8-1 旅の終わり ―終点―

 或る旅の途中。


 私とレミは平野に辿り着いた。

 レミは新しいローブを身にまとっている。羽織るものが無いとなんとなく落ち着かないらしい。

 「ここはね、昔、戦場だったらしいわ。」

 レミにここの成り立ちを伝える。

 「どれくらい、ですか?」

 「少なくとも、私が生まれるよりは前。その頃、この平原を挟むように二つの王国があってね。それぞれの王国は、互いに干渉しないように逆側に発展していったんだけど、それも限界が来て。それで、ここで争うことになったらしいわ。」

 話しながら視界を平原にやる。

 見渡す限り、自分よりも高い物が存在しない一面の草原。立木もない。岩はあってもせいぜい腰くらいの高さしかない。

 「この大陸で行われた、最も大きな戦争だって言われてるわ。兵士も魔女も、入り混じって殺し合って。」

 ふと、岩に座る人影を見つけた。

 動きを止めたレミの背中をポンと叩いて、そっちに進むように促す。

 レミは少し心配そうに、すこし悲しそうに私を見て、それから歩き出した。

 あそこにいるのは、レミの初めての友達。

 「それから、ここは草も木も生えない死んだ土地になったらしいわ。」

 あそこにいるのは、私の仇。

 「それでも、私が生まれた頃にはようやく草が生えだして。だから、ここには木が無いの。」

 あそこにあるのは、私たちの旅の目的。

 そこに、遂に辿り着いたのだ。

 「待ってたよ、二人とも。待ちくたびれるくらい。」

 岩に座っていた人影はぴょんと飛んで立ち上がった。

 せっかく緑の見えてきたこの平原も、また元の土色に戻ってしまうことだろう。


 *****


 私たちの目の前には、サイカが立ちはだかっている。

 手には例の魔石を持って。『最強』の魔力を隠すことなく。

 「でも良かった。前に会った時、メイド長さん、レミのことなんかどうでもいい~って感じだったけど、仲直りしたんだね。」

 サイカは初めて会った時と変わらない。長い黒髪をたなびかせながら、いたずらっぽく笑っている。

 いや、あれは本当は二回目の出会いだったんだ。

 戦いの前に、聞きたいことがあった。

 「ひとつ、聞いてもいいかしら、『最強』。」

 「サイカって呼んでよ。水臭いなぁ。」

 無視して続ける。

 「あなたはどうして人を殺すの?人を殺して、街を消して、島も崩して。それであなたが得られるものって何なの?」

 サイカは少し私の顔を見つめてきた後、私の話なんて聞いてないかのように、魔石を覗き込み始めた。

 「ねえ、メイド長さん。どうして、私と戦おうって思ったの?」

 「質問に答え」「答えてくれたら。」

 叫ぶように返したら、言葉を遮られた。サイカはじっとこっちを見ている。

 「私も、ちゃんと答えるから。」

 少し考えた後、答える。今の私の考えを。

 「……自分の為よ。殺された妹の為とか、ましてやあなたが危険だからだなんて言うつもりはもう無い。ただ、もうあんな悔しい思いをしない為。あなたに勝って、あんなことはもう起こらないと、自分を安心させるため。」

 そう。そこを間違えてはいけない。誰の為でもない、私は私のためにの為に。

 サイカは「そっか」とだけ返す。そして、また魔石の方に視線を戻した。

 「わたしはね、物語が好きな、普通の女の子だったの。いつかこんな主人公になるって、王子様がやってくるって信じるようなちょっと夢見がちな、幸せな女の子。」

 サイカは覗き込んでいた魔石をポケットにしまいこんだ。

 そして、昔を懐かしむように後ろで手を組んでゆっくりと歩き出した。

 「でも、こっちに来てから変わった。わたしの夢はこっちに来て終わっちゃったの。……別に、酷いことをされたわけじゃないよ。むしろわたしをこの世界に召喚した人は良い人だった。不思議な人で、まるで自分の子供みたいにもてなして、魔女にしてくれたのもその人だった。」

 そこまで語って、はたと止まった。そしてこっちを見て、にっこりと笑った。

 まるで罪を犯したことのない赤子のような、無邪気な笑みだった。

 「でもね、だからこそ気付いちゃったの。わたしの大好きだった主人公たちは、みんな不幸だった。世の中の素敵な物語は全部不幸から始まっていたって。だから、殺したの。わたしを不幸にするために。わたしを世話してくれたその人を。」

 サイカは顔色を変えずに語る。

 その笑みとは裏腹の語る内容の差に、背筋が凍る。

 「あなた、自分の師匠を殺したの?」

 「うん。でも、あんまり不幸せにはらならなかったな。まあ、考えてみたら当然だよね。不幸っていうのは、その人とは関係ないところからふっと降りてくるものなんだから。だからね、わたしは主人公になるのはあきらめて、また物語を読むことにしたの。わたしが生み出した、わたしのための物語悲劇を。」

 サイカは、両手を広げ、後ろを向いた。今なら隙だらけに思えるけど、不思議と体が動かない。

 「終わり良ければ総て良し。長かったメイド長さんの素敵な物語も、そろそろ幕を閉じないとね。それに、レミも。」

サイカの手が淡く紫に輝き出した。あれは、見飽きるくらいに見てきた、魔力の光。

 「レミ!」

 「エレノラ!」

 私たちは同時に叫んで、互いをかばうように丸くなって、力の限りに防壁を張る。

 サイカの手の輝きは、どんどん強くなっていく。これまで見たことのないほどに。

 「わたし、二人ともとっても気に入ったから、とっても素敵な物語にしてあげる。だから……頑張って、耐えてね?」

 顔だけをこちらに向け、サイカがそう言い終えると、手の光が爆発を起こし、四方に爆風をまき散らす。

 耳に入る音は無くなり、視界は白く、感じるのは必死に掴み合っているレミの細い腕だけ。そこ以外は全部空気と混ざり合ったようにぐちゃぐちゃになる。

 それが、永遠とも一瞬ともつかない間続いたように思えた。


 *****


 一瞬、身体の奥底を震わされるような感覚を覚え、それから体の全感覚が元に戻った。腕の中で、レミが心配そうな眼をこちらに向けていた。

 「大丈夫、ありがと。」

 レミの髪を手で梳く。魔力による気付けって、こんな感じなのか。寝ぼけ眼が朝焼けに開かれるような気分だ。

 「レミ、とりあえず、私一人にやらせて。ドラゴンの時みたいに、魔力だけちょうだい。」

 「でも……いえ、分かりました。でも、必要なら助けます。」

 「うん。よろしく。」

 どんな最後を迎えるとしても、最初だけは自分の力でやらないといけない。そうじゃないと納得出来ない。


 髪を梳いていた手を、そのまま胸の中に入れ、カードを七枚取り出して召喚サモンし、レミを背中に隠す。

 切り札ズメウ以外出し惜しみは許されない。そんな相手が、少し離れたところで口角を上げている。

 「そっか。メイド長さんも召喚士サモナーだもんね。それじゃあ、私も。」

 サイカは後ろを向き、何もない空間に板があるように手をかざす。

 「?」

 すると、仮想の板が実態となり、水鏡のように揺れながらも私の召喚獣サモニーをすべて映し出していた。

 気にせずに全員で囲むようにしながらサイカを襲わせる。

 「?」

 一番早いのは大鷲アマレットで、こちらに向きなおした彼女の長い髪の毛をついばもうとしたが、薄紫の影に遮られた。

 紫影が飛び出してきた鏡は波を大きく揺らし、そこからさらに五体、影が出てきた。アマレットを遮った影と合わせてこれで六体だ。自分たちによく似た造形をした六体を前に私のほとんどの召喚獣サモニーはたじろいでしまった。

 「おっと、大事な子を忘れてた。」

 サイカは 鏡に手を突っ込み、グイッと引っ張った。その手には同じく紫色をした、土竜のような形をした影が握られていた。サイカが手を離すとその影は穴を掘り、地中に潜る。

 「これでおんなじだね?メイド長さん。」

 サイカは、いたずらを仕掛けた場所に大人を連れて行くみたいな、そんな顔をこちらに向けていた。

 この子たちを扱うことにかけては、こちらに一日の長がある。舐めないでもらいたい。

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