8-2 旅の終わり ―開戦―

 まずは情報収集だ。サイカの詠唱は多分レミの言葉だった。レミにどんな感じの詠唱だったか尋ねる。

 「えと、同じだけど、より強く、とか、より大きく、とか、そんな感じ、です。」

 レミは早口に、その分舌をもつらせながら答えてくれた。なるほど。それなら、きっと今の状況は良くない。

 サイカの出した影は、同じ形をした私の召喚獣サモナーを襲っている。とりあえず応戦しないで避けることに集中させているが、それもその内崩されるかもしれない。なんせあの影を形作っているのは、『最強』の魔力だ。どれだけ強くなっているのかは分からない。何が「おんなじ」なんだか。

 そうはいっても形は同じ。それならきっと弱点も。単純な話、有利な相手をぶつければ力量差はそれほど問題にはならないはずだ。

 あの子たちのことは、私が一番知っているんだから。


 大鷲は速度は出るものの、攻撃法は体当たりか嘴しかない。ハッピィなら大鷲の体当たりはひらりと身をかわせる。

 「空に守りをvaxpano fasciat。」

 ハーピーはなんでもできるがその分中途半端だ。フライニーなら、その巨躯で打ち壊すことも出来る。

 「雲に重みをqovaxpano solemen。」

 グリフォンはそれほど旋回性は良くない。アマレットなら、敵を翻弄しつつその翼で傷を与えられる。

 「風に刃をvalemeno vaparat。」

 熊はタフだが、この中では動きが速いというわけではない。コハクとユニコの二体で行けば、きっと少しずつでも削っていける。

 「水に流れをqolemeno qomov。」

 一角獣がその健脚を活かすには、確かな大地が必要になる。それを崩すのは、もちろんソバディゴの仕事だ。

 「土に窪みをsolemeno qoparat。」

 剣歯虎だけが相手なら、アルカトラスのパワーを抑えることはできやしない。

 「火に勢いをfalemeno vacongr 。」

 土の中を攻めるのは、あの子たちだけじゃ力不足だ。それに、私だって見てるだけで終わるのは性分じゃない。

 レミに魔力を分けてもらい、地面に手を当て、ソバディゴが勢いよく飛び出してくるタイミングに合わせて魔法をかける。

 「地の底に眠る大火を呼び覚ましsomov facongra falemeno odi socongro今この地に空く穴という穴にodi qoparato uni soqoparatoその熱よmiofalemeno 行き渡れsoglor alqoparat。」

 地面が一瞬大きく揺れ、そして内側からの振動は無くなった。

 それを機にまたソバディゴを地面に戻す。


 紫の影たちは、それぞれ相性の悪い相手に応戦しようとするも、少しずつ発光しながら体を小さくしていく。どうやら優勢のようだ。

 だが、戦況全体は全く優勢でない。ただ相手の手のひらの上で踊っているだけだ。なんせこの影を倒したところで、『最強』は少しも傷つかないのだから。

 当の『最強』は口に指をあてて少し考えている風だったが、何か思いついたように手を叩いた。

 「流石はメイド長さん。やっぱりおんなじだとダメかぁ。じゃあ、。」

 サイカの号令一言で影は一瞬で一つ所に集まっていき、合体した。むやみやたらに大きな、翼の生えた人のような形をしている。

 あの大きさ、ズメウなら対抗できる。けど、駄目だ。まだ例の『鏡』がある。ここでズメウの影が出てきたらもう勝てない。

 それに、やっぱりあの大きな影を倒したって『最強』へのダメージにはならない。ズメウは『最強』を倒すため、それだけのために出すようにしなければ。

 何はともあれ、あちらはいわば選手交代。第二ラウンドの始まりだ。


 *****


 とりあえず私の召喚獣サモニーを自分の元に集まらせ、影から一定の距離を取りつつ観察して、少し考える。

 魔力の塊とはいえ、『最強』自身がその形を変えるよう操作をしているのでない限り、どこかに核となる部分があって、そこを攻撃すれば雲散霧消するはずである。

 問題は三つ。核がどこに、何個あるかということ。そして、あの魔力には何が込められているのかということだ。

 七体の影が一つになったわけだし、少なくとも核は七個あるはずだ。常識的に考えれば二枚の翼、両手両足、そして胴か頭で七つだろう。バランス的には胴かな。核を連動して動かすには、どこかが同期を取るようになってるはずで、それも普通胴になるだろう。

 ただ、相手は『最強』だ。常識を信じ切っては裏をかかれる。別の可能性も考えておかなければ。

 とりあえずは胴狙い。その為に、まず屈んでもらおう。

 ユニコとコハクを左右の足それぞれに向かわせる。巨人は左足でそれぞれを踏もうと何度も振り下ろす。とりあえず避けさせるが、片足だけに反撃しても効果が薄い。

 それならばとソバディゴを潜らせ、魔力体が左足をまた上げたところで、右の足元に穴を開けさせる。魔力体はバランスを崩し、後ろ向きに倒れようとする。

 しかし完全には倒れない。背中の羽はどうやら飾りではなかったようで、ばさりと一振りしただけで体勢を元に戻してしまった。

 仕方がない。まずは脚だ。この隙に足元まで近づいていた二体に魔力を送る。

 「衝撃よsomovo伝いを伝いsodic sodico響きに響けvadic vadico軟きを通りvantrar qontraro硬きを崩せsoparat sovirgo。」

 右足に対して、コハクはかみつき、ユニコは角を立てる。その衝撃は閃光のように緑に輝きながら足を登り、胴を超え、頭を抜けて消えた。

 「どういうこと?」

 核を壊さないまでも、衝撃が頭まですり抜けてしまうなんて。少なくとも、右足と、胴と、頭には核がないということだ。つまり翼か両腕?おかしいと言えばおかしいけど、あり得ないわけではない。

 サイカの方を見ると、にやりとした顔を向けている。そして、魔力体は左足を左側に大きく上げた。

 「いけない!」

 二体に右足から離れるよう指示するが、彼らは動かない。いや、動けない。まるで糊付けされたみたいに、彼らの牙や角が足から離れられないんだ。それが込められていた魔法か。

 仕方がない。衝撃を受ける前に、彼らをカードに戻した。

 「あーあ、惜しかったなぁ。」

 サイカがわざとらしく声を上げる。

 「じゃあ、こっちから行くよ。」

 魔力体はこちらに向かって走りこんできた。私は杖を出して、レミの手をとって最高速で脇に飛び立つ。アマレットとフライニーも同じように脇を避ける。

 しかし、ハッピィはアルカトラスを抱えていて、いつもよりもゆっくりしか飛べない。

 魔力体はそのままアルカトラスとハッピィにボディプレスをかけてくる。そして、草をなぎ倒し、土煙を上げた。あれでやられてたら、こっちは一気に残り三体と私とレミになってしまう。

 魔力体の右側の煙が不規則に乱れる。やがて、熊を抱えたハーピーの姿が見えた。良かった。そのままハッピィを魔力体の翼の間に飛ばし、アルカトラスをそこに落とす。たとえ離れられないとしても、ここに落とせばアルカトラスを攻撃できまい。

 魔力体はぐるぐると体を回して、アルカトラスを振り払おうとするが、魔力でくっついていて腕が抜けず、また背中を地面に押し付けても両側の翼が隙間を作ってくれた。

 そして、アルカトラスには落としたところに向かって拳を叩きこませる。

 「教えてfadic響きをvadico衝撃の帰りをqovirg somovo他と違うところをsomutaro noali allemeno。」

 アルカトラスが突っ込んだ腕が感じたものを、私にも伝わってくる。何か固いものがあれば、その分だけ波が帰ってくるはずだ。

 結果は、一つだけ返ってきた。たった一つだった。問題は、その一つは長い波として帰ってきたことだ。

 そこから考えられることは一つ。あの巨体の中で核が動いている。それならやることは一つ。それを探して、壊す。叩けばくっつくから実際問題一発勝負みたいなものだ。

 さて、どうしようか。空を飛びながら考える。


 私の召喚獣サモニーは基本的に物理攻撃しかできない。間接的な攻撃だって、ハッピィに重いものを落とさせるとか、そういうくらいだ。そして、核の位置を正確に知るすべは無い。諦めるか?

 いや、さっきと同じことを二体でやれば核の位置を正確に割り出せる。ただ、その場合、もう一体はアルカトラスとは別の場所にくっつけないといけないし、そこはもはや安全な場所とは言えず、きっと波の帰りを待つことはできない。でも、まあ、やってみよう。運が良ければ、うまく行く。

 魔力体はアルカトラスを潰すのを諦めて、代わりに周りを飛び回る私達に向かって腕をぶんぶん振り回す。体が大きい分、振りも大きいから避けるのは容易い。

 攻撃の隙をついてハッピィをわき腹の辺りにくっつけさせ、足を思い切り魔力体に食い込ませる。

 「響きの交錯地こそodi vadicona socongro私の求める処miofatunt solemeno!」

 ちょっとでも気を逸らすため、私たちは魔力体の正面で飛び回り、アマレットを背中側に飛ばす。魔力体は、前にいる私たちに向かって腕をぶんぶん振る。良かった。目は無かったけど、とりあえずは気にしてもらえるらしい。

 敵のパンチを二、三発避けたところで核の位置が分かった。人の体でいうところのへその少し下。すぐさまアマレットに魔力を送る。

 「行けsomov風の刃よvalemenona vaparatamoその身を留めるものはないnolemeno sovirg yovalemenすべてを貫きqoparat allemeno自由を手qomutarにせよvaparato。」

 アマレットの突進を後ろから受けた魔力体は、腰を思い切り押されたように前に突き出す。そしてそのまま半分に折れ曲がった。魔力体は溶け出し、無形物となり、どろどろのスープになった。あれにくっついていた三体も、そのスープの中に取り込まれた。

 どうだと言わんばかりにサイカの方を見ると、サイカは笑みを崩していなかった。そして、そのスープがサイカの足元にまで流れたところで違和感に気付いた。どうしてスープ状なんだ?核をこわされた魔力体は雲散霧消するはずじゃないのか?

 「使。」

 サイカの詠唱とともにスープが明るい紫の輝きを放ち、私たちの手元に三枚のカードが戻って来る。

 そして目の前に先ほどと同じ魔力体が再び立ち上がった。正確には、なぜか翼の枚数が六枚に増えている。どういう魔法かよく分からないが、とにかくまずい。

 とりあえずいったん距離を取って気を落ち着けよう。

 これで、私の手持ちはフライニーだけ。あっちはきっと魔力をほとんど消費していない。『鏡』も健在だ。

 うーん、まったくもって状況をよくする手が思いつかない。詰んだ、かな。

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