7-1 戦いの準備 ―登山―

 或る旅の途中。


 私は、高い山の中に居た。後ろには、レナもいる。こうやってわざわざ徒歩で山を登っているのも、レナがいるからだ。

 レナには、魔力のコントロールを習得してもらわないといけない。期限が切られた今、ゆっくりもしていられない。

 「魔力送りすぎ。もっと集中して抑えて。」

 「は、はい。すみません。」

 登りながら、レナに指示を送る。レナのためではない。自分のため、『最強』と戦って勝つために。

 「あ、の。どうして、登っているのですか?」

 後ろからレナが聞いてくる。レナはあれ以来、また言葉をうまく話せなくなった。

 まあ話すための魔術が剥がされたのだから、当然だろう。魔術が剥がせるなんて思いもしなかったけど、魔法も魔術も魔力を乱されれば消えるものだから当然ではあった。

 「ここには、ドラゴンが住んでいるから。」立ち止まらずに答える。

 「ドラゴン、ですか。」

 「『最強』に勝つために、召喚獣サモニーにする。」

 それこそが、『最強』に勝つための最後の駒。

 正直、一人で大陸間戦争を終わらせるような化物相手だから、これでも勝てるかは分からないけど。

 「……やっぱり、サイカと、戦うんですか。」

 私はレナを一瞥して、また前を向きなおす。

 「そのために、何年も旅してたんだから。」

 気付けば口元に力が入っていた。体も少し震えてきた。流れてくる魔力が減ってきたのを感じる。

 「今度は落ちてきた。ちゃんと維持して!」

 「は、はい。すみません……。」

 尻すぼみにレナの声が聞こえる。と同時に魔力が少し強まった。まあ、悪くはなくなってきている。明日から、次の段階に行こう。


 *****


 夜。高度もなかなかの所になったので、砂漠の時に買ったテントを出して、その中で食事をとっている。

 私は自分の肉を食べ終えてから、レナに話しかける。

 「明日から、渡してもらう魔力を加工してもらうから。」

 「加工、ですか。」

 干し肉のスープをすすりながらレナが答える。

 「とりあえずは防御系の魔力を流してちょうだい。」

 「はい。……えっと、どう、やるんですか?」

 そうか、まだそこから説明しないといけないのか。まあ当然か。

 「私に防御の魔法をかけるつもりで、でも魔力を流し込む感じ。ちょっとやってみて。」

 レナはこくりと頷いて、コップを置いて私に手を向ける。

 「。」

 体が硬くなるのを感じる。身動きが取りづらくなるほどに。

 「ちょっと、送りすぎ!ちゃんとコントロールして!」

 「あ、ご、ごめんなさい。」

 レナは一度魔力を解いて、また流し始める。

 「。」

 今度はちょうどいい感じだ。けど、やっぱり詠唱の長さに頼ってる。詠唱が長いほど魔力を使うのは当然だけど、同じ長さで少なくも出来るようにコントロールも出来るべきだ。

 「魔力量はこれで良いけど、それをさっきと同じ詠唱でやってみて。」

 「え、えと。はい。」

 レナはまた魔力を解いて、最初と同じくらいの長さで詠唱した。

 「。」

 レナは眉間にしわを寄せながら、魔力を送ってきている。うん、よくなった。

 「いいわ。明日はそれを維持するように。」

 そう伝えると、レナは一気に力を抜いて、大きく息を吐いた。そして、息を整えてからまたスープに口をつける。そして、下を向いたままレナが尋ねてきた。

 「……あの、エレノラ、怒ってますか?」

 「何か怒られるようなことをしたと思う?」

 「いえ、でも……。」

 レナが顔をあげて見てくる。が、すぐにまた視線を逸らした。

 「何でも、ないです。」

 こんなレナを見て、以前の私だったら頭を撫でようと思ったものだけど、そんな気持ちは全く湧いてこない。まあ、それで調子を悪くされてもアレなので、頭くらいは撫でてやろう。

 撫でてやると、レナは少し悲しい顔で笑った。

 でも、私はその顔を信じてあげることはできなかった。


 *****


 私たちは山道を歩く。歩くほどに高度が上がり、気温が下がる。空気は薄くなり、ちらほら雪が見え始める。

 そういえば、季節は冬だった。

 空を見上げれば、太陽が空の切れ目に隠れている。この辺の空には、星も月も太陽さえも隠す、空の切れ目と呼ばれる大きな影があるのだ。その分さらに冷え込みやすい。

 私は自分のローブをレナに着せ、代わりに魔力を貰っている。初めは夏みたいに暑かったりしたが、レナの渡す魔力もかなり安定してきている。

 レナとは、必要以上の会話をしていない。調子を見張るため時折振り向けば、必ず捨てられた子犬みたいな目がこちらを向いていて、目が合ったとたんに逸らされる。それを繰り返すのも嫌になって、レナがついてきているのは足音でしか確認しなくなった。


 私たちはさらに登る。草木は低くなり、道は狭まり、雲が足元に広がる。もはや雪すら降らない。なのに、道には白と黒が濁り合わさっている。

 後ろからレナの息遣いが荒くなっているのが聞こえる。魔力にもブレが出始めている。どうもかなり疲れているみたいだ。

 空気は薄くなるが、魔素はむしろ純度を増して濃くなっているように感じる。少し休めば魔力を取り戻して、疲れも取れるだろう。

 「今日はここまでにしましょう。」

 道の脇に不自然に平坦になっているところを見つけ、そこにテントを広げる。多分、誰かが同じようにテントを広げた跡なのだろう。

 私たちのテントはその平坦な部分から少しはみ出てしまったので、軽く整地してからテントを固定した。


 *****


 日が変わっても、私たちは進む。遂に道の脇からも雪が消え、心なしか熱くなってくるのを感じる。が、レナが調整してすぐにまた戻っていく。頂上が見え始めたところで、山小屋が出てきた。

 「着いたわ。」

 「こんな、ところに、家、ですか。」

 私たちが近づくと、ドアが開き、中から背の高い人が姿を現した。白いローブを纏った魔女だ。

 「このようなところに何の御用でしょうか。」

 その女性は芯の通った声で尋ねてきた。

 「ここに来る人の目的はただ一つでしょう?」

 そう答えると、その女性、『唱える双子トーキーツインズ』はゆっくりと頷き、ドアをさらに開いた。

 「あなた方が求めるものが知恵であろうと、力であろうと、まずはお入りください。まだ、その時ではありませんから。」

 招かれるがままに中に入っていく。後ろからレナもついてくる。


 中では、『唱える双子トーキーツインズ』とよく似た顔だちをした男性が座っていた。こちらも魔女で、名は『画き出す双子ドローリーツインズ』という。

 二人は有名な魔女で、特に『画き出す双子ドローリーツインズ』は「二つ名ウィッチネーム管理室」の検索魔術を作ったその人だ。

 戦争の後アカデミアから姿を消し、このビゲンディオ山でドラゴンとともに暮らしているという噂を聞いたことがあったのだ。

 「どうやら噂は本当だったみたいね。」

 そう言うと、『画き出す双子ドローリーツインズ』が組み合わせた両手に顎を乗せながら小さく笑った。

 「下でどのように噂されているのかは存じ上げませんが、おそらくはその通りだと思います。」

 『唱える双子トーキーツインズ』がお湯を渡してくれた。

 「どうぞ。味はありませんが、体が温まります。」

 「ありがとう。」

 もらったお湯をすする。ゆっくり息を付いたのは久しぶりだ。

 ふと周りを見たわすと、ずいぶんと質素な生活をしているようだ、机とベッドと、ある程度の貯蔵くらいしか見あたらない。まあ、こんな所だから当然か。

 「あの、お二人は、どうやって、暮らして?」

 レナが聞くと、

 「あなた方はそのようなことを聞く為にここまで訪ねて来たのですか?」

 『画き出す双子ドローリーツインズ』の返しにレナは恐縮していた。

 「まあ、よいではないですか、兄様あにさま。わたくし達は、時々山を下り『おこぼれ』と引き換えにいくらかの食料を得ているのです。」

 『唱える双子トーキーツインズ』が答える。しかし、レナはいまいちわかっていないようだ。

 「『おこぼれ』?」

 「はい。宝石や鉱石ですが……あなた方はご存じであったのでは?」

 「その子はいいの。」

 『唱える双子トーキーツインズ』は「左様ですか」とだけ答え、そのままお湯を飲む。しばらく、私たちは無言で過ごした。

 やがて、一番に飲み切った『画き出す双子ドローリーツインズ』が口を開いた。

 「そろそろ、理由をお話しいただきましょうか。あなた方は何を求めてここまで来られたのでしょう。」

 私はカップを置いた。

 「私が求めるのは力であり、知恵であり、全て。私は新しい召喚獣サモニーにしに来たの、ここに住まうというドラゴンを。」

 そして、またお湯をすする。二人の様子をうかがうが、特に反応は見られない。『唱える双子トーキーツインズ』はお湯をすすって、少しため息をこぼした。

 「それは、困りました。あのお方を連れていかれては、わたくし達も生き方を変えねばなりません。それは、とても面倒でございます。」

 死んでしまうとか言われたらちょっと気が引けるが、「面倒」ならまあいいだろう。というか、

 「止めないのね。」

 今度は『画き出す双子ドローリーツインズ』が笑みを浮かべる。

 「そのような権限、我々には御座いません。加えまして、それが可能であるとも思っておりません。」

 その笑みは、どうやら余裕の笑みなようだ。嫌みな奴だ。

 「私達、これでもドラゴンを撃退したことがあるのよ。」

 「ああ、あなた方でしたか。うかがっております。まだ若く、未熟なドラゴンが目と鼻を傷つけられたと。」

 『画き出す双子ドローリーツインズ』は肘をついて両手を組み合わせ、そこに顎を乗せる。

 「しかし、我らが主はあの若者など較べるべくもありません。もし、彼に傷を付けたことを誇るほどの腕しか無いのであれば、命を惜しむべきかと。」

 馬鹿にする、というわけではなく、単に事実を述べているのだろう。だからといってはいそうですかと言うことは出来ない。

 私は拳を固める。

 「それでも、私には必要なのよ。」

 いつの間にか、『唱える双子トーキーツインズ』が後ろに立っていて、私の肩に手を置いた。

 「なんにしても、あのお方はどうやら本日はお帰りにはならないようです。どうぞ、本日はお休みください。」

 まあ、そういうことならお言葉に甘えよう。気が付けばベッドが四人分になっている。

 「それで、いつ帰ってくるの?」

 「明朝には。ですので、よくお休みになられたらいかがでしょうか。」

 なるほど。それなら、すぐに休もう。帰ってきたところなら、よく休んだ後よりも勝算があるかもしれない。レナの肩に手を置く。レナはびくりと体を震わせた。

 「明日は朝一番から大仕事よ。今日は休みましょう。」

 「あ、……はい。」

 そうして、私たちはベッドに入った。

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