7-3 戦いの準備 ―攻防―

 私が上に飛ぶ頃にはすでに遅かった。ズメウは完全に上がりきり、体をこちらに向けていた。そのまま急降下してくるズメウをぎりぎりでかわす。

 ズメウはそのまま滑空の姿勢に入り、高速で旋回して戻って来た。

 大岩の塊が飛んでくるような体当たりをぎりぎりで下にかわす。だが、下に逃げていてはじり貧だ。

 上に飛ぼうとすると、さっきよりも急角度で曲がってまた戻って来た。やはり避けやすい下に身をかわしてしまう。繰り返す内、ズメウはどんどん加速している。

 このままただ避けている方がかえって危ない。ハッピィを地面に下ろし、レナの方を見て魔力を送らせ、体にため込む。

 それをそのまま杖に流し、ズメウの体当たりを避けたところで後ろに着いていく形をとった。

 「速く、速く、もっと速く!」

 ぶつぶつ唱えながらズメウを追いかけるが、どれだけスピードを上げても、どんどん距離を離される。なんていうスピード。こんなものにぶつかられたら、跡形も残らなさそうだ。

 これ以上離されるとまずい、といったところでズメウが急上昇をかましてくる。

 どういうことだ。考えるとその分離される。むしろ曲がってくれるのは、その分スピードが落ちるし、こっちはまっすぐ追いかければいいから好都合だ。たどり着く地点を読んで先回りするように動く。

 あと数秒で合流する、といったところで今度は急停止してきた。こっちも止ま……いや、駄目だ。

 そのまま速度を落とさずに直上を飛び越える。振り返れば、炎の柱が上がっていた。もしも止まろうとしていたらあの柱に突っ込んでいただろう。

 『この程度は読んでくるか。』

 舐められたものだ。が、そうつぶやく余裕もない。すぐさま切り返して付かず離れずの距離を取ろう。そう思って振り返れば、

 『遅い。』

 目の前にズメウがいた。嘘だ。さっきまで確かに止まって。

 瞬間、視界に星が舞う。体がどこを向いているのか、頭がちゃんと上にあるのかも分からない。

 ただ、落ちているのは分かる。ハッピィを呼ぶが、きっと彼女が来る頃には地面とご挨拶を終わらせてしまっていることだろう。

 「風よvalemeno我をこの場に留まらせ賜えnofamutar miovamov odi fadicoせめて一時の休息を与え賜えqosciat miofasciato, qoglor 。」

 とにかく宙に浮くように詠唱をする。それでなんとかブレーキを掛けて、ようやく自分の置かれた状況を理解し始める。

 私は頭を下に落ちていて、杖は二つに折れてしまったようだ。

 状況は悪くなるばかり、といったところか。


 ひとまず態勢を整え、ズメウの方を見る。

 『さあ、どうする?地を這う人間よ。』

 胸元のカードを確認する。アマレットとフライニーは呼ぶのにもう少し時間がいる。杖も折られてしまっては、空を裂くもの相手に空中戦は分が悪い。ここは一旦地面に戻った方がよさそうだ。

 私は両手を広げ、後ろに体重を預け、そのまま仰向けに落ちる。追いついたハッピィがそんな私を抱え、そのまま山の頂上に引き返す。


 山頂に戻ると、レナとユニコが寄ってきた。が、手のひらを向けて留める。もう一方の手を頭に付けると血が出ているようだった。レナが魔力を送ってくるのを一喝する。

 「やめなさい!こんなの、放っておけば止まるわ。」

 こんなのに使える魔力などありはしない。空を睨むとズメウが羽ばたきながら降りてきた。

 「さっきの、魔法ね。」

 どういう魔法かまでは分からないが、一瞬であの距離を詰めるなんて、そうとしか考えられない。

 ズメウはグェッグェッと笑う。

 『魔素を従えるも当然のことであろう。』

 全くその通りだ。魔力を扱えるものが、魔法を使えないわけがない。想像力の欠如と言われても何も言い返せない。

 『さて、翼を失われた鳥はそこで何を囀るのか。』

 ズメウは地面に降りたつと同時に咆哮を上げる。タイミングはつかめても、やっぱり体は硬直してしまう。幸いに追い打ちは無かった。

 ユニコを引き寄せてレナの後ろに乗る。代わりにレナを下ろし、ハッピィに抱えさせて空に飛ばす。

 これで、とりあえずの機動を確保するようにしよう。とはいえ、尻尾の当たる所には近づけない。時間稼ぎのための機動力だ。もう少しで、フライニーも召喚サモンできるようになる。


 目の前の岩山のような巨大なドラゴンは、四つん這いで立ちながらこちらに顔を向けている。まだ目を開いてないところを見るに、私の魔法は打ち消されたわけではないのかもしれない。肌も赤黒いままだ。

 『優しいものだな。常に争いの場から離すとは。』

 何のこと?ああ。レナか。

 「そんなんじゃないわ。ただ、余計なことに煩わされたくないだけ。」

 そう。集中しなければ。一瞬でも気を抜けば、そこを突かれて終わってしまう。

 ズメウは一歩も動こうとはしない。大きな体に比べれば短い手足を見るに、陸上ではあまり移動できないのかもしれない。つまり、こうして地上に降りているのはチャンスなのかも。

 距離を取ったまま胸に手を入れる。張り付かなければ、私程度の魔法は蹴散らされてしまうし、また空に飛んでいってしまうだろう。

 盾を取り出し、魔力を込める。そして、ユニコをズメウの方に走らせる。

 『ほう、向かってくるか。』

 ズメウは軽く足をならし、そのまま一回転してくる。

 「盛り上がれsolemen!」

 向かってくる尻尾に対して地面を隆起させ、軌道を上向きに変える。そのまま盾で尻尾をいなす。よし、回転は何とかなる。

 『では、これならどうだ。』

 そのままこちらを向きなおしたズメウは、羽ばたきながら腕一本で立ち、体をひねって尻尾を叩きつけてくる。

 体が大きい分動きが読みやすく、これは少し曲がるだけで避けられた。

 ズメウはまた羽ばたいて後ろ足を上げる。これは、ちょっとまずい。

 土竜ソバディゴ召喚サモンして急いで穴を掘らせる。人一人分が何とかはいれる穴ができたところで、ユニコの召喚サモンを解き、その穴にうずくまる。

 その瞬間、視界が真っ暗になった。穴の上をズメウがのしかかってきたのだ。もう少しでも遅かったらぺしゃんこだった。だが、やはりチャンスだ。

 「水はすべてに浸みqontrar allemeno侵すqomutarあらゆるものに取り込まれfantrar alnumo内側から弱くするfanum sotraro。」

 火が駄目なら、水だ。熱でもって乾いたところに水をしみこませるのは容易だった。だが、自分で掘った穴を埋める気分ではある。やがて、ズメウの体から水が染み出て私のいる穴に入りこんできた。

 『ええい、鬱陶しい。足掻くでない!』

 ズメウは気持ち悪くなったのか、飛び上がって行った。

 私はソバディゴを地面に残して立ち上がる。ズメウが羽ばたくたびに、雨が降るように水が落ちてくる。ダメージにつなげるにはもうひと手間が必要そうだ。

 あっちが飛ぶなら、私も飛ぼう。もうフライニーも召喚サモンできる。

 フライニーに飛び乗って、また空に戻る。


 *****


 「大丈夫ですか!?」

 レナとハッピィが寄ってきた。けど、すぐさま地面に下ろし、代わりにこちらの高度を上げる。さっきまでいたところに炎が通り過ぎていく。

 ズメウの方を見ると、顔の辺りから蒸気が上がっている。どうも自分の炎でそうなったようだ。

 体液が肌から出るってことは、隙間があるということか。攻めるなら、むしろそこなのかもしれない。

 と、ズメウが突進してくるのを高度を下げてかわす。空に出れば、やはりスピード勝負になる。

 フライニーを軽く叩き、ズメウから逃げながら大きく旋回させる。その間にアマレットを召喚サモンして空高く飛ばせる。何が起きるか、観察させるために。

 私の方は、ズメウの急接近に備えていくつか防御線を張る。

 「触れるなnofaglor触れるなnosoglor一度触れればfaglor valemeno抑えはつかぬnoqomutar qonuma風の嵐にだれも敵わぬnofaglore valemena fadomato。」

 触れるとかまいたちを起こす風の機雷をばらまく。飛ぶのはフライニーに任せ、風の機雷の位置調整に集中だ。常にズメウの居る方向に設置するように。

 しかし、ズメウは軽く吠えたかと思ったら、私達の真後ろに跳び出てきた。そしてそのまま前足をこちらに振りかざしてくる。フライニーは全く反応できていない。まずい。まずい。

 防御線のつもりだった風の爆弾を自分たちの体に思いきり近づけ、私たちにその爆風を食らわせる。その衝撃でズメウの前足を少し押し戻し、同時に私たちはズメウから距離を取った。少し痛かったが、まあしょうがない。

 アマレットを呼び寄せ、その記憶を探るに、どうやらズメウの魔法は瞬間移動ではなく高速移動なようだ。人の知識を越えている訳ではないんだな。それなら、むしろ一帯に爆弾をばらまいて静止していた方がいいかもしれない。

 物は試しだ。レナの方を見て、魔力を求める。求めに応じるようにすぐに多量の魔力が送られてきた。

 「広がれsoxpan壊せsoparat跡形無くせfamutar nofadico道を塞いで来る者無くせqomutar vantraramo uni novantrar寄せるは帰せfaparat vamovamo引かぬは押し出せvamutar novamovamoすべてのものをali allemeno我より離せvamutar odi mio。」

 フライニーとアマレットに指示を送りながら、空一帯に魔法をかける。ある程度自分が動ける範囲を残して、球状に風の爆弾をばらまく。

 これでとりあえずは近づけないはずだ。そうすれば、次に来るのは。

 案の定ズメウは口を開き、こちらに向かって火の玉を吐き出そうとしている。

 「いざや飛び出せuni vamov!」

 一斉にその口めがけて周りの爆弾を飛ばす。眼球、体内と攻撃しようとしてきたが、口の中はどうだ。風の衝撃と風圧、それに乱れた火の粉で視界がゆがむ。

 やがて晴れると、ズメウの口から血が出ているように見える。よし、初めてまともなダメージを与えられた。


 しかし、それは逆効果だったかもしれない。ズメウは炎を辺り一面に吐き散らしながらこちらに向かってきた。慌てて背中を見せて逃げ出す。

 しかし、突進は避けられても周りに散らされた炎までは避けきれない。少し髪が焼けてしまった。

 『佳い、佳いぞ人間。我に傷を負わせる生物と出逢うはいつぶりぞ。』

 そんなもの聞かれたって知る由もない。しかし、どうやらご満悦の様子だ。

 『だが、まだ甘い。「最強」とやらに敵う力を見せてみよ。』

 言われて目が覚めた。そうだ、私が相手にするのは街一つを消し去る魔法使い。こんなところで苦戦している場合じゃない。

 目指すべきは一撃必殺。狙うべきは敵の弱点。口腔内は有効だった。体内への直接的な攻撃も悪くないかもしれない。しかし、どちらも決定打にならなかった。

 もっと集中させなくては。そのためには、相手の動きを止める必要がある。でもどうやって?

 考えているとズメウがまた突進してくる。人のことは言えないが、攻撃のバリエーションが少ないものだ。とはいえ、一度でもあの速度をまともに受ければ、ただでは済まないだろう。

 『さて、こちらも本気を出そうか。』

 遠くで飛んでいたズメウは炎を吐いたと思ったら自分の体を飛びこませ、その巨躯に炎を纏わせた。そして、また軽く吠えるとその炎は四つ足に集中していった。

 これで、さっきは耐えられた攻撃も今度はどうなるか分からない。

 ズメウはまた吠えると、いつの間にか目の前で燃え盛る前足を振り下ろそうとしている。

 気付いた時にはもう遅い。しかし、受けるわけにはいかない。

 フライニーの召喚サモンを解いて、そのまま落下してズメウの攻撃を避ける。

 落ち際にアマレットの足を掴んで何とか飛び続けたが、もはや空で戦うことはできなさそうだ。フライニーを召喚サモンするのにはまた時間がかかる。

 私たちはまた山頂に戻った。ユニコもまだ召喚サモンできない。コハクじゃ私を運べないし、機動力に頼る戦いはもうできない。


 ここは、序盤に得たアドバンテージを利用しよう。レナから魔力を受け取って周囲に散らす。

 ズメウは目を塞がれているので、代わりに魔力を読みとって私の居場所を探っているはず。これは私の位置を散らす霧になるはずだ。

 すこし、魔力の消費は高いけれど効果はあったようで、ズメウは戻って来てからも、探すように首を振る。

 しかし、このままではいけない。しびれを切らされて一帯を炎の海に変えられたら、どうしようもない。

 魔力を集中させて人型にかたどる。

 ズメウは集中させた二体と本物の私を見比べる。身動きを取ってはいけない。他の二体と区別されてはいけない。身代わりを、私達と区別させなければ。

 私の中の魔力を少しも動かさず、身代わりを少し動かす。わざとらしくはいけない。ほんの少し、呼吸で肩が上がるような、どうしようもない動きを演じさせるんだ。

 ズメウは、ものすごい反射神経を見せた。狩りをする時の鷹のように、高所から一瞬で距離を詰め、その燃え盛る鋭い後ろ足で動かしたばかりの魔力に襲い掛かる。

 ズメウの動きに合わせて、アマレットを私の元に飛び寄せる。私はその足を捕まえ、身代わりの元に急ぐ。きっと時間は無い。胸から短槍を抜き、もう一体の身代わりの魔力を槍に込める。今は言葉よりも速さだ。

 「如何なるものもこの槍を止めることは無い。この槍、あらゆるものを貫き通す無敵の槍。」

 ズメウはもはや止まることも出来ず、そのまま身代わりに突っ込んでいった。

 身代わりは雲散霧消する。そして、足元の地面も崩れ去り、ズメウはソバディゴの空けていた大穴にハマった。翼は複雑に折られ、すぐには羽ばたくことはできないだろう。

 「この槍に穴を開けられぬものはなく、この刃を砕くものは何もない。あらゆる艱難を突き崩し、いかなる敵もその鋭さの前に打ち倒す。」

 大穴の前でアマレットを掴んでいた手を離し、ズメウの首元に立つ。狙うは瞼の隙間、そこなら、きっとこの刃も通る。

 「目に見えるは全てまやかし。この槍に届かぬ所など在り得ない。故に最強。故に、無敵!」

 詠唱を終え、魔力をすべて槍に込め、思い切りズメウに突き立てる。突き立てた瞬間、魔力独特の光がまぶたから漏れ出た。

 手ごたえは、ある。岩に弾かれたような感触でなく、生焼けの肉に刃を突き立てるような、あまり気分のいいものではないその感触。

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