7-2 戦いの準備 ―往訪―

 朝、目が覚めるとすでに双子は活動を始めているようだった。私が起きたのに気が付いたようで、『唱える双子トーキーツインズ』が話しかけてきた。

 「おはようございます。起こしてしまいましたか?」

 私は首を振った。レナの方を見ると、まだ眠っているようだ。すこし、枕元が濡れている。

 「何があったのかは存じ上げませんが、旅の仲間とは仲睦まじくあるべきなのではないでしょうか。」

 「仲が悪いように見えた?」

 「いえ。……差し出がましい口ぶりでした。」

 私はレナを揺り起こす。レナは、今日はしっかり目を覚ましたようだ。

 「来ました?」

 椅子についている『画き出す双子ドローリーツインズ』が首を振る。

 「いえ。我が主は未だお戻りにはなられておりません。朝食をとる時間程度はあるでしょう。いかがですか?ご一緒に。」

 机の上には、すでに四人分の食事が用意されているようだった。

 「悪いわね。」

 「構いませんよ。代わりに、あなた方が帰ってこなかった時にはあなた方の装備をいただきますので。」

 どうやら、兄の方はすこし性格がよろしいらしい。

 「それに、私たちが帰ってきたらここを離れることになるだろうしね。」

 「そういうことです。その時、荷は軽い方がありがたい。なので、どうぞお気遣いなく。」

 まあ、そこまで言うならありがたくいただくとしよう。

 「何か盛ってるなんてことはないわよね。」

 「我々は必要のない事は致しません。なんなら一口ずつ食べていきましょうか?」

 『画き出す双子ドローリーツインズ』はにやにやと笑みを返してくる。まあいいか。私たちは席に着いた。


 食事を済ませたところで、身体が揺れた。いや、家全体が揺れている。

 「あのお方のお帰りでございます。」

 「よく壊れないわね。」

 「これでも魔法と魔術で守っておりますから。それでも、壊れることはございますよ。」

 ふと見れば『唱える双子トーキーツインズ』が魔方陣に向かって魔法を唱えている。二人の得意技という、魔法を掛かった魔力を魔方陣に流し、効果を強化する技術だ。

 それで家の揺れはピタリと収まり、崩れそうになっていた棚の中身も元の位置に納まった。

 そこで双子は立ち上がった。そして、同時に声を出す。

 「それでは、御二方。我らが主の元へお見送りいたしましょう。」

 二人の手をそれぞれ取って、私たちは家を出た。


 *****


 私たちの前には、平となった山の上に、家のような大きさの岩があった。その岩は今、銀色の宝石を見開いてこちらを覗いている。

 『貴様等が、「円卓の管理者 バトレスオブラウンド」に「ひよっ子ビギナー」、いや「白の魔女ラフダイヤモンド」だったか。』

 その岩は、私たちに対して念話をしてきた。レナが辺りを見渡している。やがて、岩の方に体を向けた。

 「まさか、あなたが?」

 その岩は、宝石のついた部分を上下に動かした。

 『左様。大地を食らい、永きを生きるうち、自然とこのようになったのだ。』

 レナがこっちを見る。正直、私も少し驚いている。そういう魔法を使ったことはあるけど、人間以外でこういうことができるなんて。

 「人間以外と話すのは初めてね。自己紹介も必要なさそう。」

 『本題から入るがよいぞ。我を召喚獣サモニーにしたいそうだな。』

 今度は、結構驚いた。

 「どうして知っているの?」

 『我は事象の宝物庫。貴様等が何を行ってきたか、この世界のことであれば、話す必要はない。必要なのは貴様等の心の内のみぞ。』

 なるほど。それなら、単刀直入に行こう。

 「私には、あなたが必要なの。『最強』に勝つために。」

 今度は大岩の方が驚いたようだ。すこし身を震わせている。

 『「最強」とは、あの大海と空を引き裂き喧騒を止めた小娘か。面白い。だが、貴様の身には少し余ることではないか?まだそっちの小娘の方が見込みがありそうなものだが。』

 私はレナに合図をして、魔力を送らせる。同時に、私もユニコとグリフォンフライニー召喚サモンする。

 「そんなの、やってみないとわからないでしょう?」

 『ほう、それが召喚サモンとやらか。なるほど、確かに知るだけでなく、実際に見なければな。良いだろう。我に勝てば、我は貴様の軍門に下るとしよう。』

 岩は翼を広げ、ドラゴンとなった。

 『我はズメウ。我を愉しませよ、人間。』

 そして咆哮が上がった。ただ大きいだけではない、魔力のこもった声が私達を揺さぶってくる。


 耳鳴りがひどい。目も霞む。体が熱い。体の中の魔力が怒号に呼応して暴れまわっている。ただのひと鳴きで、これか。

 魔力の流れに意識を集中させ、正常に戻す。召喚獣サモニー達にも気付け代わりに魔力を飛ばす。

 『こんなものか、人間。』

 ズメウと名乗ったドラゴンが、翼で突風を送ってくる。腕を風避け代わりにして、必死にその場に立つ。

 「まだまだ、始まったばっかりでしょ?」

 杖を取り出し、グリフォンと共に飛び上がる。ユニコはレナの方にやって、上に乗せる。

まずは機動力の確保だ。

 さて、どうやって勝とうか。とりあえずズメウの周りを飛び回る。

 前の経験から言うと、とりあえず狙うは目だろう。あの皮膚はどう考えても攻撃を通さない。目なら、あるいは通じるかもしれない。少なくとも、前のドラゴンには通じていたわけだし。

 と、またズメウが咆哮を打ってきた。今度は身をこわばらせ、しっかりと守る。よし、集中すれば問題はない。しかし、その代り動きを止めてしまうな。ここを狙われると、ヤバいかも。

 ズメウの方を見ると、こちらに向きながら城壁の門ほどもありそうな口を大きく開けている。よく見ると、奥の方が赤くなってきている。これは、まずい。

 「風よvalemen!」

 自分の前に風の壁を作る。瞬間、視界が真っ赤に染まり上がり、熱風が髪を焦がす。

 危なかった。

 『この程度は軽くいなすか。そうでなくてはな。』

 そしてズメウも飛び上がってきた。なるほど、ウォーミングアップはここまでというわけか。


 *****


 飛び上がったズメウは、もはや何物にも形容しがたい。前に戦ったドラゴンなんか赤ちゃんだったのかもしれない。そう思わせるほどに、大きな塊だった。もはや、体当たりをじかに受けた時点で終わりだろう。

 しかし、逆に言えばこの大きさ、その翼では左右に素早く動く為には助走が必要となろう。動きを止めるために、フライニーと共にランダム飛行で周りを飛び回る。

 『どうした、そんなものではいつまで経っても終わりはせんぞ。』

 「分かってるわよ!」

 ええい、こっちは話すのに口を開けなければいけないんだ。気が散るから話しかけないでほしい。

 『それなら、こっちから行こうか。』

 ズメウが大きな口を開いた。方向を上げるため、身体が一瞬止まる。今だ!

 「疾風が如き刃をもちてsomutar vaparato valemenolaあらゆるものを切り裂き尽くせvaparat, vaparat allemeno。」

 素早く詠唱を済ませて手元のカードとフライニーに魔力を送る。カードからは大鷲アマレットが飛び出し、フライニーと共に右と左のそれぞれの目を狙う。

 ガィン!

 金属同士がぶつかり合ったような、鈍い音が響いた。アマレットの翼も、フライニーの牙も、どちらもズメウの瞼に止められていた。

 『甘いな。』

 ズメウは開いた口を閉じ、その場でぐるりと一回転をしてアマレット達を吹き飛ばした。回転のさなかに打撃を入れられたようで、どちらも力なく落ちていっている。仕方がないので召喚サモンを解く。代わりにハッピィを召喚サモンする。そして、またランダム飛行を始める。

 『ふん、その動きは見飽きたぞ。』

 どうする。目はダメだった。少なくとも、瞼の上からでは文字通り歯が立たなかった。その上、アマレットとフライニーはしばらくは召喚サモンができない。

 逆の考えでいこう。瞼が固いなら、瞼が開かないようにしよう。そうすれば時間が稼げるし、何か妙計が見つかるかもしれない。

 胸元から紙切れを出し、魔力を込めてレナの元に送って指示を出す。レナはすぐにユニコの上から魔力を送ってきた。その魔力は使わずに、体の中に留めておく。代わりに、胸から剣を召喚サモンする。

 『ほう、どう来る。』

 ズメウは余裕の様子だ。その牙城を崩す、第一歩になればいいが。まずはハッピィを向かわせ、その後ろから付いていくように私もズメウの方に向かう。

 「何物よりも固くnosomutar suri allemeno如何なるものにも侵されずnoqomutar suri alnumo砕けることなくnovaparatまた延びることもないuni nofaxpan。」

 送れる限りの魔力をハッピィに送る。せめて、召喚サモンが解けないように。ズメウは振り返りざまに裏拳一撃をハッピィの体全体に叩き込む。羽が散ったが、何とか堪えられたようだ。吹き飛びながらもハッピィは態勢を整えている。これを無駄にしちゃいけない。

 裏拳で開いたスペースに入り込み、剣を構えてズメウの顔に向かう。ハッピィの方を向いていたズメウがこっちに振り返り、そこに出てきた目に思いきり剣を突き立てる。

 ぎぃん!

 またしても鈍い音。加えて手が思い切りしびれる。やはり瞼に防がれたようだが、なんとか固定できたようだ。

 間髪入れずにもう一本剣を出して、体をひねりこみながら跳び上がってもう片方の目にも突き立てる。

 固い壁に打ち付けた時のようなしびれが左手に襲い掛かる。けど、これで両瞼に触れることができた。

 「熱した鉄が冷え固まるようにali falemenetamo faxpano vagloar離れたものは一つとなりqocongr faparatoもはや離れることなどありえないnoqoparat, nofaparat。」

 詠唱しながらレナの魔力を剣伝いにズメウの瞼へと流し込む。ズメウが首を振り出したので、いったん離れて様子をうかがう。その場でもがいている様子だ。巨大な手で顔を洗ったりもしているが、銀の宝石が見えることは無かった。成功だ。

 「魔力を!」

 レナに叫びながら暴れまわるズメウの背中に掴みかかる。そして送られてきたレナの魔力を使って魔力を編む。

 「燃えよfalemen盛れよsolemen血よ熱せよsoglor qotunto。」

 瞼に魔力が送れるのだから、体内にも送れるやもしれない。体液が沸騰するように魔法をかける。少しずつ、少しずつだが、岩のような肌から熱が伝わってくる。暴れまわっているのもあって、やがてしがみついていることも出来なくなり、ズメウの体から離れる。

 私が離れると、ズメウは暴れまわるのを止めた。熱のせいか、ズメウの体は赤黒くなってきている。

 『これで終わったつもりか、人間。』

 ズメウは振り返り、ちょうど真後ろに居た私に向かって大きな口を開く。ヤバい!慌てて右に思いきり飛ばす。

 直後、さっきまでいたところが炎の渦に飲み込まれていった。

 口を開いてから炎が出てくるまでの時間が早くなっている気がする。これはまずいことをしたかもしれない。

 『炎の王たる我に熱を与えるとは、愚かなり。』

 言われてみれば、確かに炎を吐く相手にかける魔法ではなかったかもしれない。しかし、ズメウの体からは、煙が出て切る。ある程度のダメージにはなっているはず。

 それに、ズメウの瞼はまだ開いていない。このままズメウの体温が上がりきるまで逃げ切れば勝ちのはず。

 ハッピィも戻ってきているし、状況はかなり好転しているはずだ。

 しかし、ズメウは右側を飛んでいた私を真正面に捉えるように顔を動かし、また口を開く。

 そして、逃げる私を追いかけるように炎弾を数発吐き出してきた。どう考えても、私のことが見えている。

 そうか、魔力だ。私の魔力を追っているんだ。

 『魔力を扱えるのは己等だけと思うたか。甘いわ。星と共に生きる我には児戯も同然。故に。』

 そしてズメウは炎弾を吐くのを止めた。代わりに息を吸う音が聞こえる。これはまた咆哮が来る!

 絶音。

 風の音すらも吹き飛ばすような鳴き声で蹴散らしたかのように、ズメウの体から出ていた煙も見えなくなった。それなのに、ズメウの体は未だに赤黒い。

 『いい加減貴様の無様な飛び様に付き合うのも飽きた。』

 固まっている私を横目にズメウは直上に飛び上がっていった。しまった、高度を取られた。早く詰めなければ速度を持たれる。

 しかし、私が顔を上げる頃にはズメウの体は天高く昇っていた。

 あの高さから降りかかってくる巨体をいったい避けきれるのだろうか。

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