が限界だった。私の魔法は解け、炎風はまた普通の風に戻った。
これだけで、もう魔力が切れかかるなんて。
「エレノラを守って!」
レミのそのひと声が風の向きを変え、勢いを強め、大岩の飛ぶ向きを下向きに返させた。
本当にこの子は。思えば、いつも大事なところで守ってもらっていたっけ。
私は微笑んで、サイカに叫ぶ。
「ねえ!ちょっとだけ待ってもらってもいい!?」
「仕方ないなぁ。三分間だけだよ?」
よくわからないが、とりあえず待ってくれるらしい。
……分かっていたことだけど、やっぱり私では『最強』には勝てない。力の差とかだけでなく、単に勝てるイメージが沸かない。このまま私主導で戦ってもただただ負けていくだけだろう。
それならいっそ、私の力をレミに使ってもらった方がよっぽどいい。しかも、私に遠慮とかしないで済むような形で。
レミを呼びよせ、私の杖に乗せる。
「ねぇ、レミ。あなたは、私の為に自分の友達と戦ってくれる?」
レミの髪を撫でながら尋ねる。レミは迷いなく、力強くうなづいた。
「はい。」
「一人になっても?」
「どういう?」
「いいから。」
レミは少し考えて、少し不安そうに頷いた。
「はい。エレノラの、頼みなら。……あの、」レミの口に手を当ててさえぎる。
自分の望みをこんな小さな子に託すなんて、我ながらずるい大人だと思う。でも、この子だったらやりきってくれる。私の見ていたものじゃない、この子の望む結末を、きっと掴んでくる。
そう信じているから、私のすべてを託そう。
「それじゃあ、いい?よく見てて。これがたぶん、最後に教える
フライニーを撫でて、カードに戻す。ありがとう。ゴメンね。
ズメウも呼び寄せて、一言謝る。
「ごめんなさい。私じゃ力不足だったみたい。」
『よい。我にとっては佳い刺激であった。』
そしてカードに戻す。そのまま地上に降り立ち、今までまたがっていた杖もカードに戻す。これで、私の持つすべての
そのカードをすべて胸から出す。ここには八体の生物といくつかの武器と防具、そして旅の道具が詰まっている。
「いい?やるのはそんなに難しくない。
力を込めると、すべてのカードが浮かび上がって私たちを囲むように回る。
「あなた達は皆わたし。さあ、私の元にお帰りなさい。」
そして、カードから魔力を抜いていく。
初めは、無機物のカードが色を失って、中にしまっていたものが外に飛び出てくる。
そして、八枚だけがまだ私たちの周りをまわる。
アマレット。私の初めての
ソバディゴ。私とレミとの仲を取り持ってくれた。ちょっと名前呼ぶの恥ずかしいけど。
コハク。レミはコハクの方がちょっぴり寝床としてはお気に入りだったみたいだ。
ハッピィ。少しいたずらっぽくて、でもレミと一緒に飛んでたのは綺麗だった。
アルカトラス。この子とレミと三人で一緒に寝たこともあったっけ。
ユニコ。そういえば、この子がレミの名付けた唯一の子だった。
フライニー。いつもレミを運んでくれていた。
そしてズメウ。これで、すべてのカードが力を失い、浮くのを止める。落ちないよう魔法で私の胸元にすべてのカードを戻す。
十年も旅をしていたというのに、思い出すのはこの子との事ばかり。その、私の想い人をそっと抱きしめる。彼女は腕の中で小さく震えていた。
「どうしたの?」
「だって……エレノラは、大丈夫なんですか?」
「大丈夫。カードに魔力を戻せば、この子たちも元通りになるわ。」
それでも禁忌とされるのは、これが
でも、それは伝えない。代わりに微笑む。できる限り、レミのことを思って。安心できるように。
「だから、ちゃんと勝ってね?」
腕の中で小さな頭が縦に動いた。顔をあげてくれないから、代わりにしゃがみこんで震える手をしっかりと握りしめる。レミからしずくが降りかかってくる。
「大丈夫。見えなくても、一緒に居るから。」
そのまま深呼吸をして、一つだけ、レミに魔法をかける。小さな小さな魔法、魔女じゃなくても使える魔法を。
「私の全てを、あなたに捧げます。」
そして私はカードになった。すべてをレミに託して。次に私が目覚めることがあれば、その時、レミはきっと笑って迎えてくれるだろう。
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